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2026年9月9日宅建試験あるある オカルト?迷信?都市伝説?
さあ、今年も不動産業界では宅建試験の話題が出始める今日この頃。 会社からの厳命で受からねばヤバい人、ベテランながら毎年受験している人、やる気に満ちあふれて必死に勉強する人 この時期は受験生のモチベーションも様々です。 私は当時勤めていた会社の社長と直で約束したのと、当時の上司が「取ってない人は自分含めて全員受けること、そして落ちた人を全員で死ぬほど馬鹿にしよう」という何ともハードボイルドなプレッシャーのおかげで合格することが出来ました。 そんな宅建試験ですが、都市伝説なのか、迷信やジンクスなのか、まことしやかに噂されるものがあります。 今回はそんな風説、デマ、都市伝説などを解説してみたいと思います。 さて、早速いきましょうか。 ① 参考書は1冊で受かる? 「参考書は絶対1冊に絞るべき」 これ、受験生の間ではかなり有名な説ですよね。 「え、1冊で全範囲網羅できるの?」と不安になる気持ち、すごくよく分かります。 実は、この説・・・あながち間違いではないと思います。 正確に言うと「1冊で受かる」のではなく「1冊をやり切ることが受かる近道」なんです。 参考書はどれを選んでも、カバーしている範囲や説明の切り口は微妙に違います。 あっちの本には載っていて、こっちの本には載っていない、なんてこともザラです。 だからといって、何冊も参考書を買い漁って中途半端に手をつけるのが一番危険です。 結局、大事なのは「範囲を広くさらう」ことより「1冊を隅から隅まで理解し、繰り返し解く」こと。 受験時代、色んな参考書に目移りしそうになった方も多いと思いますが、最終的には1冊に絞って何周もした方が知識は定着する気がします。 大体、試験の中には「どの参考書にも載っていない」という問題も出ますからね。 ② 試験監督員やお偉いさんは答えを知っている? これはもう、都市伝説の王道と言ってもいいかもしれません。 「試験監督のおじさん、絶対に答え知ってるでしょ」「知り合いにコネがあれば・・・」なんて冗談交じりに言われることもありますが。 結論、これは完全にウソです。 私自身、試験監督員のお手伝いをした経験がありますが、問題冊子は試験直前まで厳重に封がされたまま。 会場で、受験生の目の前で初めて封を切るんです。 もちろん試験監督員も、その瞬間まで中身を見ることはできません。 お偉いさんだろうが誰だろうが、事前に答えを知る術はゼロ。 ですから、たとえ知り合いに業界の偉い人がいたとしても、「答えを教えてもらう」なんてことは物理的に不可能なんです。 そういう意味では、宅建試験は思っている以上に公平です。 安心して、自分の実力だけを信じてくださいね。 ③ 同じ番号が連続すると不安になる問題 マークシートを塗っていて、同じ番号が3つ、4つと続くと・・・ 「あれ、どこかで間違えたかな・・・」 急に不安になりますよね、これも受験生あるあるです。 実際どうなのか、気になったので過去のデータを調べてみました。 過去15回分の試験を分析したデータによると、2連続は毎年当たり前のように発生(発生確率約12%)、3連続も約66%の年で出現しているそうです。 そして、肝心の4連続。 「さすがにこれは無いだろう」と思いきや・・・実は過去に2回、本当にありました。 平成23年の問34〜37は正解が全て「1」、平成24年の問40〜43は正解が全て「3」。 つまり、4連続はレアケースですが、ゼロではないんです。 ちなみに5連続は今のところ記録がありません。 ですから、同じ番号が続いたからといって焦って見直し、答えを変えてしまうのが一番危険です。 自信を持って解いた問題なら、番号の並びは気にせず、そのまま進めてしまった方がいいかもしれませんね。 ④ 意外と当日欠席者が多い これは間違いなく「あるある」です。 試験会場、実は結構な数の空席が目立ちます。 申込んだけれど、勉強が続かず途中で心が折れてしまったのでしょうか・・・当日来ない方、本当に多いんです。 さらに言うと、開始から1時間も経たないうちに、机に突っ伏して寝てしまう方もチラホラ。 もしかすると「もう無理だ」と早々に心が折れてしまったのかもしれません。 そう考えると「宅建の合格率は低い」と言われておりますが、真剣に受験している母数から考えると、もう少し高いのかもしれませんよ。 これから受験される方、ぜひ「会場に来ただけで、実は一歩リードしている」ということを覚えておいてください。 最後まで諦めずに解き切ることが、まず何よりの合格への近道です。 ⑤ 落ちた人ほど自己採点を盛りがち問題 これは長年、色んな受験生を見てきた中で、かなり高い確率で当てはまる法則です。 試験後、「どうでした?」と聞いて回ると・・・面白いことに、実際に落ちたと思われる方ほど「30点でした」「29点でした」と、ちょっと高めの点数を答える傾向にあります。 以前、こんなことがありました。 合格発表前のある方が、自信満々にこう言っていたんです。 「32点でした、惜しかったです」 その当時は合格点が35点前後が多く、32点では届かないと思われていたのです。 ところが、その年の合格点はまさかの32点。「惜しかった」どころか、本来なら合格ラインだったはずなんです。 しかし結果は・・・不合格。 自己採点と実際のマークミスがあったのか、単なる見栄だったのかは分かりません。 ですが、変な見栄を張らず、正直に自己採点をしておいた方が、後々自分のためになります。 自分に嘘をついても、合格ラインは変わりませんからね。 まとめ いかがでしたでしょうか。 宅建試験の「あるある」、オカルトのようで、実は当事者目線で見ると「なるほど」と思える理由があるものばかりだったのではないでしょうか。 ・参考書は1冊をやり切る ・試験監督員は答えを知らない(完全に公平) ・同じ番号の連続はレアだけどゼロではない ・当日は欠席者、途中離脱者が意外と多い ・自己採点は盛らず正直に これから受験される方は、変なジンクスに振り回されず、自分の実力を信じて試験に臨んでいただければと思います。 宅建士として、これからも試験にまつわるリアルな話や、不動産業界の裏側なども書いていきたいと思います。 次回もお楽しみに。
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2026年9月5日宅建試験、当日にすべきこと3選
今年も宅建試験の季節となりました。 各不動産会社に勤めている人やこれから不動産会社に入社を志す人、自己研鑽の為に取る人、様々な動機があるでしょう。 そんな皆さんに、私から宅建試験「当日にすべきこと」を3つご紹介してみようと思います。 不思議なもので、一生懸命頑張ってきた人ほど、当日は緊張するものです。 「これだけやったのに、ちゃんと発揮できるだろうか」頑張った分だけ、そんな不安も大きくなってしまう。 私は試験監督員として何度か会場に立ってきましたが、真剣に勉強してきたであろう方ほど、表情がこわばっていたり、そわそわしていたりするのをよく目にします。 個人的には当日はあれこれ考えすぎず、シンプルに行動することが大事な気がします。 当日になって新たな分野や範囲などをカバーしようと思うと、変な焦りなどが出てきてしまい、これまでの勉強の成果を疑ったりしてしまいます。 ここまで積み上げてきた知識を、当日の立ち回り一つで無駄にしてしまうのは、本当にもったいないことです。 私は宅建試験の試験監督員を何度か務めたことがあり、会場でたくさんの受験生を見てきました。 今日は、直前の勉強法ではなく「当日、何をすべきか」に絞って、3つだけお伝えしようと思います。 結論からいきますと 結論からいきますと、当日やるべきことは次の3つです。 会場で配られるチラシは必ずもらう 時間と持ち物に余裕を持つ 試験の最後に、マークシートから問題用紙へ解答を書き写しておく 一つずつ説明していきますね。 その1:会場で配られるチラシ、必ずもらう 5問免除を受けていない方は特に覚えておいてほしいことです。 