
あくまで社内だけ
またまたやってきました、変な社内ルールご紹介です。
今回も「読み物」として楽しんでもらえたら幸いです。
もちろん社内の価値観ですから、皆さんに価値観を強制することもありませんのでご了承ください。
多少はサボってもよい

私は普段から言っています。
「まったくサボるなとは言いません」と
でも、この言葉は本当はズルい使い方をしているな。と自覚はあります。
「仕事に来ている以上、1秒たりともサボってはならぬ」
という正論は理解していますし、経営者側からすれば当然です。1秒たりともサボらないスタッフがいれば本当に嬉しいことでしょう。
でも・・・・これを読んでいる皆さんもどうでしょうか?
サボったことありませんか?
もちろん、会社をサボって「パチンコ」に行くとか「家でゲームしている」などは論外ですし、流石にダメです。
でもね、ちょっとだけサボって息抜きっていうのは「あり得る」と思うんですよ。
じゃあ肝心な「どの程度サボっていいのか?」ですが
結果を出していて、倫理的にダメでなければ
そうなのです、私は定量分析が出来る仕事をお願いしています。
特に正社員スタッフには定量化出来る仕事をお願いしておりますので、結果が出ている出ていないは可視化出来るのです。
そのラインをクリアすれば多少サボったとしても「いいんじゃない」と思えます。
では「倫理的にダメ」というラインですが、これは正直
「そんなことは自分で考えなさいよ」
大体、そんなことも確認しないとサボれませんかね?
どこからがOKでどこからがダメですか?とサボる前に聞くんですか?
大体サボるのは技術がいる行為なんです。
見つかった時に言い訳出来る範囲にしなければいけませんよね?
パチンコ屋から出てきた時に見つかったら?自宅に何時間も車があったら?
そんなリスクを負いながらサボるんですか?
見つかった時に許される範囲や程度位のことは、自分で判断できる程度の「知性や理性」は備えておくものです。
そういう意味で冒頭に申し上げた通り、このルールは「ズルい」んです。サボる側も「試されている」のですから。
流石に社内のチェックをかいくぐってサボれる程度というのは限られてくることでしょう。
それでも心身のリフレッシュには多少の余白があってもいいとは本当に思っています。
だから「多少はサボってもいい」は本当に思っていますよ。
その「多少」のラインを履き違えないことは必須ですけどね。
家族を優先すること

「私と仕事、どっちが大事なのよ」
この有名なセリフですが、私は人生で一度も言われたことはありません。
なんと答えるのが最適なんでしょうね、分かりませんが
話が脱線しましたが、これも本当です。
当社のスタッフにも
「仕事は一生懸命せねばならないが、優先すべきは家族であることは間違いない」と言っています。
お子さんや配偶者、そして自分自身の為に仕事というのはあると思っています。
でも、仕事というのは不思議なもので、時にこの順位を忘れてしまうことがあるんです。
経営者としては仕事を第一に考えてくれるというのは理想論としては嬉しい気持ちはあります。
しかし、そうなった従業員というのは遅かれ早かれいなくなってしまうのです。
仕事というのは「長期戦」です。
短期戦なら「仕事第一」でもいいかもしれませんが、長期戦となれば時に思うのです。
「自分は何のために仕事をしているのか?」と
そんな時に家族や自分自身の為になっていないと思ったらどうでしょうか?
幻想から現実に還った従業員は会社を去ることになるでしょう。
またそういう幻想をわざと抱かせる会社があるのも事実ですし、否定もしません。
それでも私はこう思っています。
「家族や自分自身を大切に出来ない人は他人も大切に出来ない」と
家族と折り合いが悪い人も否定しません。
正直、世の中には「いない方がいい家族」という人種がいるとも思っています。
その場合は自分自身を大切にすることですね。
ともかく、そういった大切な人間や自分を丁寧に扱うことが出来ないと、他人を丁寧に扱うことは難しいと思っています。
そんな人間が不動産という「人間」をベースにした仕事に従事できるんでしょうか?
他にも理由があります。
そうやって価値観が安定している人は仕事でも落ち込みにくいのです。
仕事は100%全力でやるべきです。
ですが、それは「命を懸けて」という訳ではありません。
せいぜい「命を懸ける」のは経営者位でいいんですよ。
「またぁ、キレイごとを言って」と思われるかもしれませんが、そうではありません。
その位割り切って仕事をする人間の方が優秀で長続きするんです。
あまりに張り詰めている人は、何かの拍子でプッツリと切れてしまうのです。
先ほど申し上げた通り、仕事は「長期戦」です。
また、「経験」がものを言う業界ですから、そんな簡単に辞めるようなメンタルでも困ります。
ですから、これも会社の為なんですよ。そう考えると別に「キレイごと」ではありませんね。
ある程度、価値観も達観しておくと却って困難の時に踏ん張りが効くんですよね。
ですから「子供の熱がでてしまって」と言われた場合は、男女ともに「すぐ迎えに行ってあげてください」と言っています。
私自身もスタッフを大切に出来なければ、お客様も大切に出来ないでしょうからね。
別にキレイごとではなく、合理的な理由だと思っています。
でも、打算的な気持ちがないかと言われたら、どうでしょうかね・・・
私の心に「ええかっこしい」の部分があることも否定はできないような・・・
内田の「独演会」を聞いてあげよう

最後はルールではないんですけど、社員が気を遣ってやってくれていることです。
私は基本的には社内では静かにしていることがほとんどです。社内にいないことも多いです。
しかし、時折スイッチが入ったように
長尺の独演会を繰り広げてしまうことがあります。
これは誤解のないように言っておきますが「怒って全体に説教」とかではありません。
具体的には
- 不動産の未来はこうなっていく
- 社会は「こうあるべきだ」
- 会社で大きな決断をした時の「理由」
こんなのが多く、正直目の前の業務に関係ないことが多いのです。
私は出来る限り
内田というのは「こんな価値観を持っている」ということを伝えたいのです。
年がら年中、頭の中では上記のようなことを一人で考えているため、時に私の決断は
社長が乱心してしまった
と誤解されてしまうのでは?と考えているのです。
みなさんの職場などでもよくありませんか?
「昨日言っていたことの正反対のことを言い出す上司」とか「思いつきで実行する人」とか
あれは一定確かに行き当たりばったりのタイプもいるんでしょうけど、中には
「色々考えた挙句、やはりこっちがいいと思った」という線もあるのです。
しかし、その人の頭の中は分からない為に「行き当たりばったり」に見えるのです。
それに振り回される周りはとにかく大変ですからね。
私の独演会はそれを防ぐ為に「私はこういう価値観、考え方なのだ」と伝えているのです。
それが理解されれば少しは「あぁ、そういうことなんだな」と思って欲しいのです。
理解できれば、スムーズに物事も進むハズですから。
とはいえ
スタッフのみなさんには突然やってくる独演会は大変だと思います。
大体10分程度なのですが、大変でしょう。
ですから、これはルールではなく「お願い」なのです。
今のスタッフは内心どうかは別として聞いてくれています。
しかし、これは逆だったら正直キツイかもしれませんね。
いいスタッフに恵まれているんですね。ありがたい。
今回も毒にも薬にもならぬ
いかがでしたでしょうか。
変なルールと変なお願いでしたね。
また気が向いた時にでも社内ルールをご紹介したいと思います。
今回書いてみて思ったのですが、やはり私の根底には
「本音と建て前」があるのは当たり前だから「本音」でも守れるルールを作る
という考え方があるんでしょうね。
これも社内でよく言うのですが
守れないルールなら無い方がいい
前回までに書いた「寝坊は正直に言えばOK」などもそうですが
清廉潔白な人間などいないのに厳格なルールを作っても意味がないんです。
それよりは「誰もが守れるルール」を作ってしっかりと守る方が建設的だと考えているのでしょう。
嘘を暴いたりしても、本来誰も得しないんですよ。お互い嫌な気持ちになるだけですから。
それなら「嘘をつかない方が得するルール」にした方が守りやすいですよね。
書いてみて自分自身の考え方がまとまってきましたね。
こういった思考の整理に使わせてもらっています。
公開しても大丈夫なのかな?たまに不安になります。
カテゴリは「雑談」ですからね。たまにはね。
お問い合わせ
-

社名の由来 ~ロータスホーム~
たまに聞かれますので 株式会社ロータスホームの由来 弊社株式会社ロータスホームの社名の由来です。開業当初はよく聞かれたものです。なので、今後お付き合いが生まれることも期待して、社名の由来についてお話していこうと思います。 LOTUS=蓮 ますはロータスですが、「蓮」です。レンコンは蓮の茎ですね、蓮根と書きますから根っこだと思われていますが、茎です。なぜ「蓮」から取ったのかということですが、以前書いたように私は特定の宗教を信じている訳ではありません。たまにご存じの方が仏教とかですか?と聞かれます。 確かに蓮はお釈迦様のイメージもありますからね。この会社を作る時に色々なことを考えていました。「不動産会社を作るうえで、どんな想いを表そうか?」たくさん想いはありました。しかし、最終的に思ったことは 「どんな大変な仕事でも、住まいを通じて人に喜んでもらおう、そして人の喜びを自分たちの幸せとしていこう」という思いでした。その時に思い浮かんだのが「蓮」でした。蓮というのは、ご存知の通り泥の中で咲きます。しかも泥水が濃ければ濃いほど綺麗な花を咲かせるそうです。また、蓮の葉はどんなに泥や水が付いても弾き返すのです。ことわざの「泥の中の蓮」というのはこういった特徴から来ているのでしょう。その存在が不動産の管理会社にピッタリな気がしたのです。綺麗ごとだけではない不動産業界、時には辛いこともある仕事。そんな中で自分自身まで泥に浸かって、大事な心まで汚してしまってはいけません。そこで、そんな蓮の精神性から蓮=LOTUS=ロータスを選びました。決してキレイごとや華々しいだけではない仕事をも自分たちの糧にし、しかもそれでも汚れない、そして綺麗な花を咲かす。入居者さんやオーナーさんに代わって、大変なことをしっかりやり切ろう。そんな想いを込めました。あと、蓮根がその形状から「見通しがきく」などの縁起も良い物だそうで、そんな所も気に入りました。 