-
2024年5月10日物件名は何にする?日本で一番多い名前は? ~主観でのランキングTOP3~
あくまで私の主観である アパートやマンションを購入した場合に決めることが出来る「物件名」 以前のブログでは物件名の名づけ方や避けた方がいい名前などをご紹介しました。 https://lotushome.jp/blog/3960/ 今回は番外編として私の主観による「全国で多い物件名ランキング」をご紹介してみようと思います。 本当は何かのデータがあれば良かったのですが、あいにく見つかりませんでしたので、私のこれまでの不動産業の経験上での独断と偏見でのランキングです。 私が不動産業をスタートした東京でもその他の地域でも必ず地域に一つはある名前だと思います。 今物件名をお考え中の方にも参考になれば嬉しいです。 第3位 「サンハイツ」 第3位は「サンハイツ」です。 物件名称の後には地名や人の名前が付いたりすることもあるでしょうが、そこは割愛させていただきます。 この名称もどこの町にもあるものです。 太陽を意味するSUNからきているのでしょうが、とても多く見かけます。 確かに日当たりが良さそうなイメージや、太陽が持つ「元気・明るい」などのイメージも物件名として好印象です。 サンハイツという物件名を使うなら、やはり日当たりが良い物件などがいいでしょう。 派生した物件名でいえば「サニー〇〇」なども同一でしょう。 第2位 「リバーサイド」 第2位は「リバーサイド」です。 こちらは圧倒的に後ろに地名や人名が付くのも特徴的です。 リバーサイドというだけあって川のそばにあることは間違いありません。 日本は山も多い地形の為、必然的に川も多くあります。 そんな立地にある場合、川のせせらぎや緑の多さで、賃貸でも人気になりやすいものです。 川の無い市町村などは無いでしょうから、一定規模の都市になれば必ずこの名前もあることでしょう。 東京でも神田川や目黒川などのコンクリートで囲まれた川沿いでも、その水の流れを感じたい方というのも多くいました。 都会に住んでいるからこそ、自然を感じたくなるのかもしれませんね。 また、川のそばは基本的に道路が通っていたりして、物件までの経路が分かりやすいことが多いのも人気の一つかもしれません。 当たり前ですが、川の近くにないのにリバーサイドはダメですよ。 第1位 「グリーンハイツ」 堂々の第1位は「グリーンハイツ」です。 これを読んでいただいている同業者さんの頭には必ず、どこかの「グリーンハイツ」が頭に浮かんでいることでしょう。 かくいう私も各地の「グリーンハイツ」が頭に浮かびます。 試しに皆さんのお住まいの地域+グリーンハイツで検索してみてください。 ほぼ必ずあることでしょう。 正直グリーンハイツに至っては実際に森や林の近くかどうかなど関係ありません。 コンクリートジャングルの中にもグリーンハイツはありますし、もちろん実際に緑が見える場所にもあることでしょう。 「グリーンハイツ」という名称での印象はやはり「緑」のもつイメージが強いことでしょう。 落ち着きや安全、安心など緑の持つイメージが住環境にピッタリなのです。 疲れを癒す住まいにはピッタリなんですね。 自然を感じるような穏やかな名称で大人気といえるでしょう。 なぜ多いのか?そして多いとダメなのか? いかがでしたでしょうか。 今物件を購入された方などは、一生懸命物件名を考えていらっしゃることでしょう。 今回挙げた物件名などは全国的にも多いものといえるでしょう。 ここでふと考えてみましょう。 なぜ多いのか?と それはきっと 使う人たちが使いやすかったのだと 今回挙げた物件名は皆さんも馴染みが多いでしょう。電話口で説明しても聞き返されることも少ないでしょう。 そうなのです。 名前というのは付けた人よりも、それを呼ぶ、使う人たちの方が多いのです。 今回挙げた物件名などは別格の使いやすさなんでしょう。 また名前の響きや意味も多くの人がイメージしやすい名前ですからね。 もちろん、前回のブログでも書いた通り、一番は「自分が愛着を持てること」だとは思います。 しかし、王道の物件名もまた住む方たちにとっては非常に使いやすいものなんです。 だからこそ、たくさんの方たちが使ってきたのでしょうからね。 読んでいただいた方の中には「いや、本当に多いのは○○だ」というのもあることでしょう。 いつかお会いする機会があったら皆さんのランキングも教えてください。
-
2024年4月30日ロータスホームの変わった社内ルール③ ~マジで?サボってもいいの?他~
あくまで社内だけ またまたやってきました、変な社内ルールご紹介です。 https://lotushome.jp/blog/4607/ https://lotushome.jp/blog/4020/ 前回までの記事はこちらから 今回も「読み物」として楽しんでもらえたら幸いです。 もちろん社内の価値観ですから、皆さんに価値観を強制することもありませんのでご了承ください。 多少はサボってもよい 私は普段から言っています。 「まったくサボるなとは言いません」と でも、この言葉は本当はズルい使い方をしているな。と自覚はあります。 「仕事に来ている以上、1秒たりともサボってはならぬ」 という正論は理解していますし、経営者側からすれば当然です。1秒たりともサボらないスタッフがいれば本当に嬉しいことでしょう。 でも・・・・これを読んでいる皆さんもどうでしょうか? サボったことありませんか? もちろん、会社をサボって「パチンコ」に行くとか「家でゲームしている」などは論外ですし、流石にダメです。 でもね、ちょっとだけサボって息抜きっていうのは「あり得る」と思うんですよ。 じゃあ肝心な「どの程度サボっていいのか?」ですが 結果を出していて、倫理的にダメでなければ そうなのです、私は定量分析が出来る仕事をお願いしています。 特に正社員スタッフには定量化出来る仕事をお願いしておりますので、結果が出ている出ていないは可視化出来るのです。 そのラインをクリアすれば多少サボったとしても「いいんじゃない」と思えます。 