念のため簡単に説明しておきますと、5問免除とは、不動産会社に勤務し、決められた登録講習を修了した方が対象となる制度です。 これを受けていると、本来50問あるうちの5問(主に統計や土地・建物に関する問題)が免除され、45問での受験となります。 免除される5問は比較的得点しやすいとされる分野なので、免除を受けていない方にとっては、その分をどう得点していくかも大事なポイントになってきます。 試験会場では、資格試験予備校などが直前の法令改正や最新の統計の要点をまとめたチラシを配っていることがあります。 「そんなものが当たるの?」と思われるかもしれませんが、これが意外と高確率で当たるんです。 直前期に法改正の部分まで手が回らなかった、という方も多いと思います。 そんな時こそ、会場入り前に配られているチラシには必ず目を通しておいてください。 ものの数分で見られる内容ですが、そこに書かれていたことがそのまま出題される、なんてことも十分あり得ます。 正直に言いますと、会場に入ってから何か勉強をするのであれば、このチラシに目を通すことが一番効率がいいと言ってもいいくらいです。 今さら参考書を開いても頭には入ってきませんし、緊張も増すだけです。 それなら、この数分で読めるチラシに目を通しておく方が、よほど得点に直結するような気がします。 その2:時間と持ち物には、とにかく余裕を持つこと これは監督員をしていて強く感じたことです。 時間ギリギリに駆け込んでくる方や、忘れ物をしてしまう方は、大体そのまま最後まで慌てた様子で試験を受けています。 知識があるのに、その慌てた状態のまま本番に突入してしまうのは、本当にもったいないことです。 時間に余裕を持って会場に到着すること。 受験票や筆記用具などの持ち物を前日のうちに確認しておくこと。 当たり前のようですが、これができているかどうかで、本番のパフォーマンスは大きく変わります。 せっかく積み上げてきた知識を、当日の慌てふためきで台無しにしないでください。 その3:試験の最後に、マークシートから問題用紙へ解答を書き写しておく 3つ目、意外と一番お伝えしたかったことかもしれません。 試験が終わって会場を出た後、多くの方が気になるのが「自分は何点取れたのか」です。 当然、自己採点をしますよね。 ところが、ここで意外な落とし穴があります。 「問題集には〇を付けているけど、マークシートにちゃんとその番号を書いたか自信がない」 「一度考え直して、複数の選択肢に〇を付けていて、結局マークシートにはどちらを書いたか思い出せない」 こういうことが、本当によくあるんです。 こうなると、正確な自己採点ができず、合否のボーダーライン上で悶々とした日々を過ごすことになってしまいます。 これを防ぐ方法はシンプルです。 試験の最後、時間が余ったタイミングで、「問題集に書いた自分のメモ」ではなく、必ず「マークシートに実際にマークした番号」の方を見て、それを問題用紙の余白に書き写してください。 ここが肝心です。 あくまで、最終的にマークシートへ塗った答えを正として書き写すのです。 これさえやっておけば、会場を出た後にどんなに記憶があいまいになっても、正確な自己採点ができます。 余計な不安を抱えずに済みますし、次の一歩(合格発表までの過ごし方や、万一の場合の次の対策)にも早く動き出せます。 努力は十分。あとは当日の立ち回りだけ いかがでしたでしょうか。 会場で配られるチラシに目を通す。時間と持ち物に余裕を持つ。そして最後にマークシートの解答を問題用紙に書き写しておく。 どれも特別な知識は要りません。 ちょっとした心がけだけです。 でも、この3つをやっているかどうかで、当日や合否発表までの安心感は大きく変わってきます。 ここまで頑張ってきたあなたの努力が、当日きちんと結果に結びつくよう、心から応援しています。 鹿児島県での受験の方は、どこかでメガネを掛けた監督員が心配そうに見ていたら、それはきっと私だと思います。 みなさんの健闘を祈っております。
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2026年6月14日俺の屍を越えてゆけ ~変な座右の銘~
なんの話だ?と思われるタイトルですね。 今回は完全な内田の雑談です。 この「俺の屍を越えてゆけ」は私の座右の銘といえる位に好きな言葉なんです。 元はプレイステーションのゲームソフトで知りました。 しかし、私はそのソフトをやったことはありません! やったことのないゲームのタイトルを座右の銘にする奴なんか、どこにいる。と思われても仕方ないですね。 ちなみに、このゲームはタイトル通りの内容だそうです。 簡単に紹介すると 「俺の屍を越えてゆけ」は、呪いにより数年しか生きられない一族が、神々と交わり、世代を重ねて宿敵を打ち倒そうとする和風RPGです。短命な子供を育て、能力を継承させ、強大な敵に挑むという独自のサイクルが、一族の絆と儚さを描き、世代を超えた感動を呼びます。20年以上経った今も、多くのファンに愛されています。 こんな内容だそうなので、よろしければ是非プレイしてみてください。 では、本題になりますが、なぜこの「俺の屍を越えてゆけ」が私の座右の銘なのでしょうか。 今回は私の完全な雑談にお付き合いください。 人は何のために生きているのか? おっと、小難しそうな質問が来ましたね。 とはいえ、この問いはほとんどの方が、一度は通ったことでしょう。 ちなみに私はこの問いには 人間に生きる意味など特にない と考えています。 おぉ随分厭世的な奴だと思われるかもしれませんが、そうでもありません。 正しくは 生きる意味などは無いが、それでも意味は持たずにはいられないのが人間だと思っているだけです。 この辺りは、本職の哲学者などもたくさん生きる意味などは語っていますし、そもそもこの問題に「正しい答えなど無い」ので、割愛します。 私にとっての「俺の屍を越えてゆけ」はその意味でピッタリなのです。 人生は好きに生きたらいい。と思ってはおりますが、それでも意味を持たずに日々過ごすのは、私にとっては退屈だったり、活力が沸かないんです。 若かりし頃、ただダラダラと生きた時間もありましたが、それはそれで楽しかった部分もあるのですが、日々鬱屈としていた気がします。 とはいえ、自分自身に大層な野望や野心も持ち合わせてもおらず、何を活力にしていいのかも分かりませんでした。 そんな時にふとこの言葉に出会いました。 なぜか「俺の屍を越えてゆけ」という言葉に心をザワザワさせられたのです。 当時は漠然としていたのですが、自分自身に家庭が出来たり、不動産の仕事をする中で、この言葉に自分自身が寄っていったのです。 そうしている内に「俺の屍を越えてゆけ」が自分の中で「こう生きてみよう」という言葉になりました。 私はリレーの途中走者である 「俺の屍を越えてゆけ」 この言葉は自分が先に倒れて、その意志を継ぐ人への言葉です。 私自身は大層な野望や天下統一のようなスケールの大きいものはありません。 教科書に名を遺すようなこともないでしょうし、それにも興味はありません。 それでも私が生きたことで、少しでも社会や子どもたちが良くなればいいなと思っているだけです。 不動産業も一緒です。 今年建つ鉄筋コンクリート造の建物などになれば、平均寿命からすると、この建物の終焉など私は見ることはないでしょう。 土地になればもっとです。 私がいる期間など、この地球や土地からすれば、一瞬の火花のようなものです。 ただ、この期間の土地や建物を、次世代に繋ぐお手伝いをしているだけですからね。 でも、それでいいんだと思います。 現在、私は居住支援協議会の部会長という大役を仰せつかっています。 高齢の方や障がいを持つ方、ひとり親世帯など、住宅の確保が難しい方々を民間の力で支えるための組織です。 正直に言いましょう。 この超高齢化社会と人口減少が加速する日本の、そしてこの地域の深刻な難問が、私一人の代でスカッと、パーフェクトに解決するなんてこれっぽっちも思っていません。 私の力など、社会全体の大きな流れから見れば本当にちっぽけなものです。 