HOMEとHOUSEの違い 次にLOTUSHOMEの「HOME」ですが、これは「家」という意味ですね。ではなぜ「HOME」で「HOUSE」ではないのか?ですね。どちらも日本語に訳すと「家」となります。これは、正確に合っているかは自信がないのですが、HOMEとHOUSEの違いは HOME=人が住んでいる場所としての家 居場所 本拠地 帰るべき場所HOUSE=住宅 家屋 建築物 HOMEは「人ありき」、HOUSEは「物質としての家」、こんなイメージを私が持っていたためです。私はHOMEが好きなのです。人が住んでいる家こそが「家」だと思っています。その住んでいる人にとっての居心地の良い「HOME」のお手伝いになればと思っています。 こんなことばかり言っていると「キレイごとばかり」などと言われるかもしれません。でも私は「キレイごと」でもいいと思っています。私もついつい仕事で熱くなったり、正直に言えば腹が立つこともたくさんあったりします。でもそんな時にこそ、この「キレイごと」を込めた社名が初心や本当にやりたかったことに戻してくれます。本当に私は聖人君主でもなんでもありません。だからこそ、初心や想いを忘れないように一番使う社名にしておきたかったのです。ちなみにHOMEは私の右腕ともいうべきスタッフがHOMEがいいということで採用しました。これからも社員と一緒にオーナーさんと入居者さんの役に立って、人を幸せにしていきたいと本気で思っています。そして、私も社員も人の幸せを作る仕事で「幸せ」になりたいと思います。今回は柄にもない内容でしたが、なんとなく書いてみたかったのです。今後ともよろしくお願いいたします。
-

俺の屍を越えてゆけ ~変な座右の銘~
なんの話だ?と思われるタイトルですね。 今回は完全な内田の雑談です。 この「俺の屍を越えてゆけ」は私の座右の銘といえる位に好きな言葉なんです。 元はプレイステーションのゲームソフトで知りました。 しかし、私はそのソフトをやったことはありません! やったことのないゲームのタイトルを座右の銘にする奴なんか、どこにいる。と思われても仕方ないですね。 ちなみに、このゲームはタイトル通りの内容だそうです。 簡単に紹介すると 「俺の屍を越えてゆけ」は、呪いにより数年しか生きられない一族が、神々と交わり、世代を重ねて宿敵を打ち倒そうとする和風RPGです。短命な子供を育て、能力を継承させ、強大な敵に挑むという独自のサイクルが、一族の絆と儚さを描き、世代を超えた感動を呼びます。20年以上経った今も、多くのファンに愛されています。 こんな内容だそうなので、よろしければ是非プレイしてみてください。 では、本題になりますが、なぜこの「俺の屍を越えてゆけ」が私の座右の銘なのでしょうか。 今回は私の完全な雑談にお付き合いください。 人は何のために生きているのか? おっと、小難しそうな質問が来ましたね。 とはいえ、この問いはほとんどの方が、一度は通ったことでしょう。 ちなみに私はこの問いには 人間に生きる意味など特にない と考えています。 おぉ随分厭世的な奴だと思われるかもしれませんが、そうでもありません。 正しくは 生きる意味などは無いが、それでも意味は持たずにはいられないのが人間だと思っているだけです。 この辺りは、本職の哲学者などもたくさん生きる意味などは語っていますし、そもそもこの問題に「正しい答えなど無い」ので、割愛します。 私にとっての「俺の屍を越えてゆけ」はその意味でピッタリなのです。 人生は好きに生きたらいい。と思ってはおりますが、それでも意味を持たずに日々過ごすのは、私にとっては退屈だったり、活力が沸かないんです。 若かりし頃、ただダラダラと生きた時間もありましたが、それはそれで楽しかった部分もあるのですが、日々鬱屈としていた気がします。 とはいえ、自分自身に大層な野望や野心も持ち合わせてもおらず、何を活力にしていいのかも分かりませんでした。 そんな時にふとこの言葉に出会いました。 なぜか「俺の屍を越えてゆけ」という言葉に心をザワザワさせられたのです。 当時は漠然としていたのですが、自分自身に家庭が出来たり、不動産の仕事をする中で、この言葉に自分自身が寄っていったのです。 そうしている内に「俺の屍を越えてゆけ」が自分の中で「こう生きてみよう」という言葉になりました。 私はリレーの途中走者である 「俺の屍を越えてゆけ」 この言葉は自分が先に倒れて、その意志を継ぐ人への言葉です。 私自身は大層な野望や天下統一のようなスケールの大きいものはありません。 教科書に名を遺すようなこともないでしょうし、それにも興味はありません。 それでも私が生きたことで、少しでも社会や子どもたちが良くなればいいなと思っているだけです。 不動産業も一緒です。 今年建つ鉄筋コンクリート造の建物などになれば、平均寿命からすると、この建物の終焉など私は見ることはないでしょう。 土地になればもっとです。 私がいる期間など、この地球や土地からすれば、一瞬の火花のようなものです。 ただ、この期間の土地や建物を、次世代に繋ぐお手伝いをしているだけですからね。 でも、それでいいんだと思います。 現在、私は居住支援協議会の部会長という大役を仰せつかっています。 高齢の方や障がいを持つ方、ひとり親世帯など、住宅の確保が難しい方々を民間の力で支えるための組織です。 正直に言いましょう。 この超高齢化社会と人口減少が加速する日本の、そしてこの地域の深刻な難問が、私一人の代でスカッと、パーフェクトに解決するなんてこれっぽっちも思っていません。 私の力など、社会全体の大きな流れから見れば本当にちっぽけなものです。 私ごときの力で明日の朝に街が劇的に変わるわけではないのです。 では、解決できないならやる意味がないのか。 そうじゃないんです。 私の代で解決できなくても、私がここで立ち続け、失敗しながら、少しでも前に繋いでいけばいい。 私が倒れるまでにこの場所を維持し、継続していけば、いつか私の後ろから、すべてをひっくり返して解決してくれるような「本物の天才」が現れるかもしれない。 その天才が出てくるその日まで、失敗の先駆者として、社会を途切れさせずにバトンを繋ぐこと。 それこそが、途中走者である私の使命的なものだと思っています。 こんなことを言うと、子どもがいない人は関係ない話なのか、と思われるかもしれません。 全くそんなことはありません。 子どもがいる、いないなんていう狭い話ではなく、自分の身の回りの人や、これからこの街で新しく生きていく名もなき誰かのため、それで十分だと思います。 私たちは生きているだけで、次の世代に続くバトンを全員がすでに手渡されているのですから。 よくよく考えてみたら、自分が生まれたということは、生命誕生から自分までバトンが途切れずに廻ってきた証ですからね。 途中では、どうしようもない奴もいたでしょうし、立派にも関わらず早世した人もいたでしょう。 それでも何だかんだ、自分にバトンがきたんですから。 子どもがいる、いないとかではなく、自分にきたバトンを次世代に渡してみればいいんじゃないかなと思うんです。 何も政治家になって日本を変えるとか、世界的な大発明をするとか、そんな大層なことじゃなくていいんです。 一生懸命に生きていたら、きっと次世代へのバトンになりますから。 自分の周りにいる人を、ちょっとだけ大事にするとか、ちょっとゴミを拾ってみるとか、なんでもいいんだと思います。 そういったことの全てが、次のランナーが少しでも走りやすくなるようにコースを均しておくことですからね。 いつか私が力尽き、倒れた時に、ちょっとだけいい屍(バトン)になってたら最高だなと思っています。 私は私の区間を一生懸命に走ってみようと思います。
-

【台風対策】窓ガラスに養生テープは意味がない!?不動産屋が明かす本当の効果と、退去時に泣かないためのリアルな注意点
これからの季節、鹿児島に住む私たちにとって避けて通れないのが「台風」です。 テレビのニュースで「大型の台風が接近中」と流れた瞬間に、霧島市や姶良市のホームセンターから、ある商品が一斉に姿を消します。 そう、養生テープです。 賃貸マンションやアパートにお住まいの入居者様からも、この時期になると「ガラスが割れるのが怖いので、窓ガラスに養生テープを米の字に貼れば割れませんか?」というお問合せを本当によくいただきます。 SNSを開けば、綺麗に「米」の形にテープが貼られた窓の写真がたくさん流れてきますよね。 でも、多くの人が勘違いしている点もあります。 結論から言います。 窓ガラスに養生テープを貼っても、風圧でガラスが割れるのを防ぐ効果はほとんどありません。 これを聞いて「えっ、じゃあ今までの苦労は何だったの!?」とショックを受けた方もいるかもしれません。 今回は、なぜ養生テープでは風圧を防げないのかという構造的な理由と、賃貸で本当にやるべき対策、そして台風が去った後に待っている「もう一つの恐ろしい退去時トラブル」についてお話しします。 そもそも割れるのを防止するためではない そもそも、なぜ多くの人が「養生テープを貼れば風圧に耐えられる」と勘違いしてしまうのでしょうか。 それは、ガラスが「風の力」で割れると思っているからです。 実は、現在の建築基準法に基づいて建てられた一般的な賃貸マンションやアパートの窓ガラスは、よほどの大型台風であっても、純粋な「風圧」だけで割れることは滅多にありません。 養生テープを張ることで、多少は振動を抑える効果が無くは無いのでしょうが、効果は限定的だと思います。 先ほど申した通り、余程の最大瞬間風速を叩きつけられた場合には、最早養生テープではどうしようもないと思います。 では、なぜ台風の日に窓ガラスが割れるのか。 原因のほとんどは、風で飛ばされてきた「飛来物」です。 近所の家の瓦、看板、ベランダに放置された物干し竿、あるいは誰かがポイ捨てしたビニール傘、小石などの本当に小さな物。 これらが猛烈な強風に乗って、まるで砲弾のように窓ガラスに激突するから割れるのです。 想像してみてください。 猛スピードで飛んできた頑固な瓦が窓にぶつかったとき、ガラスの表面に貼られた数ミリのプラスチック製テープが、その衝撃を跳ね返せるでしょうか。 無理です。 テープにそんな物理的な防御力はありません。 じゃあ、養生テープを貼る意味は全くないのかと言われれば、そうではありません。 養生テープの本当の効果は「割れるのを防ぐこと」ではなく、「割れてしまった後に、ガラスの破片が室内に飛び散るのを防ぐこと」にあります。 つまり、風圧対策ではなく、二次被害を防ぐための「飛散防止」が本来の目的です。 