
今回は雑談
私は一日何回も謝罪しています。
自分のミスや落ち度は当然として、それ以外でも物件の不具合などでご迷惑をお掛けした入居者さんへの謝罪、時に社員のミスに対して会社を代表する立場としての謝罪、トラブルの仲裁としての謝罪
とにかく謝罪の数でいえば全国でもトップクラスかもしれません。
謝るようなことをしなければ、起こさなければいいのは言うまでもありませんが、人生そう上手くはいきませんよね。
最早、謝罪のプロと化した私が思うことがあるのです。
最近、謝ったら死ぬ病にでも罹ったのかな?と思う位、謝らない人が増えてきた印象があります。
今回はこの「謝る」という行為について、私が思っていることを書いてみようと思います。
そして謝るという行為についての考え方と正しい使い方をお話してみようと思います。
謝ったら死ぬ病
「謝ったら死ぬ病」と検索すると実に色々な考察サイトなどが出てきます。
その中におもしろい考察がありました。
本人が他人の過ち失敗を許すつもりが無く、大きな罰を相手に化す思考だから自分が謝っても無駄だと考える
なるほど、これは確かに言い得て妙です。
確かに現在の社会は失敗や落ち度、過失に対して非常に厳しい社会です。
不倫をした芸能人、不祥事を起こした会社、SNSにふざけた投稿をする人
確かに落ち度や失敗などであり、責められても仕方ない面がありますが、個人的には流石に罪と罰のバランスを欠いている気がします。
一度失敗した人間が謝ろうとも、奈落の底まで叩き落とすまではバッシングは止まりません。
そんな風潮もあってか、皆さん一様に
「私は生まれてこの方罪や失敗を一度も犯していません」とでも言うかのような顔をしています。本当はそんな聖人のような方は一握りではないかなと思っていますが・・・

謝った=自分は相手より下だということを認めて、以降は反論も出来ず責任を取らされる
そんな世の中では「謝っても無駄」と思う気持ちも理解できなくもありません。
但し、それは謝罪の仕方が違うからだと思うのです。
謝ったら負け

昔、不動産会社に入った時に先輩から指導を受けました。
簡単に謝ったら向こうが付け上がって、要求を飲まないといけなくなるから簡単に謝るな
私が新人の頃は確かにこの教えを守っていました。
確かに中には、こちらが謝った途端、居丈高になり、時に理不尽なことを言ってくる方がいたのも事実です。
相手が謝った途端「勝った」という感覚になる人がいます。
そういった人に対して安易に謝ってはいけない。という意味だったのでしょう。
しかし、業界歴が長くなるにつれて分かったことがあるのです。
相手がそんなタイプの人ですら謝るべきことは謝った方がいい、むしろ謝ってしまった方がいい
どういうことでしょうか
何に対しての謝罪かハッキリさせる

謝罪する時に私が大事にしているのは
今回の件で「何に対して謝っているのか」を明確にすることです。
例えばキッチンの床下などから水漏れがあったとしましょう。
この連絡を受けた時はすぐさま「不具合でご迷惑おかけし申し訳ございません」とお話することでしょう。
あくまでここでは「何が原因かは分からないけれど、とにかく水が漏れたことでお手間が掛かった」ことに対して謝罪する訳です。
こういった「何に対して謝るか」がハッキリしていれば、その後に理不尽な要求などが来た場合でも対応できます。
先ほどの例で理不尽な要求というのは考えにくいものですが、「水漏れが気に入らないから引っ越し代をくれ」と言われたとしましょう。
その場合は毅然と「速やかに修繕はいたしますが、損害を受けた物以外はご希望には添えません」と対応すればよいでしょう。
その時に「さっき謝ったし、非を認めただろう」と言われたとしても
「水が漏れてしまい、お手数をお掛けしたことに謝罪したものです」で終わりですから、その後の要求はまた別問題です。
仮に一から十まで過失や失敗があったとしても、それに見合った責任の取り方しか出来ませんからね。
謝ったから全てを飲まねばならない。という訳ではありませんよね。
ですから、謝罪をするときにはしっかりと「○○の点について申し訳ございませんでした」という風に明確にすることが良いでしょう。
この「何に対して謝っているのか」を明確にすることにしてからというもの、謝罪した後の無理難題などに悩まされることが激減しました。
気持ちの面でも変化しました。
これまでは謝罪した後は「いいなり」のような気分でしたが、謝る対象を明確化してからは
「〇〇に対しては申し訳ないが、その要求までは無理です」というのをハッキリと言えるようになりました。
また謝る姿勢も変わったように思います。
自分は納得していないのに体裁だけで謝ろうとすると、ついつい「自分は悪くないのに」という感情が出てしまいます。
しかし明確化していれば「概ねこちらは悪くないが、この点は確かに至らなかったな」と思い、その点だけは真摯に謝ろうと素直に思えるようになりました。
不思議なもので、そうやって真摯に謝った点はすんなり相手も認めてもらえるのです。
また早期に非を認め謝罪することで、怒りの火も早めに鎮まるものです。
こちらに一定非があるにも関わらずに謝罪を拒み続けると、本来「謝罪をしてもらえれば十分」という方ですら強硬な姿勢に変えてしまうこともあるからです。
正直、この方法を取り入れてからはトラブル解決スピードが段違いになりました。
相手方も非を認めてくれたという思いで、その後の対応にも協力的になってくれるケースが多くなり、理不尽な要求をしてくる方には「謝罪したのは〇〇という点であって、それ以上は別問題」というスタンスを取れるようになったことが要因だと思います。
謝る時こそプライドを