では「倫理的にダメ」というラインですが、これは正直 「そんなことは自分で考えなさいよ」 大体、そんなことも確認しないとサボれませんかね? どこからがOKでどこからがダメですか?とサボる前に聞くんですか? 大体サボるのは技術がいる行為なんです。 見つかった時に言い訳出来る範囲にしなければいけませんよね? パチンコ屋から出てきた時に見つかったら?自宅に何時間も車があったら? そんなリスクを負いながらサボるんですか? 見つかった時に許される範囲や程度位のことは、自分で判断できる程度の「知性や理性」は備えておくものです。 そういう意味で冒頭に申し上げた通り、このルールは「ズルい」んです。サボる側も「試されている」のですから。 流石に社内のチェックをかいくぐってサボれる程度というのは限られてくることでしょう。 それでも心身のリフレッシュには多少の余白があってもいいとは本当に思っています。 だから「多少はサボってもいい」は本当に思っていますよ。 その「多少」のラインを履き違えないことは必須ですけどね。 家族を優先すること 「私と仕事、どっちが大事なのよ」 この有名なセリフですが、私は人生で一度も言われたことはありません。 なんと答えるのが最適なんでしょうね、分かりませんが 話が脱線しましたが、これも本当です。 当社のスタッフにも 「仕事は一生懸命せねばならないが、優先すべきは家族であることは間違いない」と言っています。 お子さんや配偶者、そして自分自身の為に仕事というのはあると思っています。 でも、仕事というのは不思議なもので、時にこの順位を忘れてしまうことがあるんです。 経営者としては仕事を第一に考えてくれるというのは理想論としては嬉しい気持ちはあります。 しかし、そうなった従業員というのは遅かれ早かれいなくなってしまうのです。 仕事というのは「長期戦」です。 短期戦なら「仕事第一」でもいいかもしれませんが、長期戦となれば時に思うのです。 「自分は何のために仕事をしているのか?」と そんな時に家族や自分自身の為になっていないと思ったらどうでしょうか? 幻想から現実に還った従業員は会社を去ることになるでしょう。 またそういう幻想をわざと抱かせる会社があるのも事実ですし、否定もしません。 それでも私はこう思っています。 「家族や自分自身を大切に出来ない人は他人も大切に出来ない」と 家族と折り合いが悪い人も否定しません。 正直、世の中には「いない方がいい家族」という人種がいるとも思っています。 その場合は自分自身を大切にすることですね。 ともかく、そういった大切な人間や自分を丁寧に扱うことが出来ないと、他人を丁寧に扱うことは難しいと思っています。 そんな人間が不動産という「人間」をベースにした仕事に従事できるんでしょうか? 他にも理由があります。 そうやって価値観が安定している人は仕事でも落ち込みにくいのです。 仕事は100%全力でやるべきです。 ですが、それは「命を懸けて」という訳ではありません。 せいぜい「命を懸ける」のは経営者位でいいんですよ。 「またぁ、キレイごとを言って」と思われるかもしれませんが、そうではありません。 その位割り切って仕事をする人間の方が優秀で長続きするんです。 あまりに張り詰めている人は、何かの拍子でプッツリと切れてしまうのです。 先ほど申し上げた通り、仕事は「長期戦」です。 また、「経験」がものを言う業界ですから、そんな簡単に辞めるようなメンタルでも困ります。 ですから、これも会社の為なんですよ。そう考えると別に「キレイごと」ではありませんね。 ある程度、価値観も達観しておくと却って困難の時に踏ん張りが効くんですよね。 ですから「子供の熱がでてしまって」と言われた場合は、男女ともに「すぐ迎えに行ってあげてください」と言っています。 私自身もスタッフを大切に出来なければ、お客様も大切に出来ないでしょうからね。 別にキレイごとではなく、合理的な理由だと思っています。 でも、打算的な気持ちがないかと言われたら、どうでしょうかね・・・ 私の心に「ええかっこしい」の部分があることも否定はできないような・・・ 内田の「独演会」を聞いてあげよう 最後はルールではないんですけど、社員が気を遣ってやってくれていることです。 私は基本的には社内では静かにしていることがほとんどです。社内にいないことも多いです。 しかし、時折スイッチが入ったように 長尺の独演会を繰り広げてしまうことがあります。 これは誤解のないように言っておきますが「怒って全体に説教」とかではありません。 具体的には 不動産の未来はこうなっていく 社会は「こうあるべきだ」 会社で大きな決断をした時の「理由」 こんなのが多く、正直目の前の業務に関係ないことが多いのです。 私は出来る限り 内田というのは「こんな価値観を持っている」ということを伝えたいのです。 年がら年中、頭の中では上記のようなことを一人で考えているため、時に私の決断は 社長が乱心してしまった と誤解されてしまうのでは?と考えているのです。 みなさんの職場などでもよくありませんか? 「昨日言っていたことの正反対のことを言い出す上司」とか「思いつきで実行する人」とか あれは一定確かに行き当たりばったりのタイプもいるんでしょうけど、中には 「色々考えた挙句、やはりこっちがいいと思った」という線もあるのです。 しかし、その人の頭の中は分からない為に「行き当たりばったり」に見えるのです。 それに振り回される周りはとにかく大変ですからね。 私の独演会はそれを防ぐ為に「私はこういう価値観、考え方なのだ」と伝えているのです。 それが理解されれば少しは「あぁ、そういうことなんだな」と思って欲しいのです。 理解できれば、スムーズに物事も進むハズですから。 とはいえ スタッフのみなさんには突然やってくる独演会は大変だと思います。 大体10分程度なのですが、大変でしょう。 ですから、これはルールではなく「お願い」なのです。 今のスタッフは内心どうかは別として聞いてくれています。 しかし、これは逆だったら正直キツイかもしれませんね。 いいスタッフに恵まれているんですね。ありがたい。 今回も毒にも薬にもならぬ いかがでしたでしょうか。 変なルールと変なお願いでしたね。 