これを勘違いして「テープを貼ったから絶対に割れないぞ」と窓のすぐそばで寝てしまうのが、一番危険なのです。 では、飛来物から身を守るために、賃貸でできる最も合理的で効果的な対策とは何でしょうか。 テープを米の字に貼るだけでも飛散防止には役に立ちますが、それでも尖った部分が落ちることは避けにくいです。 本当に対策を強化したいなら、窓の内側に「段ボール」または「プラスチック段ボール(プラダン)」を全面に貼り付けてください。 窓ガラスのサイズに合わせてカットした段ボールを、室内側から窓枠にしっかり養生テープで固定するのです。 こうすることで、万が一外から飛来物が当たってガラスが割れてしまったとしても、段ボールが防波堤となり、鋭利なガラスの破片や猛烈な暴風雨が室内に一気に流れ込んでくるのを物理的に食い止めることができます。 あわせて、台風が最接近している間は、必ずカーテンをきっちり閉めて、真ん中を洗濯バサミなどでパチッと留めておきましょう。 これだけでも、万が一の飛散時の被害を最小限に抑えることができます。 最大の注意は台風後 無事に台風が過ぎ去り、霧島連山の向こうに綺麗なお天道様が見えてきたとき、絶対に忘れてはいけないことがあります。 それは、台風が去ったら「一刻も早く養生テープを剥がす」ということです。 これを「また次の台風が来るかもしれないから」「剥がすのが面倒だから」と、数週間放置してしまう人がまぁまぁいらっしゃいます。 これが、後に退去時の大きな悲劇を生むのです。 鹿児島の日差しと紫外線を舐めてはいけません。 夏の強烈な紫外線と窓ガラスの熱によって、養生テープの「糊(のり)」がガラスの表面にガチガチに固着してしまうのです。 こうなると、手で引っ張ったくらいではビクともしなくなります。 市販のシール剥がしを使っても、窓一面に広がった「米の字」の頑固な糊跡を綺麗に落とすのは至難の業です。 実は、過去にこれで大失敗された入居者様がいました。 固着したテープをそのままにして退去の日を迎えられたのですが、通常のハウスクリーニングでは落とせないレベルになっており、結果として「善管注意義務違反」による追加の原状回復費用(ガラスの特殊清掃費用)が発生してしまったのです。 せっかく台風から家を守るために一生懸命テープを貼ったのに、その結果、退去時にお金を払うことになるなんて、あまりにも報われませんよね。 私たちは大家さんや入居者様と退去時に揉めたくありませんし、できれば気持ちよく次の新生活へ送り出したいと思っています。 ですから、声を大にして言います。 台風対策は、終わった後の片付けまでがセットです。 台風が通り過ぎたら、その日のうちに、遅くとも翌日には必ずテープを剥がしてくださいね。 家財保険が掛かっているかのチェック そして、もう一つ大事なことは、「家財保険のチェック」です。 「家財保険?なにそれ?」と思われた方は、「火災保険」といえば思い出せませんか? そうです、お部屋を借りる時に不動産屋でセットで請求された「火災保険」のことです。 多くのみなさんは、あの保険を「自分が迷惑を掛けたことを大家さんや他の入居者さんへの賠償の為の保険」と思っております。 確かに間違いではないのですが、あの保険は通常は「家財保険」と言われていて、自分自身の家財に対してもカバーしている商品なのです。 仮に台風などで水が吹き込み、ご自身の家具や家電がダメになった場合にその損害を補償してくれるのです。 ですから、台風が訪れるシーズンになったら「果たして自分は保険に加入しているだろうか?」をチェックしてみてください。 契約当初に2年で加入していたが、その後の更新を怠ってしまい、結果的に台風による損害で自身の家財道具などが全滅してしまった。というケースもありますからね。 その時になって「大家さんが何とかしてくれる」と思うかもしれませんが、余程の建物の管理に問題があるケースを除けば、原則として天災地変による損害は自己責任になってしまうのです。 正しく理解し、万全の対策を いかがでしたでしょうか。 多くの方は養生テープが「飛散防止」と理解しているかとは思いますが、改めてご説明をしてみました。 そうでないと、うっかり「養生テープしたから大丈夫」と窓のそばで寝てしまうということもあるかもしれません。 大切なのは、その対策の「本当の効果」を正しく理解し、正しく備えることです。 今回の養生テープのお話も、もしもの時に自分と家族の身を守るための本当の知識として役立てていただければ嬉しいです。 昨今、威力の強い台風が来ることも多くなりましたので、日頃からの防災を意識したいですね。
-

「実家をどうする?」空き家の出口戦略と選択肢 ~売却・賃貸・自己使用のメリット・デメリット~
当社は日本空き家サポートに加盟し、空き家の管理を行っております。 最近、本当に多くの方から実家や所有されている「空き家」に関するご相談をいただきます。 先日もお越しになったお客様から、相続した実家をどうすればいいか分からない、売るべきか、貸すべきか、それともとりあえず置いておくべきか、という切実なご相談を受けました。 突然もう一つの「家」を所有することになるなど、みなさんの人生設計では考えていないですよね。 思い出が詰まった場所だからこそ、簡単に決断できるわけがありませんよね。 ネットや雑誌を開けば、空き家活用ビジネスだとか、資産の有効活用なんていう言葉がいくらでも躍っています。 でも、実際の不動産業から言わせてもらえば、そんな教科書通りの正論だけで片付くほど空き家問題は甘くありません。 それぞれの選択肢には、綺麗ごとだけでは済まない現実的なメリットと、重いデメリットが必ず表裏一体で存在しているからです。 今日は、空き家管理を行っている者として数々の現場を見てきた私の視点から、売却・賃貸・自己使用の3つの選択肢について、お話ししてみようと思います。 「売却」は完全に「終わる」ことがメリットでもあり、デメリット 空き家をそのまま手放して現金化する方法ですが、これには明確なメリットがあります。 何と言っても、手っ取り早く悩みの種を終わらせることができる点です。 所有しているだけで毎年かかり続ける固定資産税や、都市計画税の負担から一瞬で解放されます。 草むしりや建物の換気のために、わざわざ遠方から実家まで通う時間と労力も、売却してしまえばこれ以上必要ありません。 また、売却金額という収入に変えられるという点もメリットであることでしょう。 しかし、この売却には、数字には表れない最大のデメリットがあります。 それは、一度手放してしまったら、その場所は二度と自分たちの元には戻らないという圧倒的な寂しさです。 実家という場所は、家族と過ごした時間や親世代が生きた証そのものです。 それらをすべて手放す行為は、人によりますが、想像以上に大きな喪失感があることも。 手っ取り早く解決する代わりに、すべての思い出と決別する覚悟が求められるのが、売却という決断の本質です。 ちなみに売れるまでの期間は、売却希望額やその地域の需要などにもよりますが、半年から1年程度掛かると思っていただければいいと思います。 一刻も早く手放したいという場合には、相場より割安にすることで早期売却は可能になりますが、大体相場通りだったら、この位が目安です。 よくサイトなどには3か月~半年くらいと書かれていますが、それは地域需要も強く、相場もピッタリか割安な場合です。 逆に適切な広告などを出していて、半年程度で音沙汰もない場合は、相場と離れていると判断してもいいと思います。 いずれにしても、売却は「今後も活用の目途がない」「家との別れも覚悟できた」という方には、おすすめな方法です。 「賃貸」は継続収入も魅力だが、以外と重い「責任」が 次に、手元に資産を残しながら収益を得る「賃貸」という選択肢です。 相続した家を誰かに貸すことで、毎月の家賃を貰うという方法ですね。 この方法のメリットは、何と言っても毎月安定した家賃収入という継続的な果実が得られることです。 将来的に自分たちがUターンして住むかもしれない、あるいは子どもに遺したいと考えたときに、所有権を維持したまま家を腐らせずに守れるのは大きな魅力に見えます。 ところが、ここに初めて家を貸す方が陥る、最大の落とし穴があります。 一たび自宅を誰かに貸し出すということは、立場としては、あなたは「不動産賃貸業としての事業者」という立場になります。 気楽に貸して小遣い稼ぎ、という訳にはいかないんですね。 事業者である以上、入居者に対して「適切な住宅を使用させる義務」が課せられます。 つまり、雨漏りが起きれば直さなければいけませんし、給湯器やエアコンが壊れれば、それが真夏の過酷な時期であっても、大家の費用負担ですぐに対応する責任が生じるわけです。 特に親から相続した古い物件の場合、いざ貸し出そうとすると、現在の賃貸市場で戦えるレベルにするために、最初に数十万から数百万円単位の多額のリフォーム費用が掛かる場合も。 しかしながら、その事業者としての心意気さえ持てれば、継続収入やいつか誰かに引き継ぐことも可能となります。 この方法は「将来、この家の活用する可能性がある」「やはりこの土地は手放せない」という方におすすめとなります。 「自己使用」は一時だけでなく「継続」がカギ 三つ目の選択肢が、売ることも貸すこともせず、別荘やセカンドハウスとして自分たちで使い続ける「自己使用」です。 メリットとしては、誰にも気兼ねすることなく、いつでも思い出の場所に帰れる安心感が手に入ることでしょう。 身内だけの集まりや、週末の息抜きの拠点として活用できれば、これほど贅沢な選択はありません。 しかし、あえて厳しい現実を言わせてください。 その場所、本当に日常的に使いますか? 最初の数ヶ月は物珍しさで通うかもしれませんが、仕事や日々の生活に追われる中で、毎月のように足を運ぶのは至難の業です。 そして、人が住まなくなった空き家の管理というのは、想像を絶するほど大変です。 たった数ヶ月放置しただけで、部屋には湿気がこもり、カビが繁殖し、庭の雑草は隣地に越境して近隣トラブルの引き金になります。 住んでいないからといって固定資産税が安くなるわけでもなく、維持管理のコストと手間だけが自分たちの生活を削り続けます。 ともすれば、自己使用という選択は、決断を先延ばしにしているだけで、空き家問題の根本的な出口にはなり得ないケースが多くなりがちです。 とはいえ、こういった場合に有効な方法としては、当社のように「空き家管理サービス」などを活用し、日常的な管理を任せてしまうという方法があります。 