私ごときの力で明日の朝に街が劇的に変わるわけではないのです。 では、解決できないならやる意味がないのか。 そうじゃないんです。 私の代で解決できなくても、私がここで立ち続け、失敗しながら、少しでも前に繋いでいけばいい。 私が倒れるまでにこの場所を維持し、継続していけば、いつか私の後ろから、すべてをひっくり返して解決してくれるような「本物の天才」が現れるかもしれない。 その天才が出てくるその日まで、失敗の先駆者として、社会を途切れさせずにバトンを繋ぐこと。 それこそが、途中走者である私の使命的なものだと思っています。 こんなことを言うと、子どもがいない人は関係ない話なのか、と思われるかもしれません。 全くそんなことはありません。 子どもがいる、いないなんていう狭い話ではなく、自分の身の回りの人や、これからこの街で新しく生きていく名もなき誰かのため、それで十分だと思います。 私たちは生きているだけで、次の世代に続くバトンを全員がすでに手渡されているのですから。 よくよく考えてみたら、自分が生まれたということは、生命誕生から自分までバトンが途切れずに廻ってきた証ですからね。 途中では、どうしようもない奴もいたでしょうし、立派にも関わらず早世した人もいたでしょう。 それでも何だかんだ、自分にバトンがきたんですから。 子どもがいる、いないとかではなく、自分にきたバトンを次世代に渡してみればいいんじゃないかなと思うんです。 何も政治家になって日本を変えるとか、世界的な大発明をするとか、そんな大層なことじゃなくていいんです。 一生懸命に生きていたら、きっと次世代へのバトンになりますから。 自分の周りにいる人を、ちょっとだけ大事にするとか、ちょっとゴミを拾ってみるとか、なんでもいいんだと思います。 そういったことの全てが、次のランナーが少しでも走りやすくなるようにコースを均しておくことですからね。 いつか私が力尽き、倒れた時に、ちょっとだけいい屍(バトン)になってたら最高だなと思っています。 私は私の区間を一生懸命に走ってみようと思います。
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2026年5月1日【夢物語】私がいつか作りたい部屋
建築基準法も無視してみよう 私どもロータスホームは賃貸管理が本業です。 いつも「どんな部屋にみなさんが住みたいかなー」と日夜考えています。 便利さを追求したり、時にはデザインに凝ってみたりと色々考えています。 しかし、そんな中でもこう思うのです。 自分の趣味全開の部屋を作ってみたい と 今回はそんなロータスホームの代表である私 内田の趣味全開の「作ってみたい部屋」をいくつかご紹介してみましょう。 もちろん、小難しい建築基準法など無視です。フルシカトで作ってみましょう。 壁一面の水槽 冒頭の画像ですね。 実は私、熱帯魚が大好きです。 独身の頃はキレイな熱帯魚から、ピラニアやマニアックな魚なども飼っておりました。 当時はあまりお金もなく、高価な魚などは飼えませんでした。 現在も家族がおり、スペースや重さの関係などから飼育しておりませんが、またいつか熱帯魚を飼ってみたいなと思っております。 画像のように壁一面の水槽に古代魚などを飼うということをやってみたいと思います。 もちろん現実では、世話、清掃、装置の莫大なコスト、水の重さに耐えられる頑丈な基礎など課題は多いのですが、やはり夢ですよね 羊たちの沈黙部屋 このブログをマニアックに見ているという奇特な方はお分かりかもしれませんが、私内田は映画も好きです。 そんな私が作りたいのが映画「羊たちの沈黙」のレクター博士の独房部屋です。 猟奇的な犯罪者であるレクター博士と捜査官クラリスの奇妙な関係を描く映画です。 レクター博士自体は恐ろしい犯罪者でありながら、知性を感じさせる強烈なキャラクターで、後世の多くの作品にも影響を与えています 中でも印象的なのが、この独房です。 ガラスで仕切られた独房に立って待っているレクター博士の雰囲気は、それはそれは10代の私に強烈なインパクトを残してくれました。 そんな部屋もいつかは作ってみたいものですね。 ただし、トイレの横で眠るという、正に拷問的な配置は長期空室待ったなしです。 そもそも借りたい人いるんですかね。 マンガの為だけに 私、マンガが大好きです。 時間がある限り、没頭したくなる時も多々 読むジャンルも幅広く、面白ければなんでもいいです。 そんな私の夢はマンガの為だけの部屋です。 壁一面に所狭しとコミックを並べ、座り心地のよいソファと、そばには飲み物とお菓子が入る冷蔵庫 こんな所が出来たなら、一生出てこれないかもしれません。 音楽もいらない TVなどもってのほか ただただ一人で集中してマンガを読み続ける なんて贅沢なんでしょう。 とても楽しい さて、今回はこの辺にしておきましょう。 まだまだ作りたい部屋はあるのですが、キリがありません。 実は最高のお部屋というのは、絶対に「利便性」の反対側になると思っています。 趣味と刃物は、尖れば尖っただけ刺さります。 このアンバランスで歪な物ほど、なぜか人間の心をつかんで離さないんですよね。 今回は私の趣味でしたが、いつかお話する機会があれば、あなたの趣味全開の部屋を聞かせてください。 またいつか書きたいものです。
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2026年4月17日経営者は孤独、という言葉に酔っていないか? ビジネスの失敗=人格の否定ではない、私自身への手紙
経営者は孤独だ、とよく言われます。 夜中にふと目が覚めて、借入金の残高や、今後の社員の給料、あるいは先行きの見えない景気の動向や未来を考えると、胃のあたりがギュッとなる感覚はあります。 私くらいの規模の経営者でもそう思うことがあるのですから、もっと規模が大きくなったりすれば、そのプレッシャーは想像もつかないだろうな、と考えたりもします。 確かに、相談できる人が周りにいたとしても、この特有の不安感やプレッシャーというものを気軽に打ち明けることは難しいものです。 最終的にすべての責任を取るのは、自分一人だけ。 そういった重荷を一人で背負い続けるという意味で「経営者の孤独」というものは確かに存在するのかもしれません。 でも、最近もう一つの視点で思うこともあるんです。 これは本当に、経営者にしか分からない孤独なのだろうか。 また、「経営者の孤独」という言葉に自分たち自身が縛られすぎて、必要以上に自分を追い込んでいないだろうか、と。 今日は、私が感じている「仕事」というものについて、少し肩の力を抜いてお話しできればと思います。 誰もが「自分の戦場」で孤独に戦っている 「経営者は孤独で大変ですね」 たまに、こんな言葉をかけてもらうことがあります。 そう温かい声をかけてもらうと、正直なところ救われる気持ちになります。 何だか自分が「戦地へ赴くヒーロー」のような扱いを受けている気がしてくるからです。 よくぞこの苦労を分かってくれた、と内心で鼻高々になっている部分もあるのでしょう。 ただ、ふと考えてみたのです。 「あれ?でも独立する前の自分って悩みや不安、孤独感なかったっけ?」と 思い出してみれば、サラリーマン時代も日々悩んだり、不安になったり、強い孤独感を感じていました。 当時の仕事のプレッシャー、家族の将来、自分自身の限界や将来、先行きの見えない社会、健康や体調、お金、人間関係などで眠れない夜を過ごす。 おや?眠れない夜もあったのも変わらないのではないか? 『いやいや、それは単に悩みやすいだけで、経営者になれば、従業員の家族まで、背負っている人数なども違うんだよ』 『経営者は誰にも変わってもらえないプレッシャーが特別にあるんだよ』 確かに、一理あるかもしれません。 例えば「悩み」というものを、動かしている金額や人数をベースにして換算するのであれば、そう言えるでしょう。 「自己破産する可能性だってある」「自分が間違ったら多数の人を路頭に迷わす」 金額や人数をベースにして悩みを換算するのであれば、一般的には経営者の方が悩みは深いともいえるでしょう。 