また気が向いた時にでも社内ルールをご紹介したいと思います。 今回書いてみて思ったのですが、やはり私の根底には 「本音と建て前」があるのは当たり前だから「本音」でも守れるルールを作る という考え方があるんでしょうね。 これも社内でよく言うのですが 守れないルールなら無い方がいい 前回までに書いた「寝坊は正直に言えばOK」などもそうですが 清廉潔白な人間などいないのに厳格なルールを作っても意味がないんです。 それよりは「誰もが守れるルール」を作ってしっかりと守る方が建設的だと考えているのでしょう。 嘘を暴いたりしても、本来誰も得しないんですよ。お互い嫌な気持ちになるだけですから。 それなら「嘘をつかない方が得するルール」にした方が守りやすいですよね。 書いてみて自分自身の考え方がまとまってきましたね。 こういった思考の整理に使わせてもらっています。 公開しても大丈夫なのかな?たまに不安になります。 カテゴリは「雑談」ですからね。たまにはね。
-
2024年2月1日国土交通省に提言しよう ~宅建士証がデカい!~
人気資格のハズでは? 今回は国土交通省にハッキリと物申したいと思います。 ズバリ 宅建士証のサイズ、大き過ぎる そのせいで 財布などのカード入れに入らない 他の資格証と比べても一回りデカいんです。 ちなみに各種カードの大きさですが、統一規格があるそうです。JIS(日本産業規格)規格によると 85.598mm(長辺)×53.975mm(短辺)、3.18mm(角R)、0.762mm(厚み)となっているようで、多くのクレジットカードやポイントカードなどはこの規格に沿って作成されています。 そして、その多くのカードの規格に合わせてお財布やカードケースは作られているのです。 にもかかわらず、宅建士証のサイズは 長辺9.2cm×短辺6cm(手元で測ったサイズ) と大幅にデカいんです。 このサイズは一般的な名刺よりも大きいものです。 同じような不動産資格の賃貸不動産経営管理士と比べてみましょう。 賃貸不動産経営管理士はJIS規格で作られていますから、重ねて比較しましょう。 明らかに大きい これでは既存のカードケースには収まりません。 なぜこうなっているのか・・・ しかし見ている内に気付きました。 内側の台紙のサイズがJIS規格だ! なんと内側の台紙部分がJIS規格でそれをラミネート加工したのりしろ部分が大きさの原因でした。 私は思いました。 ラミネート加工後をJIS規格に合わせてよ! なぜ、そんなところで律儀に規格を守ったのか・・・使い勝手は完全に無視して・・・ というか人気資格のハズなんだから ラミネート加工をやめてカードにしてくれ 令和5年の試験では23万人以上が受験するほどの資格なハズです。 その資格に合格した証をカードタイプにするくらい何とかなりませんかね? 国土交通省のみなさん、ご検討のほどよろしくお願いします。
-
2024年1月5日居住支援の仲間が増えた日 ~突然のインタビュー依頼~
年明け最初の仕事 2024年始まりの日 出社してすぐにメールをチェックしました。 すると、とある大学の学生さんからメールが来ていました。 「〇〇教授の指導のもと、居住支援と住宅確保要配慮者に関する考察について卒業研究の予備調査をしております。11月にございました「住まい支援と生活支援」シンポジウムに参加し、貴社の優れた取組みを拝聴いたしました。そこで、お取組み状況の詳細、課題点などをご教示願えないかと思いご連絡をいたしました。」 そう、私は現在霧島市の居住支援協議会にて部会長をやっておるのですが、その活動の一環で昨年11月に鹿児島県主催のシンポジウムにパネリストとして参加しておりました。 その様子はYouTubeでもUPされるとは聞いておりましたが、動画を見た学生さんからの取材依頼でした。 https://www.youtube.com/watch?v=FELwnNZVRmw シンポジウムの様子はコチラ 私は早速、学生さんへ電話をしました。 答えはもちろんOKでした。 行動力のある学生さんが来た 電話が繋がりました。 聞けば既に今日私の前に「NPO法人 やどかりサポート鹿児島」の芝田理事長に取材をしていたとのこと。 私自身も何度か芝田理事長はお会いしており、いつも勉強させてもらっています。 私自身の予定などを話すと、「今日のお昼からでもいいですか?」とのことでしたので、私も快諾。 お昼一番で学生さんが来ました。素晴らしい行動力です。 聞けば、高齢者問題から居住支援に興味を持ち、居住支援の枠組みなども含めて勉強中であるとのこと。 そこからは1時間程度質疑応答を重ねました。 居住支援を必要な方の実態はどのようなものか? なぜ居住支援に社会が前向きでないのか? 居住支援が必要な人に偏りがあるのはなぜか? お金だけで解決できるのか? 貧困ビジネスとは何が違うのか? 孤独を解消する為の方法はあるのか? 実際の居住支援で必要なものは何か? 他にもたくさんの質問をもらい、私なりに真摯に答えてみました。 中には思っていたことよりもハードな部分や、私が考える「人間の本質」のような話までしたと思います。 そして一通り話したあと学生さんは言いました。 「私はこれからの空き家問題と居住支援を繋ぐ試みをやってみたいと思っています」と 私は具体的なプランを聞く前に 「素晴らしいと思います、ぜひ成功させてください。私に出来る協力があればさせていただきます」 と返答しました。 私もこれからの空き家問題と居住支援はリンクすると思っています。 もちろん、課題になることはたくさんあるとは思いますが、課題は解決すれば良いのです。 一人でもこういった志を持った方を応援せずにはいられません。 今日、社会が少しだけ明るくなった 私は取材を終えた瞬間に 「あなたのやりたいことに近いことを行っている団体があるので、そこに話を聞きに行ってはどうでしょうか?」 と投げかけました。 すると興味を持ってくれたようでした。 私が居住支援で知り合った社団法人が、学生さんのやりたいことに近い活動を行っているのを知っていました。 私はすぐさま社団法人の代表に電話すると、代表も「私で良ければいいですよ」とのことでした。 