宣伝です。 決断できない場合でも「管理」だけはしっかりと いずれの方法を選んだとしても、そこには必ず一長一短があり、全員にとっての100点満点の正解なんてものは存在しません。 だからこそ、みなさんに一番お伝えしたい大切なポイントがあります。 それは、どの方法を選ぶにしても「空室の期間をそのまま放置してはいけない」ということです。 どうしようかと迷っている間にも、建物の劣化は容赦なく進んでいきます。 適切な管理を怠った家は、あっという間に資産価値を失い、いざ売ろうとしたときには解体費用を請求されるような、誰にも活用できない状態の「負動産」へと成り下がってしまうのです。 今は人口減少社会であり、空き家特措法などの法令によって、放置された空き家に対する所有者の社会的責任は年々重くなる一方です。 手遅れになってから悔やんでも、プロであっても時計の針を戻すことはできません。 完璧な答えを出そうとして立ち止まるくらいなら、まずは家の命を繋ぐために、しっかりと現状を維持する管理を始めること。 これこそが、すべてのトラブルを未然に終わらせるための最善の一歩だと私は信じています。 もし、霧島市や姶良市にある実家の処分や管理で行き詰まり、自分たちだけでは手が付けられないとお悩みでしたら、いつでも私にお声がけください。 地域に根差した不動産屋として、皆様の想いと等身大の現実に寄り添った解決策を、一緒に考えていきましょう。 https://lotushome.jp/%e4%b8%80%e6%88%b8%e5%bb%ba%e3%81%a6%e3%83%bb%e3%83%9e%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%b3%e3%81%ae%e7%a9%ba%e3%81%8d%e5%ae%b6%e7%ae%a1%e7%90%86%ef%bc%88%e6%97%a5%e6%9c%ac%e7%a9%ba%e3%81%8d%e5%ae%b6/ 空き家管理のお問合せやサービスの概要はこちらへ
-

一生懸命に生きた人の話 ~ある「完璧に整理整頓された部屋」~
賃貸管理というのは、本当に奥が深い仕事です。 みなさんの生活の基盤である「住まい」をお預かりする仕事。 そのため、他の職業よりも多く、人の人生の裏側を垣間見ることになります。 不動産業界に入って18年になりますが、いまだに業界内ではヒヨッコ扱いされることもあります。 それでも、数え切れないほどの賃貸管理を経験する中で、時に人の人生の岐路や、その「終わり」に直面してきました。 今回は、私が過去に出会った「名もなき人」の生き様について、少し書いてみようと思います。 一般的に、人生の輝きというと、スポーツ選手や成功者のドラマチックなエピソードにスポットが当たりがちです。 でも、世間では名も無い人たちが人生の岐路で見せた、一瞬の火花のような輝きも、私の胸を打ちました。 当然ながら登場人物は、一部フィクションなどを織り交ぜながら、決して特定されないように書いていますからね。 整理整頓された部屋 長いこと賃貸管理を行っていると、時には亡くなってしまう方が当然出てきます。 病気や事故、そして自死など要因は様々です。 人間には必ず訪れますから、私にとっては当然ではあるのですが、やはり少し思うことはあります。 「少し前に会った時には元気そうだったのに」とか「良い人だったよな」とかですね。 ただ、強烈に覚えているお部屋があるのです。 まずは原因は自死でした。 みなさん、よく勘違いされがちなのですが、賃貸管理のお仕事というと、ご遺体や凄惨な現場などに立ち会ったりすると思われがちなのですが、このご時世ほとんど、そういう現場に入ることはありません。 ご遺体などは警察などが対応してくれますし、仮に酷い現場だった場合も私たちは入ることなく、専門の業者さんに任せることになりますので、実際に管理会社として、そのような特殊な現場に入ることは基本ありません。 かくいう私もご遺体などを見たことは数える程度しかありませんし、長年勤めてくれているスタッフに至っては、そういった光景を見たことはありません。 話を戻して、一報が入り現場へ向かいましたが、その時の現場は少し変わっていました。 まずは異常なほど発見が早かったのです。 というのも、一週間に3度ほど来客がある方で、正にその日だったのです。 そして、私が一番驚いたのが お部屋がきっちりと整理整頓されていたのです。 警察官も「ここまでキレイな状態は珍しいですね」という位です。 やはり自死を選ばれる方は、バランスを崩しているせいか、お部屋が荒れていることが多く、室内は滅茶苦茶だったりします。 当然といえば当然ですが しかし、そのお部屋は、しっかりと整理整頓されていました。 宅内や冷蔵庫には生ゴミや食品などもなく、テーブルの領収書なども角を揃えてありました。 恐らく、この日を迎えるにあたって少しずつ減らしていったのでしょう。 本棚の本もキレイに揃えてあり、お金などもしっかりとテーブルに集められていました。 そして、予定通りの来客が来て、不審に思って連絡してくれるであろうことも分かっていたのでしょう。 私はそれを見て、なんとも複雑な感情でした。 この人は何か、自暴自棄になったのでも、衝動的に行ったのでもない しっかりと、後のことを考えて、少しでも周りに負担がないようにしたんだな 変な表現かもしれませんが、最後の最後まで「ちゃんと」していたんだなと たしか遺書などは無かったようだと聞きました。 その方がなぜそのような決断をしたのかは、分かりません。 でも、私はなぜか、この人は「一生懸命に生きたんだな」と思いました。 そう思えるようなお部屋でした。 その方の生前のことは全く知りませんが、人生というものに真摯に向き合っていたんだということは、ハッキリと理解できました。 そして、自分だけの責任での決断だったのでしょう。 もちろん今でも自死を肯定はしませんが、不思議な感覚でした。 私はなぜか心の中で「お疲れ様でした」とだけ祈り、お部屋を後にしました。 私の中では暗い話ではないんだけど そうなんです。 実はこのお話は暗い話や、センセーショナルな部分を書きたい訳ではなかったんです。 でも文才が無いので伝わりづらいですよね。 私は、その方をまったく知りませんが「少なくとも自分は一生懸命に生きたよ」というようなメッセージを受け取った気がしているのです。 もちろん「そんなことはない」と言われたら、そんな気もします。 また、何度も言いますが、だからといって自死を肯定もしません。 私自身も後世に名を遺すようなことはないでしょうし、それに興味もありません。 だけど、この「自分の人生を一生懸命に生きる」という点では、その方とも通じる部分があったんでしょうね。 そして、その部分は誰かに知ってもらいたいと自分は思っています。 だからこそ、名もなきその方が「一生懸命に生きた」ということを誰かに知って欲しいんでしょうか。 その方と私の違いでいえば 私は今も生き続けて、その方は別の方法だったというだけの気がします。 遠いようで、意外と近いような けれども私はこれからも一生懸命に生き続けてみようと思います。 ともかく、お疲れさまでした。 またいつかお会いできた時には、答え合わせをお願いします。
-

【夢物語】私がいつか作りたい部屋
建築基準法も無視してみよう 私どもロータスホームは賃貸管理が本業です。 いつも「どんな部屋にみなさんが住みたいかなー」と日夜考えています。 便利さを追求したり、時にはデザインに凝ってみたりと色々考えています。 しかし、そんな中でもこう思うのです。 自分の趣味全開の部屋を作ってみたい と 今回はそんなロータスホームの代表である私 内田の趣味全開の「作ってみたい部屋」をいくつかご紹介してみましょう。 もちろん、小難しい建築基準法など無視です。フルシカトで作ってみましょう。 壁一面の水槽 冒頭の画像ですね。 実は私、熱帯魚が大好きです。 独身の頃はキレイな熱帯魚から、ピラニアやマニアックな魚なども飼っておりました。 当時はあまりお金もなく、高価な魚などは飼えませんでした。 現在も家族がおり、スペースや重さの関係などから飼育しておりませんが、またいつか熱帯魚を飼ってみたいなと思っております。 画像のように壁一面の水槽に古代魚などを飼うということをやってみたいと思います。 もちろん現実では、世話、清掃、装置の莫大なコスト、水の重さに耐えられる頑丈な基礎など課題は多いのですが、やはり夢ですよね 羊たちの沈黙部屋 このブログをマニアックに見ているという奇特な方はお分かりかもしれませんが、私内田は映画も好きです。 そんな私が作りたいのが映画「羊たちの沈黙」のレクター博士の独房部屋です。 猟奇的な犯罪者であるレクター博士と捜査官クラリスの奇妙な関係を描く映画です。 レクター博士自体は恐ろしい犯罪者でありながら、知性を感じさせる強烈なキャラクターで、後世の多くの作品にも影響を与えています 中でも印象的なのが、この独房です。 ガラスで仕切られた独房に立って待っているレクター博士の雰囲気は、それはそれは10代の私に強烈なインパクトを残してくれました。 そんな部屋もいつかは作ってみたいものですね。 ただし、トイレの横で眠るという、正に拷問的な配置は長期空室待ったなしです。 そもそも借りたい人いるんですかね。 マンガの為だけに 私、マンガが大好きです。 時間がある限り、没頭したくなる時も多々 読むジャンルも幅広く、面白ければなんでもいいです。 そんな私の夢はマンガの為だけの部屋です。 壁一面に所狭しとコミックを並べ、座り心地のよいソファと、そばには飲み物とお菓子が入る冷蔵庫 こんな所が出来たなら、一生出てこれないかもしれません。 音楽もいらない TVなどもってのほか ただただ一人で集中してマンガを読み続ける なんて贅沢なんでしょう。 とても楽しい さて、今回はこの辺にしておきましょう。 まだまだ作りたい部屋はあるのですが、キリがありません。 実は最高のお部屋というのは、絶対に「利便性」の反対側になると思っています。 趣味と刃物は、尖れば尖っただけ刺さります。 このアンバランスで歪な物ほど、なぜか人間の心をつかんで離さないんですよね。 今回は私の趣味でしたが、いつかお話する機会があれば、あなたの趣味全開の部屋を聞かせてください。 またいつか書きたいものです。
-

経営者は孤独、という言葉に酔っていないか? ビジネスの失敗=人格の否定ではない、私自身への手紙