それでも、よくよく考えたら金額の大小は悩みの本質とは無関係な気がします。 なぜなら、金額をベースに悩みの大小を決めるとしたなら、多くの経営者の悩みはイーロンマスクや孫正義という超巨大企業の人と比べるとちっぽけな悩みということになります。 それでいいのでしょうか。 もし「金額や人数が小さいからお前の悩みは大したことがない」と言われて納得できるなら、経営者の孤独なんてたかが知れていることになります。 仮にそうだとしても、何の解決になるんでしょうかね。 また、そこまで極論でなくとも「自分が失敗したら全てを失うかも」という点では、経営者か否かで、そんなに変わりはないともいえます。 私は、かつて麻雀の神様とも呼ばれた作家、阿佐田哲也氏の言葉が、この悩みの本質を突いていると思っています。 たしか、こんな言葉でした。 「レートが高いから偉いのではない。その人間が、逃げ出したいほどの恐怖を感じる金額を賭けているかどうかが勝負なのだ」 「10万円で震える奴もいれば、1億で笑う奴もいる。だが、そいつにとっての『最後の一枚』を賭けた時の孤独は、金額に関わらず同じだ」 私は、人の悩みもこれと同じだと思っています。 「破滅」や「後がない状況」がよぎる局面において、人が感じる孤独や不安の純度に、金額や人数は関係ありません。 上司との人間関係に悩み、家族の将来を思い、この混沌とした社会情勢、自分自身の健康や病気などに眠れない夜を過ごす。 それは、経営者が資金繰りや経営に悩むのと、本質的には同じ「人生の重み」だと思うのです。 数千億円の負債も、個人の住宅ローンも、それが当人にとっての「破滅」を意味するなら、そこにある絶望の深さに違いはありません。 そう考えると、経営者だけが特別に孤独で、特別に不幸なわけじゃない。 こういう結論になってしまうのです。 それぞれ「自分の選んだ道」ではある 少し厳しい言い方に聞こえるかもしれませんが、今の私の正直な気持ちを言えば、経営という仕事は「自分で勝手に始めたこと」です。 誰かに強制されて起業したわけでも、無理やり借金をさせられたわけでもありません。 「よし、やってやろう」と決めたのは、他でもない自分自身です。 そうして自分自身で選んだ道なのですから、「経営者は孤独だ」とか「サラリーマンの方が楽だ」というのは、少し被害者意識が強いのではないか、と感じてしまいます。 自分で勝手に出場を決めたマラソン大会で、「走るのがキツい、足が痛い、誰も助けてくれない」と泣き言を言っているようなものです。 沿道の人は応援してくれるかもしれませんが、代わりに伴走してくれるわけではありません。 でもね だからといって、「悩むな」とか「大したことじゃない」と言いたい訳でもないんです。 そうではなくて、経営者だけが特別に孤独で、特別に不幸なわけじゃない。 だからこそ、自分だけが重荷を背負っていると考えるより、「みんなそれぞれ大変だよな」と捉えるほうが、ずっと救われませんか。 そう思えると、なんだか少し、世の中の人たちと「戦友」になれたような気がして、孤独感が和らいでいくのを感じます。 現代社会は、誰もが何かしらのプレッシャーと戦っている「大変な時代」です。 自分だけが苦難の道を歩いているのではなく、今日も世界の誰かが自分と同じように歯を食いしばって歩いているんだ。 と思うことで冷静になって欲しいのです。 なぜそうすべきかというと そう思わないと自らの道を絶ってしまう人が多いからです 成功も失敗も人格とイコールではない 経営をしていれば、本当に余裕がなくなる瞬間はあるでしょう。 資金繰り、トラブル、従業員の問題、先行き、事業の失敗など悩みの種は尽きないと思います。 私も少しは分かると言いたいですが、その悩みを本当に理解することは家族でも簡単ではないことでしょう。 そんな時にはきっと、頭の中が真っ白になって、周りのすべてが敵に見えるような時なのでしょう。 色々なデータはありますが、経営者や個人事業主などの自殺率は2~6倍程度とやはり高い水準だそうです。 少し前の秋田県での調査では、以下のようなものが要因としてあげられるそうです 中小企業経営者の特性 経営と資本が分離していない 社長や家族が連帯保証人である 破産や倒産によって自宅や財産の全てを失う ステークホルダーが大勢である 地域の町興しのリーダーなどである 自己実現の夢を追い求める 一国一城の主意識がある 決断力が強い 名誉、信用、プライドを重んじる 弱音をはかない 後半の要因などは皮肉ですよね。 本来は長所と思われるような部分により、結果的に自分自身の道を絶ってしまうのですから。 実は今日書きたかったのは、この点なんです。 私の周りでも、残念ながら事業が上手くいかなくなり、倒産された方もいました。 そんな時に、無関係な人達は後から 「俺はあそこはヤバいと思ってた」「あそこの社長は〇〇だったから」などと無責任な後付けが飛び交います。 まるで失敗したのは全て社長の人格や能力の無さという風潮ですね。 もちろん、一部にはそのような要素も含まれることはあるとしても、全てではないハズです。 極論ですが、私はビジネスでの成功も失敗も「人格」とは無関係な気もしています。 真っ当に頑張ったからといって必ず成功するわけではないし、失敗したからといってその人の人格がダメなわけでもない。 ビジネスの結果は、運や時流、タイミングといった、自分ではコントロールできない要素にも大きく左右されます。 数年遅ければ大成功していた、あるいは数年早ければ倒産しなかった。 そんな話は、この世界には山ほど転がっています。 自己責任だからこそ 誰かに強制されて社長になったわけでも、無理やり借金をさせられたわけでもありません。 「よし、やってやろう」と決めたのは、他でもない自分自身です。 でも、これは自分を責めるための言葉ではありません。 むしろ、「自分で決めたことなんだから、周りの期待や世間の目に過剰に反応しなくていいんだ」という、自分を自由にするための言葉なんじゃないでしょうか。 誰かに頼まれたわけじゃない。 だから、教科書通りの「立派な社長」を演じる必要もありません。 経営をしていれば、本当に余裕がなくなる瞬間がくることでしょう。 通帳の残高が減っていき、頭の中が真っ白になって、周りのすべてが敵に見えるような時です。 そんな時、どうかこれだけは忘れないでください。 お金がなくなることは、単に「お金がなくなった」という事象に過ぎません。 あなたの人間としての価値や、これまで積み上げてきた努力が否定されたわけではないのです。 例えば会社をたたむことになったとしても、それは人生の敗北ではありません。 今の日本では、命まで取られることはありませんし、やり直すチャンスは必ず用意されています。 そもそも、先の例でもある通り、経営者だから無条件に偉い訳でもないでしょう。 もう一度経営を志す気持ちがなくても十分じゃないですか。 誰に強制される訳でもないんですから。 私自身は、ようやく今年で5年を迎える若輩者です。 そんな私の言葉では説得力はないかもしれませんが、一旦落ち着く手助けになればいいなと思います。 長くなりましたが、あなたの苦しみはひょっとしたら、みんなも同じような不安や孤独の中、ギリギリのカラ元気で明るく見せているだけかもしれませんよ。 それでも、どうしてもダメな時には「一生懸命頑張ったけど、ダメだったな」と明るく諦めてみませんか。 私はそんなあなたのことを決して笑ったりしません。 今回の記事は、私自身の「雑談」であり、未来の自分への手紙でもあります。 私自身も経営者の端くれで、これからどんな苦境が待ち受けているかも分かりません。 今日まではたまたま運が良く、一年ずつを生き延びているだけかもしれませんからね。 いつか私が、本当の孤独に震えてしまった時。 この過去の自分の考えを、未来の私が読み返して、「ああ、そうだったな」と思い出してほしい。 自分の為にも書く記事は、これが初めてかもしれませんね。 次回からは、もっともっと、どうでもいい、しょうもない内容を書いていこうと思います。 だから、これを読んでいるあなたも、たまには見に来てもらえませんか?