更に霧島市の別の居住支援法人の代表さんにも連絡してお話する機会をいただきました。 後は学生さんに連絡先をメールで伝えました。 私自身もそうなのですが、分からないことなどは人に聞いた方が早いと思っています。 ですから学生さんには多くの人と会って話をして欲しかったのです。 これだけの行動力がある人ですから、きっと彼らに連絡して学びを得てくれることでしょう。 そして、その結果学生さんが活動を始めてくれたなら 明日は今日よりも社会が明るくなることでしょう。 そんな未来が訪れるといいなと思っています。 いつでも最初は小さく始まるものです。 焦らず地道に「出来ることを出来る範囲で」 今回私に出来ることは実体験を話すことであり、適任な方を紹介することでした。 また求めがあれば出来る限りのことをしていこうと思います。 一年最初の仕事が、この取材であったことに不思議な縁を感じながら今年も一年頑張ろうと思う次第でした。
-
2024年1月4日新年あけましておめでとうございます
2024年のスタート 新年あけましておめでとうございます。 昨年もご愛顧いただき本当にありがとうございました。 皆さまにとっても良い2024年となりますように願っております。 さて、1月4日より営業を開始しました株式会社ロータスホームは12月もご入居をたくさんいただき、入居率もUPいたしました。 本年も恒例の「春からキャンペーン」を実施しております。 今年も霧島市・姶良市を「昨日より明るい社会にする」を目標にスタッフ一同邁進して参ります。 2024年もよろしくお願いいたします。
-
2023年12月30日年末のご挨拶
全ての人へ感謝を 今年も一年お疲れ様でした。 みなさんの一年はいかがでしたでしょうか。 私は楽しいことも辛いこともたくさんありました。 しかし、一年がもう少しで終わろうとする今、振り返ってみると良い思い出ばかりとなりました。 その時は大変で辛いことでも、「あーあの時は大変だったな」で済むものです。 そして大変な思いも、次への経験となったと思えば無駄ではなかったのでしょう。 私は今年もたくさんの人と会うことが出来ました。 霧島市の居住支援協議会の部会長に選んでいただき、今までお会いする機会の無い方々ともお話することが出来ました。 仕事で知り合った同業他社の皆さん。 新しく弊社に管理をいただいたオーナーさん。 弊社の管理物件にご入居いただいた入居者さん。 職人さんや取引先の方々 本当にこの仕事はたくさんの人との関わりあいで成り立っているんだと実感させられます。 2024年のみなさんの幸せを願っています 明日の世界が今日よりも良くなるように私も微力ながら頑張っていこうと思います。 本当に一年、お疲れ様でした。 来年もよろしくお願いします。 当社の従業員のみなさんへ 今年も一年本当にありがとうございました。 「人を幸せにするには、まず自分が幸せでなければならない」と私は常々思っています。 このロータスホームという会社は賃貸管理を本業として、オーナーさん、入居者さん、ひいては地域を幸せにしなければならない会社です。 でも、人を幸せにするためには自分自身が幸せで充実していなければ、長続き出来ないと思っています。 私はまだまだ代表者として未熟ではありますが、みなさんを幸せにしたいと本気で思っています。 小さな会社ですが、立ち上げから力を貸してくれた皆さんを幸せにします。 そして自分自身が幸せになり、人を幸せにするという最高の人生を送りましょう。 いつも、私のわがままや無理難題に一緒にチャレンジしていただき、感謝してもしきれません。 今年も一年本当にお疲れ様でした。 来年も一緒に幸せになりましょう。 そして明るい未来を創ることにチャレンジしていきましょう。
-
2023年12月28日ロータスホームの変わった社内ルール②
https://lotushome.jp/blog/4020/ 前回はこちら あくまで社内だけのルール 前回はロータスホームの社内ルールをご覧いただきました。 今回も当社のルールをご紹介してみます。 前回に引き続き、あくまで社内だけのルールなので当社の従業員以外には求めてもいませんので、単に読み物として読んでいただければと思います。 ミスは自己申告すればセーフ 前回少し触れたのでご紹介します。 人間ミスはつきものです。 しかし、そのミスを放置したり、隠したりするようになると事態は深刻です。 特に責任感が強かったり、社内で言いづらい雰囲気などがあると、中々言い出せなかったりするものです。 一旦ミスを隠したりすると、次からも同じく隠すようになります。 そして、そういった小さなミスの隠蔽が大きな事態へと発展した例は数知れないでしょう。 もちろん、ミスは本来あるべきではありません。 しかし、ミスが起こってしまった以上、本来は素早く修正を行うことで被害を最小限に留める必要があると思っています。 それを「言いづらい」「怒られるかも」などの感情で言えずに、もしくは言わずにいた場合どうなるでしょうか。 発覚した時にはもはや手遅れということもあり得るでしょう、 そういった事態を招かない為にも、当社の方針として「ミスは自己申告ならセーフ」となっています。 その為、比較的小規模な失敗を言い出せるように心がけています。 とはいえ、本当に怒らないのか?という疑問が沸くかもしれませんが、本当に怒りはしません。 もちろん、倫理的や悪意があるような行為は別です。それは「ミス」とは呼べませんからね、例えば「飲酒運転をしてしまいました」とか「会社のお金を横領しました」など明らかなものは別です。 しかし、それ以外であればミスの原因が例え「単純に忘れていました」でも構いません。 私はクレーム対応を長くやってきた経験から、物事は「初期対応」がとても重要だと思っています。 ミスも例外ではないと思っているので、私にとってはミスの叱責は二の次なのです。 もちろん、ミスと原因はしっかりと反省して、次回起こさないような仕組みづくりに活かすことも同様に重要です。 そうやって小さなミスを起こさない仕組みが出来ることが大事ですからね。 急な休みの申告はLINEでOK これは最初に補足しておくと 当社では女性と清掃スタッフが対象となっています。 