経営者は孤独だ、とよく言われます。 夜中にふと目が覚めて、借入金の残高や、今後の社員の給料、あるいは先行きの見えない景気の動向や未来を考えると、胃のあたりがギュッとなる感覚はあります。 私くらいの規模の経営者でもそう思うことがあるのですから、もっと規模が大きくなったりすれば、そのプレッシャーは想像もつかないだろうな、と考えたりもします。 確かに、相談できる人が周りにいたとしても、この特有の不安感やプレッシャーというものを気軽に打ち明けることは難しいものです。 最終的にすべての責任を取るのは、自分一人だけ。 そういった重荷を一人で背負い続けるという意味で「経営者の孤独」というものは確かに存在するのかもしれません。 でも、最近もう一つの視点で思うこともあるんです。 これは本当に、経営者にしか分からない孤独なのだろうか。 また、「経営者の孤独」という言葉に自分たち自身が縛られすぎて、必要以上に自分を追い込んでいないだろうか、と。 今日は、私が感じている「仕事」というものについて、少し肩の力を抜いてお話しできればと思います。 誰もが「自分の戦場」で孤独に戦っている 「経営者は孤独で大変ですね」 たまに、こんな言葉をかけてもらうことがあります。 そう温かい声をかけてもらうと、正直なところ救われる気持ちになります。 何だか自分が「戦地へ赴くヒーロー」のような扱いを受けている気がしてくるからです。 よくぞこの苦労を分かってくれた、と内心で鼻高々になっている部分もあるのでしょう。 ただ、ふと考えてみたのです。 「あれ?でも独立する前の自分って悩みや不安、孤独感なかったっけ?」と 思い出してみれば、サラリーマン時代も日々悩んだり、不安になったり、強い孤独感を感じていました。 当時の仕事のプレッシャー、家族の将来、自分自身の限界や将来、先行きの見えない社会、健康や体調、お金、人間関係などで眠れない夜を過ごす。 おや?眠れない夜もあったのも変わらないのではないか? 『いやいや、それは単に悩みやすいだけで、経営者になれば、従業員の家族まで、背負っている人数なども違うんだよ』 『経営者は誰にも変わってもらえないプレッシャーが特別にあるんだよ』 確かに、一理あるかもしれません。 例えば「悩み」というものを、動かしている金額や人数をベースにして換算するのであれば、そう言えるでしょう。 「自己破産する可能性だってある」「自分が間違ったら多数の人を路頭に迷わす」 金額や人数をベースにして悩みを換算するのであれば、一般的には経営者の方が悩みは深いともいえるでしょう。 それでも、よくよく考えたら金額の大小は悩みの本質とは無関係な気がします。 なぜなら、金額をベースに悩みの大小を決めるとしたなら、多くの経営者の悩みはイーロンマスクや孫正義という超巨大企業の人と比べるとちっぽけな悩みということになります。 それでいいのでしょうか。 もし「金額や人数が小さいからお前の悩みは大したことがない」と言われて納得できるなら、経営者の孤独なんてたかが知れていることになります。 仮にそうだとしても、何の解決になるんでしょうかね。 また、そこまで極論でなくとも「自分が失敗したら全てを失うかも」という点では、経営者か否かで、そんなに変わりはないともいえます。 私は、かつて麻雀の神様とも呼ばれた作家、阿佐田哲也氏の言葉が、この悩みの本質を突いていると思っています。 たしか、こんな言葉でした。 「レートが高いから偉いのではない。その人間が、逃げ出したいほどの恐怖を感じる金額を賭けているかどうかが勝負なのだ」 「10万円で震える奴もいれば、1億で笑う奴もいる。だが、そいつにとっての『最後の一枚』を賭けた時の孤独は、金額に関わらず同じだ」 私は、人の悩みもこれと同じだと思っています。 「破滅」や「後がない状況」がよぎる局面において、人が感じる孤独や不安の純度に、金額や人数は関係ありません。 上司との人間関係に悩み、家族の将来を思い、この混沌とした社会情勢、自分自身の健康や病気などに眠れない夜を過ごす。 それは、経営者が資金繰りや経営に悩むのと、本質的には同じ「人生の重み」だと思うのです。 数千億円の負債も、個人の住宅ローンも、それが当人にとっての「破滅」を意味するなら、そこにある絶望の深さに違いはありません。 そう考えると、経営者だけが特別に孤独で、特別に不幸なわけじゃない。 こういう結論になってしまうのです。 それぞれ「自分の選んだ道」ではある 少し厳しい言い方に聞こえるかもしれませんが、今の私の正直な気持ちを言えば、経営という仕事は「自分で勝手に始めたこと」です。 誰かに強制されて起業したわけでも、無理やり借金をさせられたわけでもありません。 「よし、やってやろう」と決めたのは、他でもない自分自身です。 そうして自分自身で選んだ道なのですから、「経営者は孤独だ」とか「サラリーマンの方が楽だ」というのは、少し被害者意識が強いのではないか、と感じてしまいます。 自分で勝手に出場を決めたマラソン大会で、「走るのがキツい、足が痛い、誰も助けてくれない」と泣き言を言っているようなものです。 沿道の人は応援してくれるかもしれませんが、代わりに伴走してくれるわけではありません。 でもね だからといって、「悩むな」とか「大したことじゃない」と言いたい訳でもないんです。 そうではなくて、経営者だけが特別に孤独で、特別に不幸なわけじゃない。 だからこそ、自分だけが重荷を背負っていると考えるより、「みんなそれぞれ大変だよな」と捉えるほうが、ずっと救われませんか。 そう思えると、なんだか少し、世の中の人たちと「戦友」になれたような気がして、孤独感が和らいでいくのを感じます。 現代社会は、誰もが何かしらのプレッシャーと戦っている「大変な時代」です。 自分だけが苦難の道を歩いているのではなく、今日も世界の誰かが自分と同じように歯を食いしばって歩いているんだ。 と思うことで冷静になって欲しいのです。 なぜそうすべきかというと そう思わないと自らの道を絶ってしまう人が多いからです 成功も失敗も人格とイコールではない 経営をしていれば、本当に余裕がなくなる瞬間はあるでしょう。 資金繰り、トラブル、従業員の問題、先行き、事業の失敗など悩みの種は尽きないと思います。 私も少しは分かると言いたいですが、その悩みを本当に理解することは家族でも簡単ではないことでしょう。 そんな時にはきっと、頭の中が真っ白になって、周りのすべてが敵に見えるような時なのでしょう。 色々なデータはありますが、経営者や個人事業主などの自殺率は2~6倍程度とやはり高い水準だそうです。 少し前の秋田県での調査では、以下のようなものが要因としてあげられるそうです 中小企業経営者の特性 経営と資本が分離していない 社長や家族が連帯保証人である 破産や倒産によって自宅や財産の全てを失う ステークホルダーが大勢である 地域の町興しのリーダーなどである 自己実現の夢を追い求める 一国一城の主意識がある 決断力が強い 名誉、信用、プライドを重んじる 弱音をはかない 後半の要因などは皮肉ですよね。 本来は長所と思われるような部分により、結果的に自分自身の道を絶ってしまうのですから。 実は今日書きたかったのは、この点なんです。 私の周りでも、残念ながら事業が上手くいかなくなり、倒産された方もいました。 そんな時に、無関係な人達は後から 「俺はあそこはヤバいと思ってた」「あそこの社長は〇〇だったから」などと無責任な後付けが飛び交います。 まるで失敗したのは全て社長の人格や能力の無さという風潮ですね。 もちろん、一部にはそのような要素も含まれることはあるとしても、全てではないハズです。 極論ですが、私はビジネスでの成功も失敗も「人格」とは無関係な気もしています。 真っ当に頑張ったからといって必ず成功するわけではないし、失敗したからといってその人の人格がダメなわけでもない。 ビジネスの結果は、運や時流、タイミングといった、自分ではコントロールできない要素にも大きく左右されます。 数年遅ければ大成功していた、あるいは数年早ければ倒産しなかった。 そんな話は、この世界には山ほど転がっています。 自己責任だからこそ 誰かに強制されて社長になったわけでも、無理やり借金をさせられたわけでもありません。 「よし、やってやろう」と決めたのは、他でもない自分自身です。 でも、これは自分を責めるための言葉ではありません。 むしろ、「自分で決めたことなんだから、周りの期待や世間の目に過剰に反応しなくていいんだ」という、自分を自由にするための言葉なんじゃないでしょうか。 誰かに頼まれたわけじゃない。 だから、教科書通りの「立派な社長」を演じる必要もありません。 経営をしていれば、本当に余裕がなくなる瞬間がくることでしょう。 通帳の残高が減っていき、頭の中が真っ白になって、周りのすべてが敵に見えるような時です。 そんな時、どうかこれだけは忘れないでください。 お金がなくなることは、単に「お金がなくなった」という事象に過ぎません。 あなたの人間としての価値や、これまで積み上げてきた努力が否定されたわけではないのです。 例えば会社をたたむことになったとしても、それは人生の敗北ではありません。 今の日本では、命まで取られることはありませんし、やり直すチャンスは必ず用意されています。 そもそも、先の例でもある通り、経営者だから無条件に偉い訳でもないでしょう。 もう一度経営を志す気持ちがなくても十分じゃないですか。 誰に強制される訳でもないんですから。 私自身は、ようやく今年で5年を迎える若輩者です。 そんな私の言葉では説得力はないかもしれませんが、一旦落ち着く手助けになればいいなと思います。 長くなりましたが、あなたの苦しみはひょっとしたら、みんなも同じような不安や孤独の中、ギリギリのカラ元気で明るく見せているだけかもしれませんよ。 それでも、どうしてもダメな時には「一生懸命頑張ったけど、ダメだったな」と明るく諦めてみませんか。 私はそんなあなたのことを決して笑ったりしません。 今回の記事は、私自身の「雑談」であり、未来の自分への手紙でもあります。 私自身も経営者の端くれで、これからどんな苦境が待ち受けているかも分かりません。 今日まではたまたま運が良く、一年ずつを生き延びているだけかもしれませんからね。 いつか私が、本当の孤独に震えてしまった時。 この過去の自分の考えを、未来の私が読み返して、「ああ、そうだったな」と思い出してほしい。 自分の為にも書く記事は、これが初めてかもしれませんね。 次回からは、もっともっと、どうでもいい、しょうもない内容を書いていこうと思います。 だから、これを読んでいるあなたも、たまには見に来てもらえませんか?