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2026年4月8日社長なりすまし詐欺メールの手口と、導入すべき対策
なんじゃこれ?自分からメールが来たぞ? おや?「私がみんなにメールを出しているぞ?」最初の違和感は正直これでした 冒頭の画像がそのメールです。 最近、法人の代表メール宛てに、社長になりすましたメールが届くという事案が多発しているそうです。 手口はこうです。 まず代表者や社長の名前を騙ってメールを送り、LINEグループを作らせる。 成功した場合、そのグループ内で「今、出先でどうしても外せない急用ができた」とか「緊急で支払いが必要になった」と、権限を持っている社員に指示を出す。 そして、そのまま一気に指定の口座へ振り込ませる、という流れだそうです。 犯人が事前にうちの組織図を徹底的に調べて……なんていう、映画のような話ではないと思います。 ただ単純に「社長」という名前を使い、「緊急だ」と煽る。 たったそれだけで、真面目に仕事をしている人ほど「なんとかしなきゃ」という責任感から、冷静な判断力を奪われてしまう。 実は、当社でも最初は同じようなことがありました。 幸い、スタッフから「内田さん、これ違いますよね?」という確認が入ったので事なきを得ましたが、その報告を受けた時は正直、「ようやるな」と思いました。 対策はしておこう 「自分だけは大丈夫」 「うちの社員に限って」 そう思いたい気持ちもありますが、今の詐欺はそんな甘い考えを軽々と越えてきます。 一瞬の隙や、忙しい合間を縫って滑り込んでくる。 確認してくれたスタッフには感謝しかありませんが、個人の機転だけに頼っていては、いつか限界が来ます。 そこで当社では、もう「ルール」を決めました。 「このルート以外での金銭的な指示は、たとえ私からの言葉であっても、100%無視すること」 これだけです。 「おかしいな」と疑う必要すらありません。 決められたルール以外の連絡は、すべて「偽物」として扱う。 そう決めてしまえば、スタッフも迷わなくて済みます。 私自身、もし本当に急な支払いで困ったとしても、そのルールを破って指示を出すことは絶対にしません。 それにしても、嫌な世の中になったものです。 悪人はどんどん賢くなりますし、今後はAIを使って、私の声や喋り方まで完璧に模倣した「偽物の指示」が飛んでくるようになるでしょう。 いつの時代も最新の技術は戦争や悪事に使われるものです。 技術の進歩が、人を騙すために使われる。 今一度、これまでの防犯をもう一段階強化していく必要があるんでしょうね。 便利を追及した私たちは、最終的には、アナログに戻らざるを得なくなるんでしょうか。
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2025年9月25日賃貸住宅フェア2025 現在のトレンドと未来予想図
そもそも賃貸住宅フェアとは? さて、9月17日18日と東京ビッグサイトで「賃貸住宅フェア2025」が開催されました。 私も賃貸管理に携わる者として出来る限り参加をしております。 今回も参加して不動産業界の現在の立ち位置、トレンド、未来予測などを独断と偏見で書いてみようと思います。 そもそも、この「賃貸住宅フェアとはなんぞや?」というご質問があろうかと思います。 簡単にいえば 不動産業者や大家さんに物やサービスを売りたい人たちの展示会です 不動産業者向けの賃貸管理システムやリフォーム商材、保証会社などがブースを構え、不動産会社や大家さんにサービスを売り込む場です。 その為、入場料は無料です。事前に参加登録は必要ですが、不動産業者だけでなく、大家さんも参加可能です。 じゃあ何で物を売りたい人の所にわざわざ行くんだ!物を買いに東京まで行くのか? 半分当たっていますが、半分は違います。 実は賃貸住宅フェアでは、2日間に掛けてセミナーが各所で開催されます。 そこでは、最新の賃貸住宅に関する情報や、全国の不動産会社の成功事例、賃貸のトレンド、大家業のお役立ち情報などを各所で様々な方が講演してくれるのです。 恐らくはこのセミナーがメインで参加される方の割合も高いのではないかと思います。 それではレッツゴーです。 今年のトレンドはAI・人材・物価高 ぼかしを入れておりますが、広い会場は大盛況でした。 特に初日の午前中は水曜日ということもあり、不動産業者と思われる方でごった返しておりました。 この画像に立ち並んでいるブース一つ一つ、企業が出展しており、様々なサービスや商材などを見たり、説明を受けることができます。 超有名企業から、恐らくはベンチャーであろう新規サービスなど様々です。 会場に入ると、ブースから人が出てきて営業を受けるわけです。 実はこのブースの出展割合からも、世相を読み解くことができます。 というのも、不動産業界にはいわゆる「旬」な流行というのがあります。 ここ2、3年はなんといっても「民泊」でした。 アフターコロナを背景としたインバウンド向けの民泊に関する出展が多かったものです。 但し、今年は民泊業界の飽和化や、サービスの統合、民泊に関するデメリットニュースなどの影響なのか、前回までの出展の多さではありませんでした。 それでは、今年のトレンドは何だったかといえば AI・人材・物価高 この3つに関するサービスが多く見られました。 特にAIは数が多く、これまで人員でカバーしていた不動産の業務をAIを使って効率化しよう。というサービスが多かった印象です。 また、人材に関してはいうまでもなく人材不足がこの日本では続いております。 その人材不足を解決する為の「業務委託化」が多くありました。 これまでは自社で内製化していた業務を巻き取るよ!というサービスですね。 コールセンターや苦情受付、設備トラブルの外注化などですね。 あとはこの「物価高」を背景に、修繕コストを抑えようとするサービスが多かった印象です。 壁紙の張替えではなく、塗装やクリーニング、リフォーム費用のファイナンスなどの既存のサービスより安価な方法の提案などが増えた印象です。 それを裏付けるようにセミナーでも DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進して、業務効率化を 既存社員の退職を防ごう 人材に選ばれる会社作り 人口減少でも勝てる賃貸運営とは ペット可やインフルエンサー向け賃貸など差別化 などのテーマが多く見られました。 世相を色濃く反映するものでした。 それでは、地方の一不動産業である私が今回のセミナーやブースを見て、どのように考えているのかを独断と偏見で発表したいと思います。 AI活用は必須だが、サービスの見極めは大事 まずはAIです。 いまやどの業界にとっても活用が必須となってきたAI(人工知能)、多分に漏れず私も画像生成や、簡単な書類の作成やデータの整理など様々な場面で使っています。 既に人間を凌駕している部分もあり、これからも驚異的なスピードで生活を変えていくでしょう。 しかし、AI活用のサービス導入には慎重であるというのが、私の感想です。 というのもAIを活用したサービスというのは、大元は恐らくOpenAIなどの人工知能を活用し、そのうえでサービスをリリースしていると思いますが、この大元の人工知能の発達スピードが早く、その会社に頼らずとも可能になる可能性があるのです。 今回試しに出展されているサービスを私のChatGPTに細かく指示してみたところ、近しい効果を得ることができました。 恐らくは今後も学習していく過程で、売り出していたサービスに追いつくのは、そう遠くなかろうと思いました。 そうすると、新しいサービスではあるが、契約してしばらくすると既存の人工知能で対応が可能になることも予想されます。 もちろん、それを見越して更に素晴らしいサービスとなれば優位性はあるのでしょうが、大元の発展スピードに事業者が勝てるのかが、現段階では見通せませんでした。 また、現在はほとんどの管理会社が賃貸管理にシステムを導入しているでしょうが、この賃貸管理システムに紐づくかどうかが導入の鍵かなと思われます。 全員がPC作業が得意ではない。という不動産業からすると、新システムは導入にハードルが高く、出来れば賃貸管理システムにAIを付け加えてもらえるとハードルが下がるのかなと思います。 間違いなく伸びる分野であるがゆえに、個別のサービスはどこまで優位性があり、存続できるのかの見極めが非常に大事かなと思いました。 不動産業者だけでなく、大家さんも多くの方がAIを駆使しており、これからも発展から目を離せない存在になるでしょう。 そして、その中で人間に突きつけられる命題は 「効率も、正確さも、スピードもAIが持つなら、あなたに残された強みとは?」という点ですかね。 知識に価値が無くなっていく時代に私という人間はどうすればよいのか?を考えさせてくれます。 