男性社員については残念ながら至っておりません。 というのも、当社の女性スタッフは子育て真っ只中の方ばかりなのです。 となると当然、急な子供の体調不良などは日常茶飯事になります。 私も絶賛子育て中ですが、子供というのは体調を崩しやすいものです。 学校でインフルエンザなどが流行ることもあるでしょうし、時には夜は元気でも、朝には突然熱を出したりすることなど珍しくありません。 当初はみなさん律儀に電話をもらっていたのですが、私は毎回それについてOKという返事しかしたことがありません。 そして電話だと休む側も私が起きているであろう時間に連絡をしなければならないと気を使ってしまうのです。 他にもやはり突然の休みで申し訳ないという気持ちが声からも伝わってくるのです。 しかし、子育て中であれば仕方ないことですし、むしろそちらを優先すべきです。 そうなると、どちらにせよ「お休みで大丈夫ですよ」としか返事をしないのであれば、電話である必要はないんじゃないか?と思って変更しました。 スタッフからLINEで休みの連絡が入ったら私は 「承知しました。お大事に」とだけ送っています。 ちなみになぜ男性社員は違うのかといえばシンプルに 「絶対何かしらの予定があるから」です。 その為、病欠や子供の事情などで突発的な休みに関しては、全然OKなのですが、代わりに業務を行う引継ぎの把握の為、電話をもらっています。 LINEだと引継ぎの事項を正確に入力するより、話した方が流石に早いため、そうしています。 でもいつかは全社員そうしたいと思っています。 同じ質問を何度してもよい これは私自身が至らないばかりにこうなりました。 その昔、私が不動産業に入ったころの仕事の教わり方といえば ノートを片手に先輩の話を聞き、大事な点をメモして覚える というものでした。 私はこれがとても苦手でした。 というのも、不動産業界というのは専門用語や複雑なシステム、業界の慣習など独自のものが非常に多いのです。 その為、先輩の話すことでも言葉の意味が分からなかったり、作業と関係ない部分で引っかかることが非常に多かったのです。 そうすると、どこをノートに書いていいのかも分からなくなってしまいました。 最終的には「一言一句漏らさずに書くしかないのか?」と思うようにすらなりました。 また、メモを取ろうとすると相手の話の途中に書き留めるので、書いたころには次の話題に入ったりしていました。 次の話題に乗り遅れており、頭がパニック状態になってしまいました。 その結果どうなったかというと 見返しても役に立たないノートが完成しました 当時の不動産業は今ほど優しくなく、先輩にも怖い人が多くいました。 その為、一度教わったものの、理解できずに分からないことを聞きにいくと 「その話、この前話したよね?なんでメモ取ってないの?」 とか 「毎回同じ話させるなんて時間の無駄」 ひどい時には 「一回で覚えられないんなら不動産業向いてないから辞めたら?」 と言われました。 いやいや、社内システムの入力一つでも まずは「○○をクリックして→次は○○→△△を入力して→保存」などと細かに書いていたらマニュアルが完成するだろ!と内心思っていました。 怒られ過ぎて涙目の私は、その度に社内に唯一いた優しい先輩のところに行って 「すみません、これを教えてください」と聞いていました。 業務に必要な知識というのは、実際にやってみるとすぐ覚えるのですが、やったことが無い状態で言葉で学ぶのは難しかったのです。 その苦い経験の結果、当社では研修期間から 「分からないことは何度でも聞いてよい、メモは取っても取らなくても良い。それで怒ることはない」 としました。 メモというのは厄介でメモに必死になると話に集中できないのです。 それよりも、話に集中して理解することを優先させた方がずっと効率がいいと思ったのです。 システムの入力も一緒で、分からないことをメモから探すよりも知っている人に聞いて慣れた方が早いのです。 そうすることで新人さんも仕事を覚えるのが早くなり、研修時間も短くて済むのです。 ですから当社では、分からないことは何度聞いてもいいのです。 また話の途中でも分からないことは聞いてOKです。 流れを遮っても大丈夫なのです、どこか一か所でつまずくとその後の話が頭に入ってきませんから、話の腰を折っても大丈夫にしています。 甘いように見えるが・・・ いかがでしたでしょうか。 こうやってみると「社員に甘い会社なのか?」と思うかもしれませんが、そうではないと思っています。 いずれも「無駄な時間を省きたい」という想いがあるのです。 ミスの自己申告も「大変な事態に陥る前に対処したい」 休みのLINEも「結果は変わらないから省略したい」 何度も質問OKも「教える側の自己満足より早く業務を覚えることを優先」 としているだけなのです。 賃貸管理というのは年々法律の規制や入居者の多様化などで、難しい仕事になってきています。 大事な資産を預かって、入居者の快適な住生活を実現するという仕事では、各スタッフの責任は重いのです。 だからこそ、無駄なことに時間を使うのではなく、本来の業務にしっかり時間を使いたいのです。 業務に対しては妥協せず、その他の部分は最低限。 それでいいんじゃないかと思っています。 もちろん、今回もあくまで社内ルールです。 周りの方に求めてはいませんので、読みものとして楽しんでいただければ幸いです。
-
2023年12月15日管理会社あるある 年末編 ~酒は飲んでも飲まれるな~