-

社長なりすまし詐欺メールの手口と、導入すべき対策
なんじゃこれ?自分からメールが来たぞ? おや?「私がみんなにメールを出しているぞ?」最初の違和感は正直これでした 冒頭の画像がそのメールです。 最近、法人の代表メール宛てに、社長になりすましたメールが届くという事案が多発しているそうです。 手口はこうです。 まず代表者や社長の名前を騙ってメールを送り、LINEグループを作らせる。 成功した場合、そのグループ内で「今、出先でどうしても外せない急用ができた」とか「緊急で支払いが必要になった」と、権限を持っている社員に指示を出す。 そして、そのまま一気に指定の口座へ振り込ませる、という流れだそうです。 犯人が事前にうちの組織図を徹底的に調べて……なんていう、映画のような話ではないと思います。 ただ単純に「社長」という名前を使い、「緊急だ」と煽る。 たったそれだけで、真面目に仕事をしている人ほど「なんとかしなきゃ」という責任感から、冷静な判断力を奪われてしまう。 実は、当社でも最初は同じようなことがありました。 幸い、スタッフから「内田さん、これ違いますよね?」という確認が入ったので事なきを得ましたが、その報告を受けた時は正直、「ようやるな」と思いました。 対策はしておこう 「自分だけは大丈夫」 「うちの社員に限って」 そう思いたい気持ちもありますが、今の詐欺はそんな甘い考えを軽々と越えてきます。 一瞬の隙や、忙しい合間を縫って滑り込んでくる。 確認してくれたスタッフには感謝しかありませんが、個人の機転だけに頼っていては、いつか限界が来ます。 そこで当社では、もう「ルール」を決めました。 「このルート以外での金銭的な指示は、たとえ私からの言葉であっても、100%無視すること」 これだけです。 「おかしいな」と疑う必要すらありません。 決められたルール以外の連絡は、すべて「偽物」として扱う。 そう決めてしまえば、スタッフも迷わなくて済みます。 私自身、もし本当に急な支払いで困ったとしても、そのルールを破って指示を出すことは絶対にしません。 それにしても、嫌な世の中になったものです。 悪人はどんどん賢くなりますし、今後はAIを使って、私の声や喋り方まで完璧に模倣した「偽物の指示」が飛んでくるようになるでしょう。 いつの時代も最新の技術は戦争や悪事に使われるものです。 技術の進歩が、人を騙すために使われる。 今一度、これまでの防犯をもう一段階強化していく必要があるんでしょうね。 便利を追及した私たちは、最終的には、アナログに戻らざるを得なくなるんでしょうか。
-

【全国比較】鹿児島の賃貸は安い高い!?礼金ゼロ・更新料1万円の「独自ルール」を徹底解説
https://lotushome.jp/blog/5697/ 前回は、不動産売買における商慣習の違いを書いてみました。 実は賃貸でも、それぞれの地域によって常識というのは異なります。 今回はそんな「お部屋探しの常識」の鹿児島バージョンを書いてみようと思います。 これから鹿児島県へお引越しを考えている方や、逆に鹿児島から他県へお引越しを考えている方に 「え!鹿児島の常識ってこうなんだ!」という点をお伝えしてみようと思います。 私は不動産業界にはじめて飛び込んだのは東京でした。 その後に鹿児島県へ帰ってきて、今に至りますが、その当時に私も「え?そうなんだ!」と勉強になりました。 そんな内容をみなさんにご紹介してみましょう。 東京や福岡から鹿児島エリアへ引っ越してくるお客様に、初期費用の見積書をお出しすると、かなりの確率で驚かれます。 「これ、なんですか?」と真顔で聞かれることも珍しくありません。 実は、鹿児島の賃貸市場には他県とは違う「独特のルール」がいくつもあります。 今回は、お部屋を借りる時にかかる費用を項目別に分けて、全国的な常識と鹿児島の実態を比較していこうと思います。 自分の住んでいる環境とどこが違うのか、あるいはどこに注意すべきなのか、ぜひチェックしてみてください。 礼金:都会は「お礼」、鹿児島は「なし」 まず、県外の方が一番驚くのがこの礼金です。 全国(特に関東圏)では、家賃1〜2ヶ月分を「お礼」として大家さんに支払うのが今でも一般的です。 そもそも礼金自体は、関東大震災の時に住宅不足の最中に生まれたとか、戦後だとか、上京する子供をお願いしますという意味だとか、言われておりますが、諸説あるようです。 ただ、入居前に家賃の1〜2ヶ月分を支払うというのは慣習として残っています。 しかし、現在の鹿児島では礼金なしの傾向が非常に強くなっています。 これは大家さんが優しいから、という理由だけではないと思っています。 賃貸物件の供給が多いこのエリアで、入居者さんに選んでもらうための「競争の結果」として削ぎ落とされたものだと思っています。 初期費用でいきなり10万円単位の差が出るのは、鹿児島ならではの大きなメリットですね。 敷金:消えゆく「担保」とペット可の防衛線 入居時に預ける「敷金」これは近年大きく変わってきています。 昔は「預けておいて退去時に精算」が当たり前でしたが、今は最初から預からないスタイルが主流になりつつあります。 ちなみに関西圏では敷金・保証金を預かることは一緒ですが、「償却」といって一定額は、返還しない。という慣習がある地域もあります。 鹿児島はどうかといえば、昔は敷金1カ月~というのが主流でしたし、今現在も珍しくはありません。 ただ近年は敷金それ自体が「なし」というのが主流になりつつあります。 なぜ「なし」が増えたかというと、家賃保証会社の普及が大きいと思います。 昔は家賃の滞納、原状回復の未払などに備える目的で敷金を預かっていましたが、今では最悪の場合、家賃保証会社があることから、無理して敷金を預からなくてもいいかな。と流れが変わってきました。 その為、敷金なしが増えてきています。 ただし、一点だけ例外があります。 それは「ペット飼育時」です。 ペットと一緒に暮らす場合は、敷金を1〜2ヶ月分「積み増し」するのが今でも常識です。 これは退去時の修繕リスクを考えると、避けては通れない防衛線だと言えます。 この積み増しがあるからこそ、大家さんも安心して「ペットOK」と言えるのです。 最近では、この積み増しに変わって賃料の「増額」で対応する新築なども増えてきていますね。 保証会社:一括払いか、月々の定額か 保証会社への加入は、今や全国どこでも必須になりつつあります。 正直、この部分はあまり全国的にも変わらないかもしれません。 というのも、家賃保証会社自体は全国規模の会社が多いため、エリア限定の慣習というのは生まれにくいと思います。 基本的には「初回の契約時に家賃の半分から1ヶ月分を払う」という一括払いが多い印象です。 鹿児島でも、初回費用を賃料総額の50%~と安く抑えつつ、月々の保証料と口座振替手数料をセットにして「月額600円〜1,000円程度」を支払うパターンが一般的です。 「毎月払うのは損じゃないか?」と思われるかもしれません。 しかし、月々の少額負担にすることで、2年に1回の更新手数料よりは計算がしやすい。という狙いなんでしょうね。 月々の数百円で「支払いの信頼」をサブスクしているような感覚ですね。 ネット無料:完全無料か、開通費が必要か 「インターネット無料」という言葉も、今や当たり前の設備になりつつあります。 ただ、鹿児島でネット無料物件を探す時は、少しだけ注意が必要です。 完全に月額も初期費用も「0円」という物件もあれば、初回開通費として「5,000円〜1万数千円」かかる物件もあります。 この違いは、建物の設備状況やプロバイダとの契約形態によります。 初回費用がかかる物件は、その分だけ回線が安定していたり、サポートが充実しているケースも多いものです。 パンフレットの「無料」という文字だけで判断せず、入り口でいくらかかるのかを確認しておくのが賢いお部屋探しのコツです。 ちなみに速度でいうと「YouTubeを見るのには問題ないが、PCゲームは難しい」程度だと思っておくといいと思います。 また、夜間は繋がりづらかったり、速度が遅くなったりというのも特徴かもしれませんね。 快適なネット環境を目指すなら、やはり自前で回線を引くのがベストだとは思います。 暮らしの安心サービス:転ばぬ先の・・ 最近、鹿児島で増えているのが「安心サポート」などの月額サービスです。 月額1,500円程度で、加入が条件となっている物件も多く見られます。 「なんじゃこりゃ?」と思われる項目ですが、多くのサービスに共通しているのが 鍵紛失時の鍵開けが無料対応 水漏れやトイレの詰まりの24時間無料対応 窓ガラスの破損対応 大手チェーンの割引サービス このように暮らしの万一に備えるという名目になっています。 これ、一見すると「余計な費用」に見えるかもしれません。 ただ、これは管理会社の体制変換が大きく関わっています。 今現在の管理会社は、どんどん鍵の預かりをしなくなっています。 