(14ページ目)経営者は孤独、という言葉に酔っていないか?  ビジネスの失敗=人格の否定ではない、私自身への手紙

経営者は孤独だ、とよく言われます。

夜中にふと目が覚めて、借入金の残高や、今後の社員の給料、あるいは先行きの見えない景気の動向や未来を考えると、胃のあたりがギュッとなる感覚はあります。

私くらいの規模の経営者でもそう思うことがあるのですから、もっと規模が大きくなったりすれば、そのプレッシャーは想像もつかないだろうな、と考えたりもします。

確かに、相談できる人が周りにいたとしても、この特有の不安感やプレッシャーというものを気軽に打ち明けることは難しいものです。

最終的にすべての責任を取るのは、自分一人だけ。

そういった重荷を一人で背負い続けるという意味で「経営者の孤独」というものは確かに存在するのかもしれません。

でも、最近もう一つの視点で思うこともあるんです。

これは本当に、経営者にしか分からない孤独なのだろうか。

また、「経営者の孤独」という言葉に自分たち自身が縛られすぎて、必要以上に自分を追い込んでいないだろうか、と。

今日は、私が感じている「仕事」というものについて、少し肩の力を抜いてお話しできればと思います。

誰もが「自分の戦場」で孤独に戦っている

「経営者は孤独で大変ですね」

たまに、こんな言葉をかけてもらうことがあります。

そう温かい声をかけてもらうと、正直なところ救われる気持ちになります。

何だか自分が「戦地へ赴くヒーロー」のような扱いを受けている気がしてくるからです。

よくぞこの苦労を分かってくれた、と内心で鼻高々になっている部分もあるのでしょう。

ただ、ふと考えてみたのです。

「あれ?でも独立する前の自分って悩みや不安、孤独感なかったっけ?」と

思い出してみれば、サラリーマン時代も日々悩んだり、不安になったり、強い孤独感を感じていました。

当時の仕事のプレッシャー、家族の将来、自分自身の限界や将来、先行きの見えない社会、健康や体調、お金、人間関係などで眠れない夜を過ごす。

おや?眠れない夜もあったのも変わらないのではないか?

『いやいや、それは単に悩みやすいだけで、経営者になれば、従業員の家族まで、背負っている人数なども違うんだよ』

『経営者は誰にも変わってもらえないプレッシャーが特別にあるんだよ』

確かに、一理あるかもしれません。

例えば「悩み」というものを、動かしている金額や人数をベースにして換算するのであれば、そう言えるでしょう。

「自己破産する可能性だってある」「自分が間違ったら多数の人を路頭に迷わす」

金額や人数をベースにして悩みを換算するのであれば、一般的には経営者の方が悩みは深いともいえるでしょう。

それでも、よくよく考えたら金額の大小は悩みの本質とは無関係な気がします。

なぜなら、金額をベースに悩みの大小を決めるとしたなら、多くの経営者の悩みはイーロンマスクや孫正義という超巨大企業の人と比べるとちっぽけな悩みということになります。