管理会社はつらいよ 師(僧侶)も走る位忙しい時期ということで師走と呼ばれるそうですが、12月は管理会社も大変な時期となります。 今回はそんな12月や年末年始にありがちな苦情などを管理会社あるあるとしてご紹介してみたいと思います。 忘年会シーズンとなり、お酒を飲む機会も自然と増えるこの季節。 お酒の失敗を起こす方が出てきたりするものです。 忘年会などになる為、普段はお酒を飲まない方なども「こんな時くらいは・・」となったり、ついつい楽しくて飲み過ぎてしまう方など、普段の生活では起こらないようなことが起こってしまいます。 管理会社はこの「酔っ払い」の後始末が降りかかってくることもあるのです。 ご紹介していきましょう。 嘔吐 まずは最凶最悪のこの行為 敷地や共用部分に吐かれた場合の被害は甚大です。 他の入居者に与える不快感と清掃を行う人の手配など、その迷惑さ加減は怒りすら覚えるほどです。 また、この季節ですと様々なウイルスなどの感染なども含めて、注意せねばなりません。 普段の季節ではほとんどありませんが、この時期になると発生したりします。 繁華街にほど近い物件などになれば、入居者ではなく、通りすがりの人が敷地に嘔吐されたりなど、本当に迷惑な行為となります。 体調不良などによる嘔吐の場合は、大体本人、もしくはご家族などがしっかりと掃除をするのですが、そこは酔っ払い。 掃除などをしない方もいるわけです。 これは本当に全ての人に迷惑になりますし、仮に特定された場合、そういった清掃料金含めてご請求されても文句はいえないでしょう。 本当に気を付けましょう。 他の部屋をガチャガチャ これはですね。 酔っ払い過ぎて自分の部屋と他人の部屋が分からなくなってしまい、他人の部屋のドアノブをガチャガチャする行為です。 本人は自分の部屋にやっと辿り着いたと思っていますが、そこは他人の部屋です。 賃貸物件はほとんどの場合、玄関ドアに特徴はありません。お隣や上下でデザインが変わることは稀です。 仮に間違ったとしても、普段の理性がある状態であれば、鍵が合わないことですぐ理解するでしょう。 しかし、お酒に酔った状態では、そんな当たり前のことが分からなくなる人もいるのです。 挙句、無理にドアをガチャガチャしたり、家族が中で寝てると思って「おーい開けてくれー」と大声を出してみたり 想像してください。 あなたの玄関ドアが深夜にガチャガチャされたり、「開けてくれー」と大声を出されたら 恐怖です ちなみにこういったことをされた場合はどうしたらいいのでしょうか? ずばり警察に言う方がいいと思っています。 自分のお部屋と他人のお部屋の区別がつかない状態の人相手に説明したりするのは、中々難しいものです。 中にはお話にならないケースなどもある為、不審者として警察を頼った方が良いと思います。 また酔っ払いかどうかも確信を持てないこともありますので、やはり直接対峙はあまりお勧めしません。 ケガ これは人にも迷惑になりますし、なにより自分も痛い目を見てしまいます。 階段で転んでしまう、転んで鼻血などが多い気がします。 管理会社として困ってしまうのはやはり「血」です。 血痕が残った場合、清掃も大変なのですが、何より この物件の入居者に何かあったのではないか? と不安になるのです。 当の本人は転んだと分かっているかもしれませんが、管理会社としては事情が分からなければ 誰かひどいケガをして室内で倒れていないか? 暴力的な事件ではないか? 具合が悪くて室内で倒れているのかも? など、心配をしてしまいます。 これもせめて自覚があるのであれば連絡して欲しいものです。 そうでなければ管理会社スタッフは心配のままなのです。 もちろん、清掃などはご自身で出来る状況であれば、自分ですべきですし、もし出来ない場合などは管理会社にしっかりと伝えましょう。 お酒はほどほどに いかがでしたでしょうか。 お酒というのは適度に楽しむ分には素敵なものです。 今年の頑張りを労ったり、来年への英気を養ったりといいこともあります。 一方でコロナウイルスなどがここ数年は猛威を振るったこともあり、ここ数年は忘年会や飲み会なども減っておりました。 そうして迎えた今年、自粛も明けて楽しい機会が増えましたよね。 そんなせっかく楽しい時期が戻ってきた訳ですから、誰かに迷惑を掛けたり、自分自身を傷つけるようなことはしないようにしましょう。 私自身はお酒は弱いですが、楽しいお酒はやはり好きなものです。 自分もそして身の回りの人も気分よく過ごせるようにお酒は適度に楽しみましょう。 そして、今年も一年お疲れ様でした。 良いお酒を楽しんでください。
-
2023年12月3日人を変えることは出来るのか? ~アドバイスや説教の効果~
人に人を変える力はあるのか? 今回は完全に雑談と個人的な見解です。 さて、今回のテーマである「人を変える力が人にあるのか?」です。 みなさんもこれまでの人生で様々なアドバイスやお説教、提言や指導など、言葉のニュアンスは違いますが、人からたくさんの言葉を掛けられてきたことと思います。 そして、年齢や立場の変化に伴い、言われる側から「言う側」に変わってきませんか? そんな中で、人の言葉の力ということを考えます。 言う側に立った時にこんな想いをしたことはありませんか? 「あの人の為を思って言ったのに、全然変わらない」だったり「あんなに目を掛けたのに裏切られた」 今回は私が言葉の力や他人を変えることについて思っていることを書いてみようと思います。 あくまで私個人の見解ですので、「へぇ、そうなんだ」で結構です。 人を変える力などない 私が思っている結論から言ってしまうと 人に人を変えるほどの力は無い 何回かのお説教や素晴らしいアドバイスで人間が変われるほど、人は単純でもなければ簡単ではないのです。 そもそも、そんな簡単に人が変われるのであれば世の中は苦労しません。 自分の子供や家族、職場に出れば部下や同僚、ご近所の方々、友人、取引先や社外の関係者など私たちは人生を歩んでいく中で決して一人では生きていけずに、他者と関わりを持たずにはいられません。 そんな中であなたの言う通りに人は全て上手くいくでしょうか? そもそも、あなた自身は人から言われたことを素直に全て聞いているでしょうか? 私自身はいつ頃からか「私には人を変える言葉や力は無い」と確信しているところまであります。 それは何回か失敗した程度で諦めた。という簡単な結論で導き出した訳ではありません。 今までそれなりの数の人と関わりを持ち、一生懸命に人と関わってきた結果です。 しかし、だからといって私は アドバイスやお説教なるものをやめてもいません、それどころか昔より熱を持って行っています 人に人を変えられないと思っているのに、なぜアドバイスや説教をするんだ?と思いますか? それにはある一つの信念があるからです。 