これは管理の手間を削減しているというよりは、防犯面も懸念しています。 不動産業界では何年かに一度程度の割合で「管理会社職員が合鍵を使って空き巣」や「女性宅に侵入」などのニュースがあったりします。 これは管理会社として意図していない、そして管理会社、入居者ともに重大なダメージを負ってしまいます。 これを防ぐため、鍵の管理コストを削減する為、いろんな理由で廃止しています。 そんな中で、深夜2時に鍵を無くして家に入れない、という絶望的な状況を想像してみてください。 個人で鍵屋さんを呼べば数万円が飛んでいきますが、このサービスに入っていれば無料で開錠してもらえるのです。 数々の「鍵紛失パニック」を見てきた私からすれば、月1,500円でこの安心を買うのは、まぁ分からんではないかな。と思います。 いずれにしても、鹿児島に限らず全国で主流となってきております。 鍵交換費用と更新手数料 最後は、入り口と出口の話です。 鍵交換代は、鹿児島では「13,000円〜22,000円程度」が相場です。 国土交通省のガイドラインなどでは「大家負担」を推奨されていますが、全国的にも「借主負担」とするのが現在の主流です。 ガイドラインはあくまで「推奨」するだけで、実際は貸主と借主の条件で決めるものとされている為ですね。 ちなみに費用は、鍵の種類(ディンプルキー)などによっても変動することがあります。 渡される鍵の本数は2本が一般的です。 そして、長く住む人にとって最大の恩恵が「更新料」です。 東京などでは、2年ごとに「家賃1ヶ月分」の更新料を払うのが当然のルールです。 しかし、鹿児島では家賃に関わらず「更新事務手数料として10,000円/2年」が一般的です。 家賃5万円の人が東京で更新すれば5万円かかりますが、鹿児島なら1万円で済むのです。 この「長く住むほどお得になる仕組み」こそが、鹿児島賃貸の真髄かもしれません。 ちなみに北海道などは更新料「なし」が主流です。 上には上がいますね。 しっかりと確認しよう いかがでしたでしょうか。 場所が変われば、お金の「常識」もここまで変わります。 それぞれに全国と比べると違う部分や、全国的にも変わらない部分もあるのが実態です。 大切なのは安い・高いという数字だけを追うのではなく、その費用が何のためのものか。 またそういった費用も踏まえて「自分にベスト」かどうかを確認して欲しいものです。 それを納得した上で選んだお部屋は、きっとあなたにとって最高の家になるはずです。 あなたにとっての素晴らしい鹿児島になるように願っています。 そして鹿児島から旅立つあなたの「全国の常識」を学ぶ機会になれば嬉しいです。
-

同じ日本でこんなに違う?不動産売買の「関東vs関西」ルールと、気になる鹿児島はどっち?
不動産の世界には、法律や教科書には載っていない「地域の掟」のようなものが存在します。 同じ日本国内、しかも同じ「不動産売買」という行為なのに、境界線を一歩またぐだけで、それまでの常識が通用しなくなる。 これを知らずに県外の物件に手を出したり、あるいは県外の買い手と交渉を進めたりすると、決済当日になって「そんな費用、聞いてない!」と顔を真っ赤にして揉めることになります。 土壇場になって大きな金額でトラブルになるのは、売主も買主も同様でしょう。 であれば、最初からトラブルの芽を摘んでおくのが一番の合理的な解決策です。 今日は、特に関西と関東で大きく分かれる「3つの商慣習」について、簡単にご説明しようと思います。 ちなみに私は不動産業を始めたのが、東京だったので、賃貸では「礼金あり」「契約更新料1カ月」に慣れ親しんでいました。 鹿児島に帰ってきてからは基本的に「礼金なし」「契約更新は〇万円」に違和感がありましたね。 「関東方式」と「関西方式」の簡単な説明と、では鹿児島ではどうなの?というところをご紹介したいと思います。 「敷金・保証金」 まず、収益物件を扱う上で避けて通れないのが「敷金・保証金」の扱いです。 賃貸マンションなどを1棟丸ごと売買する場合、売主は入居者から「敷金」を預かっていますよね。 この敷金、退去時には入居者に返さなければならない「債務」です。 所有権が移れば、この返還義務も新しいオーナー(買主)に引き継がれます。 これについては、最高裁判決でも示されている通り、全国共通のルールです。 物件に住んでいる人たちからすれば、知らない間に所有者が変わったからといって、自分たちが預けた敷金が勝手に無くなったというのは、たしかに無理筋な気がしますから、ここは当然だと思います。 問題は、その「現金」をどう動かすか、です。 この問題について、「関東」と「関西」はハッキリ違います。 関東方式では、売買代金から敷金の総額を差し引いて決済します。 例えば、1億円の物件で敷金が2,000万円預けられているなら、買主は売主に8,000万円だけ払えばいい。 手元に2,000万円のキャッシュが残るから、急な退去があっても安心です。 ところが、関西方式は違います。 「敷金の持ち回り」といって、敷金分の現金は一切渡されません。 1億円の物件なら、1億円を丸々支払います。 「えっ、じゃあ入居者が退去する時の敷金返還は?」というと、買主が自分のポケットマネーから出すんです。 関東の人からすれば「二重払いじゃないか!」と叫びたくなるような話ですが、関西では「その返還リスクも含めて、最初から安く値付けしているんでしょ?」という理屈なんです。 どちらも「買主が敷金返還債務を引き継ぐ」のは一緒なのですが、関東方式の「売買代金から後で引く」のか関西方式の「もうすでに売買代金から引いている」という認識の違いなのです。 この感覚のズレですが、契約直前に発覚すると、まず間違いなくトラブルになります。 そして当の本人たちは、この違いを知らない限り、自分たちの今までの「常識」があるため、中々途中からは受け入れにくいものでしょうね。 「固定資産税の精算日」 次に、固定資産税・都市計画税の精算日です。 これが実は、実務上もっとも「え、そんなに違うの?」と揉めやすいポイントです。固定資産税は、その年の1月1日時点の所有者に1年分が課税されます。年度の途中で売買する場合、引渡しの日を境にして、それ以降の分を買主が売主に支払って精算するのが通例です。 問題は、その1年を「いつからいつまで」と捉えるか、です。 関東方式は、1月1日を起算日とします。つまり、1月1日から12月31日までを「1年」と考えます。対して関西方式は、4月1日を起算日とします。役所から納税通知書が届く「年度」のサイクルに合わせ、4月1日から翌年3月31日までを「1年」と考えるわけです。 これがどう影響するか、具体的な数字でシミュレーションしてみましょう。例えば、年間の固定資産税が36万5,000円(1日あたり1,000円)の物件を、「3月1日」に決済するとします。 関東方式(1/1起算)の場合売主の負担:1月1日〜2月28日(59日間)= 5万9,000円買主の負担:3月1日〜12月31日(306日間)= 30万6,000円 関西方式(4/1起算)の場合この場合、精算対象は「前年度の残り(3月分)」になります。売主の負担:前年4月1日〜2月末日(334日間)買主の負担:3月1日〜3月31日(31日間)= 3万1,000円 結構違いますね。見ての通り、3月1日に決済をするなら、買主としては「関西方式」の方が、その場で売主に支払う精算金が圧倒的に少なくて済みます。 逆に、売主からすれば「関東方式」で精算したほうが、手元に残るお金が増えるわけです。 たった3ヶ月の起算日の違いで、この例なら27万円以上の差が出ます。 これが1棟マンションなどの大きな取引になれば、差額はさらに膨らみます。 さらに、関西方式(4月1日起算)を選んだ場合に、実務上で最も神経を使うケースがあります。 それが「1月1日から3月31日の間に決済を行う」というシチュエーションです。 ここには、非常に厄介な問題が潜んでいます。 固定資産税というのは、その年の1月1日時点の所有者に課税されます。 たとえ3月1日に名義を変えたとしても、春先に役所から納税通知書が届くのは「元売主」のところなんです。 もし、関西方式で2月1日に決済をしたとしましょう。 この時、精算するのは「前年4月1日から、今年の3月31日まで」の残り期間分だけです。 これでお互いスッキリ……とはいきません。 問題は、4月1日から始まる「新しい年度」の税金です。 この分は、当然ながら新オーナー(買主)が負担すべきもの。 しかし、4月以降に届く納付書の宛名は「元売主」のままです。 ここで何も手を打たずに決済を終わらせてしまうとどうなるか。 数ヶ月後、新しい年度の税額が確定したタイミングで、元売主が「通知書が届いたから、あなたの負担分を払ってください」と買主に連絡し、そこからまたお金のやり取りをしなければなりません。 一度終わったはずの取引で、また相手と連絡を取り合う。 これは、お互いにとって非常にストレスですし、連絡が取れなくなれば即トラブルに発展します。 