それでいいのでしょうか。

もし「金額や人数が小さいからお前の悩みは大したことがない」と言われて納得できるなら、経営者の孤独なんてたかが知れていることになります。

仮にそうだとしても、何の解決になるんでしょうかね。

また、そこまで極論でなくとも「自分が失敗したら全てを失うかも」という点では、経営者か否かで、そんなに変わりはないともいえます。

私は、かつて麻雀の神様とも呼ばれた作家、阿佐田哲也氏の言葉が、この悩みの本質を突いていると思っています。

たしか、こんな言葉でした。

「レートが高いから偉いのではない。その人間が、逃げ出したいほどの恐怖を感じる金額を賭けているかどうかが勝負なのだ」

「10万円で震える奴もいれば、1億で笑う奴もいる。だが、そいつにとっての『最後の一枚』を賭けた時の孤独は、金額に関わらず同じだ」

私は、人の悩みもこれと同じだと思っています。

「破滅」や「後がない状況」がよぎる局面において、人が感じる孤独や不安の純度に、金額や人数は関係ありません。

上司との人間関係に悩み、家族の将来を思い、この混沌とした社会情勢、自分自身の健康や病気などに眠れない夜を過ごす。

それは、経営者が資金繰りや経営に悩むのと、本質的には同じ「人生の重み」だと思うのです。

数千億円の負債も、個人の住宅ローンも、それが当人にとっての「破滅」を意味するなら、そこにある絶望の深さに違いはありません。

そう考えると、経営者だけが特別に孤独で、特別に不幸なわけじゃない。

こういう結論になってしまうのです。

それぞれ「自分の選んだ道」ではある

少し厳しい言い方に聞こえるかもしれませんが、今の私の正直な気持ちを言えば、経営という仕事は「自分で勝手に始めたこと」です。

誰かに強制されて起業したわけでも、無理やり借金をさせられたわけでもありません。

「よし、やってやろう」と決めたのは、他でもない自分自身です。

そうして自分自身で選んだ道なのですから、「経営者は孤独だ」とか「サラリーマンの方が楽だ」というのは、少し被害者意識が強いのではないか、と感じてしまいます。

自分で勝手に出場を決めたマラソン大会で、「走るのがキツい、足が痛い、誰も助けてくれない」と泣き言を言っているようなものです。

沿道の人は応援してくれるかもしれませんが、代わりに伴走してくれるわけではありません。

でもね

だからといって、「悩むな」とか「大したことじゃない」と言いたい訳でもないんです。

そうではなくて、経営者だけが特別に孤独で、特別に不幸なわけじゃない。

だからこそ、自分だけが重荷を背負っていると考えるより、「みんなそれぞれ大変だよな」と捉えるほうが、ずっと救われませんか

そう思えると、なんだか少し、世の中の人たちと「戦友」になれたような気がして、孤独感が和らいでいくのを感じます

現代社会は、誰もが何かしらのプレッシャーと戦っている「大変な時代」です。

自分だけが苦難の道を歩いているのではなく、今日も世界の誰かが自分と同じように歯を食いしばって歩いているんだ

と思うことで冷静になって欲しいのです。

なぜそうすべきかというと

そう思わないと自らの道を絶ってしまう人が多いからです

成功も失敗も人格とイコールではない

経営をしていれば、本当に余裕がなくなる瞬間はあるでしょう。

資金繰り、トラブル、従業員の問題、先行き、事業の失敗など悩みの種は尽きないと思います。

私も少しは分かると言いたいですが、その悩みを本当に理解することは家族でも簡単ではないことでしょう。

そんな時にはきっと、頭の中が真っ白になって、周りのすべてが敵に見えるような時なのでしょう。

色々なデータはありますが、経営者や個人事業主などの自殺率は2~6倍程度とやはり高い水準だそうです。

少し前の秋田県での調査では、以下のようなものが要因としてあげられるそうです

中小企業経営者の特性

  1. 経営と資本が分離していない
  2. 社長や家族が連帯保証人である
  3. 破産や倒産によって自宅や財産の全てを失う
  4. ステークホルダーが大勢である
  5. 地域の町興しのリーダーなどである
  6. 自己実現の夢を追い求める
  7. 一国一城の主意識がある
  8. 決断力が強い
  9. 名誉、信用、プライドを重んじる
  10. 弱音をはかない

後半の要因などは皮肉ですよね。

本来は長所と思われるような部分により、結果的に自分自身の道を絶ってしまうのですから。

実は今日書きたかったのは、この点なんです。

私の周りでも、残念ながら事業が上手くいかなくなり、倒産された方もいました。

そんな時に、無関係な人達は後から

「俺はあそこはヤバいと思ってた」「あそこの社長は〇〇だったから」などと無責任な後付けが飛び交います。

まるで失敗したのは全て社長の人格や能力の無さという風潮ですね。

もちろん、一部にはそのような要素も含まれることはあるとしても、全てではないハズです。

極論ですが、私はビジネスでの成功も失敗も「人格」とは無関係な気もしています。

真っ当に頑張ったからといって必ず成功するわけではないし、失敗したからといってその人の人格がダメなわけでもない。

ビジネスの結果は、運や時流、タイミングといった、自分ではコントロールできない要素にも大きく左右されます。

数年遅ければ大成功していた、あるいは数年早ければ倒産しなかった。

そんな話は、この世界には山ほど転がっています。

自己責任だからこそ

誰かに強制されて社長になったわけでも、無理やり借金をさせられたわけでもありません。

「よし、やってやろう」と決めたのは、他でもない自分自身です。

でも、これは自分を責めるための言葉ではありません。

むしろ、「自分で決めたことなんだから、周りの期待や世間の目に過剰に反応しなくていいんだ」という、自分を自由にするための言葉なんじゃないでしょうか。

誰かに頼まれたわけじゃない。

だから、教科書通りの「立派な社長」を演じる必要もありません。

経営をしていれば、本当に余裕がなくなる瞬間がくることでしょう。

通帳の残高が減っていき、頭の中が真っ白になって、周りのすべてが敵に見えるような時です。

そんな時、どうかこれだけは忘れないでください。

お金がなくなることは、単に「お金がなくなった」という事象に過ぎません。

あなたの人間としての価値や、これまで積み上げてきた努力が否定されたわけではないのです。

例えば会社をたたむことになったとしても、それは人生の敗北ではありません。

今の日本では、命まで取られることはありませんし、やり直すチャンスは必ず用意されています。

そもそも、先の例でもある通り、経営者だから無条件に偉い訳でもないでしょう。

もう一度経営を志す気持ちがなくても十分じゃないですか。

誰に強制される訳でもないんですから。

私自身は、ようやく今年で5年を迎える若輩者です。

そんな私の言葉では説得力はないかもしれませんが、一旦落ち着く手助けになればいいなと思います。

長くなりましたが、あなたの苦しみはひょっとしたら、みんなも同じような不安や孤独の中、ギリギリのカラ元気で明るく見せているだけかもしれませんよ。

それでも、どうしてもダメな時には「一生懸命頑張ったけど、ダメだったな」と明るく諦めてみませんか。

私はそんなあなたのことを決して笑ったりしません。

今回の記事は、私自身の「雑談」であり、未来の自分への手紙でもあります。

私自身も経営者の端くれで、これからどんな苦境が待ち受けているかも分かりません。

今日まではたまたま運が良く、一年ずつを生き延びているだけかもしれませんからね。

いつか私が、本当の孤独に震えてしまった時。

この過去の自分の考えを、未来の私が読み返して、「ああ、そうだったな」と思い出してほしい。

自分の為にも書く記事は、これが初めてかもしれませんね。

次回からは、もっともっと、どうでもいい、しょうもない内容を書いていこうと思います。

だから、これを読んでいるあなたも、たまには見に来てもらえませんか?

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