いつか届いたら 私は「人に人を変える力は無い」とハッキリと思っています。 じゃあなぜ未だに昔より情熱を持ってアドバイスを送っているのか?というと 人は他人からの言葉では変わらないが、自分の力で変わることはできる、そして変わろうと思った時に役に立てばいい と思っているのです。 私自身には人を変える力はありませんが、本人が「変わりたい」と本気で思ったなら、人が変わることは簡単だからです。 そしてその時に 「あぁ、昔内田が言ってたことはこのことか」 と役に立ってくれればいいのです。 ついついアドバイスやお説教をする人というのは「人の為」と「自分が変えてやった」という部分が混同してしまいます。 一生懸命アドバイスすればするほど、変化が見えないと腹が立ったり、不満に思ったり、裏切られたという被害者意識になったりします。 また、アドバイスが上手くいけば、アドバイスを送った自分こそが素晴らしいという気持ちになったりもします。 いつの間にか、人の為だったはずが自分の為になっていたりします。 私ももちろん、このような意識でした。 せっかく時間を使って教えているのに・・、正しいことを言っているのに・・、こんなに想っているのに・・ ふと気付くと、私の感情ばかりでした。相手を思っているはずが、なんてことはない醜い自分自身の虚栄心や自己満足でした。 そんな時にふと自分のことを考えてみました。 私は今より若い時は、今より更にどうしようもない人間でした。 私生活や性格、仕事の意識など含めて今の自分から見ると、途轍もなくダメな男でした。 もちろん今でも未熟ですが、それなりに成長はしてきました。 その成長してこれた要因はなんだろう?と思い返してみたところ やっぱり身の回りにいた人からの熱意をもった関わりでした。 当時は怖いだけの上司、細かな点ばかり注意してくる人、私のことを嫌いだと思っていた人 それらの人たちの言葉が、ふとした時に甦ってきたのです。そしてそのたびに「もう少しマシな人間になろう」と思って少しずつ改善してきました。 自分自身の経験を思い返した時に 当時の私に一生懸命向き合ってくれてた人たちも、今の私と同じだったのかもしれない。と思いました。 「いつか届けばいい」「本人が変わろうと思った時に役に立てばいい」「気付くきっかけになれば」 私はただ周りの人に恵まれていただけなのですが、これからは自分自身もそうありたいと思うようになりました。 そんなことを考えた結果 「人は人を変える力は無い」という結論と「だからといってアドバイスはやめない」という一見矛盾する結論を持つに至りました。 今、自分の言葉が届かないと無力感に悩まされる皆さん、あなたの言葉はいつか目の前の人が変わりたいと思った時にはきっと役に立つことでしょう。 そして、その時にはあなたは報われることは無いかもしれません。 しかし、今の私のように「あの人がいてくれて良かった」と心から思う人もいるかもしれません。 私はそうなればいいなと思いながら今日も熱をもって人と話しています。 届くか届かないかは私にはどうでもいいことなのです。 いつか役立てば、それで十分なのです。そして役に立たなかったなら、それもそれで仕方のないことです。 この考え方に至ってからは逆に無力感もなくなりました。 一見諦めた厭世的な人間と思いましたでしょうか? 実は人間に対してかなり希望を持っている方だと思っています。
-
2023年11月27日借地借家法に思うこと ~本当の弱者救済は?あるべき姿は?~
弱者を守るハズが、弱者も善良な人も苦しめるハメに みなさんは借地借家法という法律をご存じでしょうか? 簡単にいえば、土地建物を貸し借りする時の法律です。 みなさんがお部屋を借りて住む場合にも「借地借家法」をベースにして契約書は作成されています。 歴史的には明治頃から土地建物に関する法律というのはありましたが、戦争や大地震などを機に改正されており、直近ではバブル期にも改正されて今に至ります。 住宅というのは国民の生活の基本になるものです。その為、当事者同士に自由に任せてしまうと、横暴な大家さんに突然の値上げをされたり、ある日突然追い出されたりなど、時には生命の危機になることもあります。 その為、借地借家法という法律で賃貸市場において、主に借主保護の側面が強い法律となっています。 もちろん、この理念には賛成です。 立場的にも弱い立場に置かれやすい借主を保護すべきと私も思います。 しかし、そんな借地借家法ですが、年々の改正により昨今ではもう一つの問題が出てきました。 弱者保護のハズが弱者を保護できず、また大多数の普通の方を苦しめることになってきたのです。 今回は借地借家法に思うことと、本来あるべき姿を個人的な意見として書いてみたいと思います。 やったもん勝ちの現状 なぜ保証会社が出来たのか?なぜ老人や社会的弱者は部屋を借りられないのか? 皆さんは考えたことがありませんか? 「私は家賃を滞納しないのに、家賃保証会社に加入しなければならないんだ?」と そう昨今、一般的になった家賃保証会社への加入 全国的にも賃貸の契約をする際には、昔ながらの連帯保証人だけでなく、家賃保証会社への加入が必須となりつつあります。 こうなった背景の中にも借地借家法が影響しているのです。 借地借家法というのはザックリといえば 賃借人がよっぽど悪いことをしていない限りは大家からは解約できない こんな法律です。 本来はそりゃそうだろうと思うのですが、この「よっぽど」の基準が高すぎるのです。 例えば家賃滞納一つとっても中々のハードルです。 滞納については現在3か月以上滞納されて初めて裁判に出せます 3か月を経過するまでは「よっぽど」に入りません。 これは中々の基準だと思うのです。 皆さんは、日々の生活で各種のお金のやり取りをしていると思うのですが、例えばレンタカーを借りて、レンタル代を払わずに3か月使用することが出来るでしょうか? 飲食店でお金を払わずに3か月間飲み食い出来るでしょうか? 家賃は3か月までは「まあまあ」となっています。 しかも3か月を経過したとしても大家側は「即刻出て行ってくれ」と言っても、出ていかなければ自力でなんとも出来ません。 