一番避けたい「終わらない仕事」の典型です。 だからこそ、「次年度の精算」も同時に行っておくのがおススメです。 「新しい年度の税額はまだ確定していませんが、去年の金額をベースにして、次年度分も今ここで精算してしまいましょう」 つまり、新しい年度の1年分(またはその相当額)を、決済時にあらかじめ「予納」のような形で精算してしまうのです。 税額が多少前後したとしても、後から追いかける手間やリスクを考えれば、その場で「お互いこれ以上はなし」と決めてしまう方が、よほど合理的でスッキリします。 教科書には「税額が確定してから再精算する」と書いてあるかもしれません。 でも、そんな正論は現場では通用しません。 後からお金の話をするのは、誰だって嫌なものです。 「あの時、キッチリ終わらせておいてよかった」 そう思ってもらえるように、今のうちに次年度の分まで計算機を叩く。 そういった背景もあってか、精算の方法として分かりやすいのは1/1を起算日とした「関東方式」かもしれませんね。 司法書士への「売渡費用(報酬)」 最後にお話しするのが、登記の専門家である「司法書士」に支払う費用の負担についてです。 不動産の売買が決まると、法務局にある「登記簿」の内容を書き換える必要があります。 この手続きは、通常以下の4つのステップで進みます。 1.売主の「住所変更登記」 (今の住所と、登記簿上の住所が違う場合に行います) 2.売主の「抵当権抹消登記」 (売主がローンを完済した証として、銀行の権利を消します) 3.売主から買主への「所有権移転登記」 (これが売買のメイン。名義を正式に切り替えます) 4.買主の「抵当権設定登記」 (買主がローンを組む場合、銀行の権利を新しく付けます) この4つのうち、誰がどの費用を出すのか。 ここでも、関東と関西で明確な「作法」の違いがあるんです。 関東方式は、非常にシンプルです。 「自分のためにやる手続きは、自分で払う」という考え方です。 1と2(売主の準備)は売主が払い、3と4(買主の権利)は買主が払います。 つまり、売主の住所が変わっておらず、ローンもなければ、売主が司法書士に支払う報酬は「ゼロ」になることも珍しくありません。 ところが、関西方式はここでも独特の商慣習が顔を出します。 なんと、メインイベントである「3.所有権移転」の費用を、さらに細かく二つに分けるんです。 一つは、名義を移すための「登録免許税(税金)」や、実務的な手続き費用。 これは買主が負担します。 そしてもう一つが、「売渡(うりわたし)費用」と呼ばれるものです。 これは、司法書士が売主の本人確認をしたり、権利証を確認したり、登記に必要な書類を作成したりするための「売主側の手間賃」のようなものです。金額にしておよそ3万円から5万円程度。 関西では、この「売渡費用」を売主が負担するのが一般的です。 関東の感覚でいる売主さんに、「関西の物件だから、売渡費用として数万円払ってください」と伝えると、十中八九「なぜ名義を変えるのは買主なのに、私がそんなものを払うんだ?」と不審に思われます。 逆に、関西の感覚でいる買主さんが関東方式の物件を買うと、「売主が売渡費用を払わないなんて、不親切な業者だ」と感じてしまうかもしれません。 また、関西方式の特徴としては、司法書士が売主側と買主側で別々になることが多いのです。 双方ともに自分のことだけを行う司法書士に依頼する訳ですね。 関東方式では、一人の司法書士にお願いすることが多くなるのです。 じゃあ鹿児島はどっちなのさ? ここまで関東方式と関西方式の不動産売買の慣習について説明してみました。 他にも各地域では、独特の習慣や方式があるようです。 さて、私たちが活動している鹿児島はどうなっているかというと、現在は基本的に「関東方式」が主流です。 敷金は差し引きますし、固定資産税は1月1日起算、司法書士さんもお一人にお願いするのが一般的です。 ただ、ここで大切なのは「どちらの方式が正しいか、優れているか」ではありません。 不動産というのは、その土地に根ざした、動かすことのできない資産です。 だからこそ「郷に入っては郷に従え」という言葉があるように、その土地の作法を尊重することが、一番のトラブル防止になります。 大事な取引だからこそ、思い込みで進めるのではなく、一つひとつ丁寧に「今回のルール」を確認してほしい。と思っています。 その小さな確認の積み重ねが、大きなトラブルを未然に防ぎ、皆さんを守ることに繋がるからです。 せっかくの不動産との出会いが、最後まで良い思い出になりますように。 皆さんが安心して取引を終えられることを、心から願っています。 ちなみに、賃貸でも全国各地で習慣が変わっていたりします。 またどこかで「賃貸編」も書いてみましょうかね。 ではまた
-

前の住人の郵便物が届く!勝手に捨てると犯罪?郵便局公認の「正しい止め方」を解説
さて、お引越しを無事に終えて、新生活のスタートを切ったみなさん、お疲れ様です。 荷解きも一段落して、ようやく自分らしい暮らしが始まった頃、あなたにやってくる「面倒ごと」があります。 ふとポストを開けて少しだけモヤッとする瞬間です。 自分の名前に混じって届いている、見ず知らずの誰か宛ての手紙。 そう、前に住んでいた方宛ての郵便物です。 「せっかくの新生活なのに」 「これ、いつまで届くんだろう」 そんな風に戸惑ってしまうお気持ち、よく分かります。 今回は、この「前の住人宛てに届く郵便物」への対象方法をご紹介したいと思います。 気持ちよく新生活をスタートさせる為に、早めに終わらせておくことをおススメします。 勝手に捨てたり、開けたりは なぜこんなことが起こるのでしょうか? お引越しのバタバタでうっかり「転居届」を出し忘れていたり、手続きはしたけれど郵便局側の処理に少しだけタイムラグがあったり。 いずれにしても、郵便局側からすると「とにかく住所と名前が合っているから届ける」という状態です。 でも、受け取る側としてはやっぱり困りますよね。 「放っておけばそのうち止まるかな」と思っても、次から次へと届くダイレクトメールや重要そうな封筒。 つい「もう捨てちゃってもいいかな」という気持ちが芽生えることもあるかもしれませんが、ダメです、犯罪です 実は、自分宛てではない郵便物を勝手に捨てたり、中身を見たりすることは、法律で禁止されています。 「信書開封罪」「信書隠匿罪」という難しい名前のルールがあるのですが、要するに「他人の信書を勝手に開けたり、処分してはいけない」ということですね。 またこんな法律もあるのです。 郵便法第42条(誤配達郵便物の処理)郵便物の誤配達を受けた者は、その郵便物にその旨を表示して郵便差出箱に差し入れ、又はその旨を会社に通知しなければならない。 「間違えたり、手続きしてない方が悪いのに、なんで自分が!」 そう思うのも無理はありません。 引っ越したばかりの皆さんには何の非もないのは事実ですから、お気持ちは分かります。 ですが、万が一その手紙がとても重要な通知だった場合、後から前の住人さんとトラブルに発展してしまう可能性があります。 せっかくの新生活が、そんないらぬトラブルに巻き込まれるのも嫌でしょう。 では、どうしたらいいのでしょうか。 メモを張ってポストにポイ 一番確実で、それでいて驚くほど簡単な解決法をお伝えします。 それは、郵便局の公式ルールにそのまま乗っかることです。 用意するのは、小さな付箋かメモ用紙、そしてセロハンテープor輪ゴムだけ。 投函された郵便物にメモや付箋で「転居済み(受取人不在)」と一言だけ書いて、郵便物の表面に貼ってください。 もし何通かあるのであれば、輪ゴムでまとめて、一番上にだけメモやふせんを張ります。 あとはそれを、お散歩やお買い物のついでに、近所のポストにポイっと投函するだけです。 もちろん、切手を貼る必要も、郵便局の窓口まで行く必要もありません。 これだけで、郵便局側で「あ、この人はもうここには住んでいないんだな」と正しく認識され、次からは届かなくなります。 え?そんなことしていいの?と思われるかもしれません。 ですが、この方法は郵便局が公式で出している方法なので、むしろ正しい対処法なんです。 意外と簡単ですよね。 注意点としては、この方法はあくまで郵便局が取り扱う「郵便物」には有効なのですが、メール便などの運送会社が独自で行っているサービスには適用外になってしまいます。 自分のために 「他人のミスなのに、なんで私がそんな手間を」 そう感じることもあるでしょう。 ですが、これは前の住人さんのためというより、あなたのポストを「自分のものだけ」にするための、最後のお掃除のようなものだと考えてみてください。 一回の手間で、明日からのポストチェックがずっと気持ちの良いものに変わります。 モヤモヤをポストに残したままにせず、スッキリとさせてしまいましょう。 新生活が誰にも邪魔されない、あなただけの素敵な時間になることを心から願っています。