人材はアウトソーシングとカスハラ さて、お次は人材編です。 こちらは大別すると2つに分かれていました。 まずはサービス面でいうとアウトソーシング、いわゆる外注化の会社が多く見られました。 これは現在の人材不足を解決する為です。 現在の求人倍率や最低賃金の上昇を受けて、人件費率が上がっていることを考えると余程自社で効率的に雇用できない限りは外注化することでコストカットが出来るという座組かなと思います。 従来の設備だけでなく、人的なクレーム(騒音や隣人トラブル)などのコールセンター業務が多く見られました。 これからの管理業務では、この適切な外注化は必須になるとも思えます。 自社で内製化を図ろうとすると、かなり膨大な人数や教育コストを掛けることになりますので、それなら専門的な知見をもった業者に委託することで効率化やコストカットが可能にはなろうかと思います。 もう一つは、カスハラ対策です。 こちらはサービスというよりは、会場で行われるセミナーで多く見られました。 要約すると カスタマーハラスメントを放置することで社員を失うのは最大のマイナス ということです。 もう少し嚙み砕くと 昔のように「お客様は神様」的思考は若年層には通じない 不動産業は決して採用面で有利な業種ではない カスハラ対策をしないと人材が流出する 現在では人的コストが非常に高く、一人のカスハラで従業員を失うのは損失が大きすぎる という流れです。 セミナーでも「過大な要求をする顧客は、こちらから打ち切ることも必要」という就職氷河期世代には信じられない方針が今後の主流になってくる風潮でした。 私もこれには同意です。 当社に在籍している社員も、在籍年数が長めの傾向にあるのですが、この熟練してきたスタッフというのは非常に価値が高いものです。 顧客との長年に亘って築いた信頼関係などはプライスレスと言えるでしょう。 それもあって、弊社では「カスタマーハラスメント」と認定するような顧客の対応は 代表取締役である私が管轄となります。 というのも、中々カスタマーハラスメントと認定することや、契約を打ち切るような対応を社員にさせるのは酷かなと思っているからです。 弁護士などの専門家へスムーズに報連相する為にも、一旦私に管轄を移して、素早く判断するようにしています。 そして、専門家の意見などを聞いて、後は粛々と対応するのみです。 長期的にもこういった顧客との対応は避けるべきだと私も考えています。 但し、このカスタマーハラスメントか否かの判断は責任者がしっかりと倫理観と基準を持ち合わせるべきだとも思います。 この線引きが緩いと「なんでもカスハラ」となりますし、逆に厳しすぎても肝心の社員を守れずに失ってしまいます。 いずれにしても企業はこれからもカスタマーハラスメントを許容しない社会に進むでしょう。 そしてもう一つ、私が予想している未来は カスタマーハラスメントを行ったり、威圧的な言動などを行う人は将来 世の中の全てのサービスを受けられなくなるでしょう ということです。 これはどういうことかというと このカスハラ対策は少子高齢化の日本では、主流となるのは間違いないでしょう。 既存の企業は昔のように、過大な要求をする顧客に時間や人的リソースを割くことはしなくなります。 そうすると、企業は 優良な顧客には適正な価格でサービスを提供するが、カスタマーハラスメントを行う人へはサービスを行わないか、かなり高額になる方策を取るでしょう。 まさに人のダイナミックプライシングです 他のサービスの利用履歴などを企業同士が共有することで、悪質な顧客(命名するならブラックお客様)を浮かび上がらせるでしょう。 現在はカスタマーハラスメントを受けたら対策という順序ですが そもそもブラックお客様にサービスを提供しなければカスハラ対策など不要!という結論に至るでしょう。 その為に、各業界同士で顧客をスコアなどで共有していく可能性は多いにあるでしょう。 そして、過去に悪質なカスタマーハラスメントを行った人=ブラックお客様には、自社のサービスを提供しない。 もしくは提供する場合は、一般の顧客より高額な費用を前もって請求するという仕組みです。 そんなことを書くと酷いと思われるかもしれませんが、これによく似た仕組みを我々は使っていますよね? 自動車保険です 事故を多く起こしたり、過失の多い請求をすると、翌年以降の保険料が上がりますよね? 当然です、リスクの高い人なのですから と、この辺りは私の勝手な妄想ですが、恐らくはこのようになるでしょう。 私も含めて、これからは世間での振る舞い方は大事にした方がいいと思います。 ブラックお客様に認定されると入店拒否やお隣さんよりも高い金額を請求されるかもしれませんよ 物価高対策は修繕とファイナンスの長期化 さて、最後は物価高対策ですね。 これもご承知の通り、昨今の物価高は賃貸事業に大きく影響しています。 資材や人件費の高騰は、賃貸物件も直撃しています。 ここは大家さんも同様に影響を受けていることでしょう。 原状回復費やリフォーム費用の高額化には頭を悩ませていることでしょう。 これに立ち向かうサービスもたくさん出てきていました。 特にリフォームでは「交換ではなく修繕」が多く見られました。 例えば壁紙を張替えではなくクリーニング、水道管を交換ではなく更生など、既存のものをいかに長寿命化させるかという試みが多くありました。 今後も資材や人件費が下がる目途はなさそうなので、こういった商材などを有効活用することは不可欠だと思います。 また、この物価高へ違ったアプローチもあります。 それはファイナンス(資金調達)での解決です。 どうしても物価高で仕方ない場合には、資金調達をするしかないのですが、これを借入で日々の支払い圧力を軽減する という方法です。 具体的には分割払いや貸出期間の長期化です。 もちろん、長期化することで支払い手数料は増えるのですが、その手数料分を期間で挙げる収益で相殺するという仕組みですね。 こういったサービスも多く見られましたね。 もちろん安易な使用は収益の悪化となりますので注意が必要ですが、一度に出ていく現金も困りますからね。 管理会社としても万一の策として、顧客に提供する準備はしておく必要があるのかもしれませんね。 未来の話は楽しい さて、拙い文章ではありましたが今回の賃貸住宅フェア2025をざっくりとご説明してみました。 今回参加することが出来なかった方々へ、現在のトレンドや潮流などをお伝えできれば嬉しいです。 インターネットなどの発展に伴い、情報や価値観が目まぐるしく変わる賃貸業界において、その時々の時勢を掴むことはとても大切です。 昨日までの常識が今日には変わってしまう世の中に対応できるように日々研鑽を重ねていかねばなりません。 「進化論」で有名なダーウィンの一節がありますね。 「最も強いものが生き残るのでもなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残れるのは、変化できる者である」 この言葉、実はダーウィン自身がこのように発言した訳ではないというオマケのような話もありますが、細かいことは別にして、この言葉自体はビジネスでは真理の一つであることは事実でしょう。 私たちも変化を恐れず、楽しみながら生き残っていたいものですね。 こういった未来の予測は楽しいですね。 みなさんもぜひ参加してみてはいかがでしょうか? 来年の会場でお会いできることを楽しみにしています! 毎年参加できるように変化を続け、よりよい未来に私の居場所を作れるように生き残ろうと思います。
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2025年6月10日地域の発展なくして、不動産の発展なし 〜賃貸需要は「人」と「仕事」が生む〜