食い逃げは捕まえることが出来ますが、家賃滞納は裁判上の手続きが必要になります。 3か月経過してから裁判を起こし、判決が出てから解約し、解約に応じなければ自費で強制執行 この頃には家賃滞納は更に膨らみつづけています。更に夜逃げなんかされた日には強制執行代も含めると100万円前後の出費となる場合も珍しくありません。 こんなリスクを抱えては大家側は安心して貸す訳にはいきません。 そういった現状をカバーする為に家賃保証会社が登場しました。 家賃保証会社の仕組みとしてはザックリいえば 滞納しない善良な人も全員家賃保証会社に加入すれば差益が出る という仕組みです。 たまに出る家賃滞納での出費を善良な賃借人でカバーしているのです。 仮に家賃滞納に対してここまで借地借家法が厳しいものでなければ、家賃保証会社は生まれることはありませんでした。 普通の方も苦しめられる借地借家法 滞納くらいでしょ問題は?いいえ、他にもあるんです 他にもこの借地借家法は普通の入居者さんに牙を剥くことがあります。 それが「生活マナーの苦情」です。 正直、この借地借家法がある前提では「やったもん勝ち」となるケースが大半です。 例えば音の苦情などは正にこれです。 賃貸借契約書には当たり前のように「騒音・楽器の演奏は不可」と記載されているでしょう。 悪質な騒音を出す人がいた場合でも借地借家法は簡単に解約を許しません。 悪質な入居者とはいえ、改善を促し、改善されないと分かったら裁判上で「いかに悪質かの証拠を集め」「多額の費用を掛けて」 それでも解約できるかは五分五分です。 よく騒音問題について「管理会社が何もしない」「大家も金が入ればいいんだ」と言われたりしますが、管理会社や大家にも権限が無いんです。 管理会社も大家も問題ある入居者だった場合、注意をすることは可能ですが、言うことをきかす権利も強制力も実はありません。 解約して相手に退去を促した場合、下手すると逆に裁判で負けてしまうことだってあるのです。 管理会社も大家も他の大多数の方に迷惑を掛ける人には出ていってもらいたいものです。 大多数の平穏な生活を一部の困った方が乱していい訳などありませんから でも、借地借家法がそれを許しません。 多くの労力を掛けて調査し、改善を長い期間掛けて促し、多額の費用を掛けて裁判し、それでも退去しない場合は、更に多額の費用を掛けて強制執行 こんな現状です。 借地借家法が規定する「弱者保護」は普通の方々の平穏な生活を犠牲にして達成することなのでしょうか? 甚だ疑問です。 これでは少数の問題行動をする方のツケを大多数が払っているのです。 逆に弱者が受け入れられない現状 あまりにも強い権利が招く事態とは こんな行き過ぎた弱者保護の結果、どうなったかというと リスクが少しでもありそうな人には貸さない となったのです。 その為、高齢者や障碍者、シングルマザーなどの本当の弱者と呼ばれる方たちを受け入れることを大家側は躊躇ってしまいます。 「もし問題が起きたら解決には多大な労力が掛かる・・・」 そうすると困っている人を助けたい気持ちはあるが、問題が起きたリスクを考えたら・・・ 仕方のないことです。 また、今後もこの行き過ぎた借主保護が続くとどうなるかといえば 普通の方へしわ寄せがいきます 家賃保証会社しかり、リスクに備えて大多数の方の負担が増してしまいます。 一定の借主保護は大切です。しかし、悪質な者までは保護しなくて良い そうでなければ、大多数の普通の借主の負担が増し、社会的弱者は受け入れのチャンスも奪われるのです 私はこれが言いたいのです。 大多数の普通の方へのしわ寄せは許せません。しかし、現状では仕方ないのです。 あるべき姿とは 基本に立ち返ると共に、手続きを簡便にしましょう!みんな救われる未来とは ではどうしたら良いのか?と言えば 良いものはいい!悪いものは悪い!裁判は必要だ とするだけです。 具体的には 勝手に解約して追い出すのはやっぱりダメなので裁判手続きを簡易にする裁判に要する費用を少なくする悪質な入居者は早めに追い出せるようにする 実はこれだけでほとんどの問題は解決します。 なぜなら 問題のある入居者をカバーする為に大多数の負担がある現状ですが、問題のある入居者を簡単に裁判が出来て追い出すことが出来れば大多数の負担は軽減することが可能です。 また、問題のある入居者をすぐに追い出すことが出来れば「リスクが少ないから、受け入れてみよう」と弱者に対する受入れの意識も気軽になります。 私は霧島市の居住支援協議会に加入しており、日々社会的弱者の方への支援を行っております。 しかし、現行の借地借家法のハードルでは受け入れ側のリスクが高いのも現実です。 私はこう思うのです。 簡単に追い出せる社会は、簡単に受け入れられる社会 仮に追い出された方も、簡単に受け入れてもらえるのです。 もちろん追い出す追い出さないの判断は管理会社や大家が勝手にすべきではありません。 公平な裁判などで適正な手続きを踏むべきです。しかしその裁判は現状ではハードルがあまりに高すぎます。 もっと簡単に安価に裁判が出来ればいいのです。 空き家問題が叫ばれる昨今、受入れリスクが低くなれば、次もまた見つかるハズです。 そうして皆が落ち着く場所を探していけばいいのです。 正直者が損をしたり、偏見だけで受け入れてもらえない社会 しっかりと現実を認めて、それでも弱者に寄り添う社会はこういった社会ではないでしょうか? 私は失敗してしまうことは人間誰しもあると思っています。 そんな時に必要なのは 何度でも再チャレンジ出来る社会だと思っています。 一度の失敗で再チャレンジで受け入れてもらえない現状 それは強すぎる保護によって生み出されてしまったのです。 言葉は厳しく見えるかもしれませんが、大多数の普通の方と社会的弱者と呼ばれる方の共存には「どちらか一方だけが我慢する」という社会ではいけないと思えるのです。 お互いが共存する道は行き過ぎた保護ではないと思っています。 社会的弱者も受け入れてもらえるが、誰も我慢しなくていい社会は一定のモラルによって支えられるハズです。 私より優秀な国土交通省の皆さん、ご一考お願いします。
雑談
当社社長の雑談です。個人の見解です。