さて、内田の雑談シリーズです。 今回はタイトルの通りですが、賃貸需要の考え方を書いてみようと思います。 よく、他エリアの方から当社エリアのことを聞かれます。 霧島市や姶良市の説明をするときには「京セラ、ソニーなどの工場があり・・・」「高専や大学もあり・・・」という説明になるのではないでしょうか。 当たり前の話ですが、地域の賃貸需要は「人」と「仕事」です。 何もない荒野に立派なマンションを建てれば人が住み、地域が発展するでしょうか? 賃貸物件に人が集まるのは、そこに「生活の基盤」があるからです。 そしてその基盤とは、言い換えれば「仕事」です。 仕事があれば人が住み、人が住めばサービスが生まれ、街がさらに豊かになっていきます。 逆に、仕事のない地域には人は集まらず、どれだけ綺麗な物件を建てても空室リスクは高まります。 では、どうすれば地域に仕事が生まれるのでしょうか。 それは「商業」から始まります。小さなお店でも構いません。 飲食店、物販、サービス業…どんな形でも、まずは地域に根差した商業が増えることで、雇用が生まれ、人が集まり、街が動き出します。 私たちは賃貸管理という仕事をしているので、この当たり前の循環を忘れがちになりますが、この地域の発展の順番を邪魔してはいけないと考えています。 とある町の失敗 私は不動産業が、この失敗をしてしまった町をいくつか見たことがあります。 とある町で、地域の特色を活かしたお店が数件立ち並んでいました。 個人商店の集まりでしたが、物珍しさもあって町に活気が出てきました。 その地域が久々に脚光を浴びたその時でした。 エリアが栄えようとし始めた雰囲気を察知したとある不動産業者が、その周辺の一等地の土地を取りまとめて、アパートを建設していったのです。 そのアパートは埋まりました。 そうすると、二匹目のドジョウを狙い、様々な賃貸物件が周辺に次々と建設されました。 明るい兆しが見えていたその町は、あっという間にアパートが立ち並ぶ町となりました。 数件のお店が栄えていたのを見て、似たような商売をしようとした人たちのスペースは無くなってしまいました。 するとどうでしょう。 そのエリアの成長はストップしてしまいました。 風情ある街並みが普通の住宅地になってしまいました。 私はその不動産業者が悪いとは言えません。先見の明で取りまとめた結果ですからね。 ただ、少し時期尚早だった気がしています。 その通りがもっと栄えていたなら、もっとたくさんの人で賑わうエリアになったかもしれない。 そうなってからでも遅くはなかったような気がします。 結果、その通りでいくつかあったお店もいつしか活気が無くなり、残ってはいますが立ち並んだアパートも空室が増えてきたのです。 タラればですが、もう少しそのエリアが発展すれば、賃貸需要ももっと大きくなり、もっと価値が生まれていたのではないかと思います。 健全な発展とは? これは私のイメージですが、町の発展はこのような形になっていると思います。 中心街は商業で栄えており、人が多く集まります。 そして、その周辺に働く人や住みたいと思える人達が居住してくれる。 中心の商業地が大きければ大きいほど、周辺の居住地も自ずと大きくなっていくわけですね。 先ほどの失敗例では、その商業地を居住地として早くに手を付け過ぎた結果、商業が膨らみ切れなかったのです。 せっかく大きくなる可能性のあった円を小さく留めてしまいました。 その結果、居住地の円も小さくなってしまいました。 不動産業も商売ですから、利益を上げることは重要です。 しかし、不動産業は「地域の発展があってこそ」という視点を忘れてしまうと、いつかは自分たちの首を締めてしまうという点に注意をしなければならないと思います。 この中心の円が大きければ大きいほど、我々不動産業も恩恵を得ることが出来るのですからね。 我々の規模では、街づくりという大きなお仕事は難しいかもしれません。 それでも「町の発展は商業が先」というのは信じております。 最近はSNSやネットの力で、小規模なお店でも世界から人を呼ぶことが出来る環境が整いつつあります。 私たちに出来ることは、そういった方たちへのチャンスを作ること、邪魔をしないことじゃないかなと思います。 そういった方々が成功することで、ようやく我々不動産業は発展することが出来るのですから。
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2025年4月25日不動産あるある ~不動産業界にある負の略語・隠語編~
良い言葉ではない どんな業界でも略語・隠語というのはあるでしょう。 お寿司でいえば「アガリ」や「オアイソ」など、ホテル業界でいえば「ノーショウ」「シルバー」、警察でいえば「ホシ」や「ガイシャ」などもそうなるんでしょう。 もちろん、不動産業界にも業界用語として数々の言葉があります。 これまでにも何回か書いてきました。 https://lotushome.jp/blog/5030/ カタカナ用語はこちら https://lotushome.jp/blog/3039/ https://lotushome.jp/blog/2969/ そして今回はダークな悪い言葉編です。 不動産業者の中では通じますが、負の略語・隠語をご紹介してみようと思います。 なにを隠そう、私が最初に不動産業で勤めた会社はブラックもブラック! どブラックでした。 そこでは、今回ご紹介するような言葉が飛び交っておりました。 結局、その会社は1週間程で退職してしまいました。 社名で検索してみましたが、現在は廃業しておるようです。 不動産会社はただでさえ、信用してもらいづらい業界です。 現在は遵法意識も高まってきましたし、多くの会社は良い業者であると信じています。 しかし、このような略語・隠語が生まれた業界でもある為、ご紹介してみようと思います。 まさかお客様の前で使うようなアホな業者は無いと信じたいのですが、このような言葉を聞いたならご注意ください。 呼び物・ある呼び まずはこちら 読み方は「呼び物(ヨビブツ)」「ある呼び(アルヨビ)」です。 ずばりおとり広告を使う際に使う略語ですね。 不動産というのは特殊な商品です。 性質上、同じ物は2つとありません。 その為、人気な物件があった場合はあっという間に成約になります。それが賃貸でも売買でも一緒です。 人気物件を掲載すると、本当に信じられないくらいの反響が来ます。 本来、あまりに安すぎる物件があった時は不動産屋としては若干失敗でもあるのです。 本来の価値であればもっと上であった訳で、売買価格や賃料を査定ミスした証ともいえるのですからね。 とはいえ、何かしらの事情があってお得な値付けをすることもありますから、全部が全部ウソとは限りません。 それを逆手に取った言葉がこの言葉です。 要は「すでに成約した」か「存在しない」物件を広告に使って、集客する行為を指します。 使い方はこうです。 「この物件決まったけど、呼び物としてネット掲載しておこう」 「あの物件決まったけど、集客厳しいからある呼びしてから消せばいい」 インターネット上にこのような広告を出すと、興味を持ってくれたお客様からお問合せが来るのですが、そんな物件は存在しないにも関わらず 「ご来店ください」などと来店を促すのです。 そして、当日来店してみると「先ほど別の方が成約になったんです」や「実はこの物件〇〇となっていまして」などと言って断るのです。 その後に「少し条件は違いますが、こちらの物件などはいかがでしょうか?」として別の物件を紹介する訳ですね。 ちなみに「先ほど別の方~」「実はこの物件〇〇と~」という言い訳も業界用語で「消し(ケシ)」といいます。 現在は、不動産ポータルサイトや消費者庁、国土交通省も規制を強めており、昔に比べると一掃されたような気もします。 それでも見抜くのは困難です。 当社でも繁忙期などになれば、ご案内予定の物件へ直前に申込が入るということは現実としてあるのです。 「先ほどお申込みが入りまして」というお断わりの連絡はしますが、そんな時は「おとり物件って思われないかなー」と少しだけ思います。 おとり物件だと見抜く技があったとしても、その物件が存在しない以上、お問合せしたお客様は時間の無駄にしかなりません。 おとり物件 ダメ 絶対 担ボ(タンボ) つづいては担ボ(タンボ)です。 これは隠語でもあり、略語です。 正確には担当者ボーナスといって、個人的なキックバックや謝礼を受け取ることを指しています。 不動産は報酬額が法律で決められている業界です。 仲介手数料などに上限を定めているのですが、それを超える報酬を担当者が個人的にもらうことです。 貸主や売主、はたまた買主かもしれませんが、不動産業者の社員などに別途報酬を支払うことで融通を効かせて欲しい場合に、正規の手数料とは別に担当者自身へ渡すお金のことを担ボと呼びます。 使い方としては 「あの物件、担ボ付いてるんだよね。決めたいわー」 などです。 これは賃貸でも売買でも耳にすることがあります。 そうすると、どういうことが起こるかはご想像の通りです。 なぜ担当者に別途ボーナスを払わなければならないかを想像すれば簡単です。 要は「本来の価値を超えた金額で成約して欲しい」から担ボを払うのです。 市場に合った価格であれば、遅かれ早かれ成約することでしょう。 そういった相場以上の金額で成約するには、営業マンにかなり頑張ってもらわないといけません。 営業マンも会社を通さずに個人的に直接金額がもらえるのであれば、と頑張る訳ですね。 しかし、そういった物件を売り込まれる人からすれば「相場より高い物」を必死に売り込まれる訳ですから、あまり相場感などが無い方などは高値掴みをしてしまったり、本来のニーズと違う物件を勧められてしまう可能性が高まります。 また、その営業マンが所属する会社も報酬の存在を知らないことが多い為、知らず知らずのうちに自社の社員の腐敗に繋がる可能性もあるのです。 一旦手を染めてしまうと、担ボ物件しか成約を目指さなくなったり、会社への報酬を削減してでも担ボを目指すようになる人もいます。 つまり、所属している会社にも、お客様にも感謝されない営業マンが生まれてしまうのです。 長い目で見ると、このような社員は業界内でも有名になってしまいます。 得てして、担ボを貰う側は口が堅いのですが、担ボを渡す側は口が軽いので 「〇〇の営業マンに担ボ渡すと決めてくれるよ」とか「〇〇の〇〇さんはすぐに担ボ要求してくるよ」などと業界内で噂になりやすいものです。 周りまわって自分の首を締めてしまいます。 この担ボの罪深い点は、最後にツケを回される消費者が不当に高い金額を押し付けられる可能性があることです。 市場の相場より高い部分に納得していればいいのですが、担ボによって需要を歪められたお客様はたまったものではありません。 ちなみに弊社で担ボを受け取った場合は一発アウトです。社員にも常々そう言ってあります。 それは会社が欲しいからではありません。 手を染めてしまうと抜け出せない麻薬みたいなもので、倫理観を失った行動をするようになるからです。 担ボ ダメ 絶対 負の言葉は使う人がいるから いかがでしたでしょうか。 残念ではありますが、このような隠語や略語があるということは、不動産業界に一定このような行為をする業者がいるという悲しい証拠でもあります。 法規制や業界内の常識なども少しずつ向上している昨今、昔に比べると良くなってきました。 少なくとも現在は、今回挙げたような言葉を聞くことはほとんどありません。 それでも全くの0かと言われると自信はありません。 このような負の言葉を撲滅することも不動産業界に求められているのではないでしょうか。 自分自身も甘い誘惑に負けないように、今後も取り組んでいきたいと思います。
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2025年4月15日就職氷河期世代はせめて日本史に刻んでほしい ~虐げられ、削られる世代として~
助けられない世代なら、せめて 就職氷河期世代 1970年~1984年に生まれた人を指し、「ロストジェネレーション世代」とも呼ばれます。 背景としては、バブル崩壊後の「失われた30年」という日本経済がどん底の期間に、就職する為に社会に出ていかざるをえなかった世代を指す言葉です。 私もこの世代に入っています。 確かに、私たちが社会に出る時に一番人気だった職種はズバリ「公務員」でした。 当時は国家公務員だけでなく、地方公務員やその他の公務員が人気でした。 その理由はズバリ「安定」でした。 現在の人手不足の状況では、教師や自衛官など含めて人気は下火です。 元々、公務員が人気になるのは「不景気」の時期です。 いかに「失われた30年」が就職難だったのかが、伺い知れます。 当時の有効求人倍率は0.6倍程だったと記憶しています。 雑に解せば、100人いたら60人程度しか仕事が無かったわけですね。 昨年の有効求人倍率が1.25倍ですから、その差は推し量れようかと思います。 現在は人手不足、とりわけ若手不足と呼ばれている時代です。 それに比べると、就職氷河期世代の若者はそれなりに数も多く、だが景気は悪く、仕事は無く、つまり若者は掃いて捨てる程余っていたのです。 そんな就職氷河期世代ですが、現在の年齢でいえば55歳~40歳程になっています。 この世代について少し当事者としての目線も踏まえつつ、知って欲しいと思います。 私自身も、そして多くの同世代が辿るであろう悲観的な未来。 問題提起ではありません、恐らくそうなるであろうという悲しい現実と、我々就職氷河期世代が、この世代の結末としてどうなっていくのかを書くだけです。 私にとってもあまり気分のいい記事ではないです。 橋渡しをした世代になる 私たち、就職氷河期世代は職がありませんでした。 その為か仕事についた当時は、まだパワハラ上等の世界でした。 私も若い時分は仕事で手を出されたこともありますし、ブラック企業は多くありました。むしろ当然でした。 そうして若い間は上からの命令や指示は絶対、惨めな思いをすることも多々ありました。 私たちは当時思いました。 「これも若いうちだけだ、我々も歳を取ったら楽になるのだろう」と そうしている内に、若い世代が下からやってきました。 下の世代には、我々が受けたパワハラを引き継ぐことはありませんでした。 いくらかホワイトな社会になってきました。 そうすると、下の世代は人手不足ということもあり、重宝される社会になってきました。 彼らは人数も少なく、社会の景気が持ち直してきた頃でしたから、大切な人材に粗相をしてはいけない。となったのです。 今現在、新卒の給与などは各企業が争うように高水準になってきました。 初任給も昇給も休みも確保される社会となってきました。 就職氷河期世代にとって昇給は「何それ?美味しいの?」状態でした。 まだまだあります。 我々就職氷河期世代の親は団塊の世代です。 我々よりも数が多く、超高齢化社会の本丸である人数を支えなければなりません。 高い社会保険料、昇給されなかった世代には重い負担です。 しかし、我々はまだ思っているのでした。 「これも若いうちだけだ、我々も歳を取ったら楽になるのだろう」と でもその願いはどうやら無理そうです。 支えたし、見送る そうして、若い頃からずっと、未来にだけ希望を持っていた就職氷河期世代は気付くのです。 我々は、上の世代を支えなければならないが、下の世代は支えてくれることはないのでは? 現在、国会などでも話題になるのは「社会保険料改革」です。 高齢化社会を迎え、少子高齢化に歯止めが掛からずに、負担は限界まできました。 そうすると、今後実行せねばならないのは社会保険改革です。 これまでのように老人世代を勤労世代で支えるのは限界です。 当然、今後は医療費負担や年金制度改革に取り組む必要があります。 つまり、医療費の高齢者負担増や年金の削減などです。 議論には相当の時間が掛かるでしょう。 そして恐らく、制度設計が整うのは、そう、就職氷河期世代が高齢者となる頃でしょう。 若者に負担を押し付けるのは気が引けます。 我々の子どもや孫世代に負担をさせたくはありません。 仕方のないことかもしれません。 今現在の高齢者はその時にはもういないでしょう。 若者たちは負担が下がった世代として社会で生きていくのでしょう。 そう、我々就職氷河期世代は「失われた30年」で犠牲となり、高齢者と若者を幸せな未来へと「橋渡しをする世代」だったのです。 上の世代を支え、下の世代の負担になることを避ける世代だったのかもしれません。 せめて日本史に残して欲しい 我々就職氷河期世代は我慢することばかりの世代でした。 社会に出てからはブラック労働や重い社会保険料や税負担 自分たちが高齢者になる頃には、年金改革や医療費負担増 報われることはない世代になる可能性は非常に高いです。 だからといって、この世代に今から何かをするには、いささか手遅れな程に歳を重ねてきました。 もちろん、今でも救う手立てがあれば対策をして欲しいのですが、今の政治では望み薄でしょう。 そうであるならば、せめて日本史などで後世に伝えて欲しいのです。 就職氷河期世代は「上の世代を支え、若者の未来の為に犠牲となった世代」であることを 私は世代間対立を煽りたいのではありません。 上の世代は親世代ですし、下の世代は子供や孫世代です。 どちらにも幸せになって欲しいです。 その為に就職氷河期世代が犠牲となることは、現在の情勢を冷静に考えればやむを得ないのかもしれない。 時代や経済状況、人口ピラミッド構成の歪んだ条件で生まれてしまった「就職氷河期世代」 年齢でいえば先ほど書いた通り55歳~40歳と、今なお現役で社会で摩耗しつづけています。 最後に、同じ時代を生きている就職氷河期世代のみなさんへ 私たちは不遇な時代に生まれたのかもしれません。 金銭的だったり、制度上の幸せという意味では困難な時代だと思います。 それでも、就職氷河期世代というだけで幸せになれないのか?といわれたら「そうではない、私は幸せだ」と言いたいものです。 不遇だった部分は世の中や時代のせいにして、なんとか「この世に生を受けてよかった」と思えるような人生にしたいですよね。 制度や景気の面では「失われた30年」だったのかもしれませんが、その30年間は我々が必死に生きた30年間です。 その30年を「私の失われた30年」で終わらせるか「私にとってはいい30年」だったかは、私たちが自分で決められるのですから。 出来ることなら、この就職氷河期世代を上手く支えられる方策があれば是非お願いしたいものです。 がらにもなく、変なことを書いてしまいました。 この記事のブログカテゴリーは「雑談」ですからね。たまにはいいでしょう。 私たち就職氷河期世代は常に「未来は明るいだろう」と信じ続けた世代ですからね、最後まで信じてみたいものです。
雑談
当社社長の雑談です。個人の見解です。