こうやって正しい謝罪の方法が分かってからは劇的に変わりました。
謝ったにも関わらず、相手がこちらを尊重してくれるようになりました。
むしろクレーム気質だった方ですら、こちらに一目置いてくれるようにもなりました。
謝罪すべき点を明確にして真摯に謝ることで、相手方は「この点だけでこんな要求は出来ないな」と抑止にもなっているのでしょうか。
またそうやって毅然として頭を下げることで、信頼にもつながるのでしょうか。
相手方の心境の変化なので私は分かりません。
ここまで読んでいただいても「そんなのキレイごとじゃないの?」と思われることでしょう。
でも、私は事実この謝罪の仕方で解決してますし、なんならトラブル後にも関わらず相手からお仕事の依頼を受けたりと良いことばかりです。
謝罪はするが、それは相手に屈してのものではなく、自分自身が反省した点について謝罪する。
そういった強い想いと毅然とした謝罪こそ最良なのだと思います。
謝るのに変なプライドが邪魔して中途半端な謝罪をしてしまうと相手の怒りは収まるどころか悪化することでしょう。
謝るときこそ、プライドをもってしっかりと頭を下げることで、相手からの評価も解決のスピードも全然違うのに・・・
「謝ったら死ぬ病」に罹ってらっしゃる皆さん、一度試してみてはいかがでしょうか?
きっと後悔はしないと思います。
もし効果が無かった場合はご連絡ください。
試してもらったにも関わらず、効果が出ずにお手間を掛けたという点について真摯に謝罪させていただきます。
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一生懸命に生きた人の話 ~ある「完璧に整理整頓された部屋」~
賃貸管理というのは、本当に奥が深い仕事です。 みなさんの生活の基盤である「住まい」をお預かりする仕事。 そのため、他の職業よりも多く、人の人生の裏側を垣間見ることになります。 不動産業界に入って18年になりますが、いまだに業界内ではヒヨッコ扱いされることもあります。 それでも、数え切れないほどの賃貸管理を経験する中で、時に人の人生の岐路や、その「終わり」に直面してきました。 今回は、私が過去に出会った「名もなき人」の生き様について、少し書いてみようと思います。 一般的に、人生の輝きというと、スポーツ選手や成功者のドラマチックなエピソードにスポットが当たりがちです。 でも、世間では名も無い人たちが人生の岐路で見せた、一瞬の火花のような輝きも、私の胸を打ちました。 当然ながら登場人物は、一部フィクションなどを織り交ぜながら、決して特定されないように書いていますからね。 整理整頓された部屋 長いこと賃貸管理を行っていると、時には亡くなってしまう方が当然出てきます。 病気や事故、そして自死など要因は様々です。 人間には必ず訪れますから、私にとっては当然ではあるのですが、やはり少し思うことはあります。 「少し前に会った時には元気そうだったのに」とか「良い人だったよな」とかですね。 ただ、強烈に覚えているお部屋があるのです。 まずは原因は自死でした。 みなさん、よく勘違いされがちなのですが、賃貸管理のお仕事というと、ご遺体や凄惨な現場などに立ち会ったりすると思われがちなのですが、このご時世ほとんど、そういう現場に入ることはありません。 ご遺体などは警察などが対応してくれますし、仮に酷い現場だった場合も私たちは入ることなく、専門の業者さんに任せることになりますので、実際に管理会社として、そのような特殊な現場に入ることは基本ありません。 かくいう私もご遺体などを見たことは数える程度しかありませんし、長年勤めてくれているスタッフに至っては、そういった光景を見たことはありません。 話を戻して、一報が入り現場へ向かいましたが、その時の現場は少し変わっていました。 まずは異常なほど発見が早かったのです。 というのも、一週間に3度ほど来客がある方で、正にその日だったのです。 そして、私が一番驚いたのが お部屋がきっちりと整理整頓されていたのです。 警察官も「ここまでキレイな状態は珍しいですね」という位です。 やはり自死を選ばれる方は、バランスを崩しているせいか、お部屋が荒れていることが多く、室内は滅茶苦茶だったりします。 当然といえば当然ですが しかし、そのお部屋は、しっかりと整理整頓されていました。 宅内や冷蔵庫には生ゴミや食品などもなく、テーブルの領収書なども角を揃えてありました。 恐らく、この日を迎えるにあたって少しずつ減らしていったのでしょう。 本棚の本もキレイに揃えてあり、お金などもしっかりとテーブルに集められていました。 そして、予定通りの来客が来て、不審に思って連絡してくれるであろうことも分かっていたのでしょう。 私はそれを見て、なんとも複雑な感情でした。 この人は何か、自暴自棄になったのでも、衝動的に行ったのでもない しっかりと、後のことを考えて、少しでも周りに負担がないようにしたんだな 変な表現かもしれませんが、最後の最後まで「ちゃんと」していたんだなと たしか遺書などは無かったようだと聞きました。 その方がなぜそのような決断をしたのかは、分かりません。 でも、私はなぜか、この人は「一生懸命に生きたんだな」と思いました。 そう思えるようなお部屋でした。 その方の生前のことは全く知りませんが、人生というものに真摯に向き合っていたんだということは、ハッキリと理解できました。 そして、自分だけの責任での決断だったのでしょう。 もちろん今でも自死を肯定はしませんが、不思議な感覚でした。 私はなぜか心の中で「お疲れ様でした」とだけ祈り、お部屋を後にしました。 私の中では暗い話ではないんだけど そうなんです。 実はこのお話は暗い話や、センセーショナルな部分を書きたい訳ではなかったんです。 でも文才が無いので伝わりづらいですよね。 私は、その方をまったく知りませんが「少なくとも自分は一生懸命に生きたよ」というようなメッセージを受け取った気がしているのです。 もちろん「そんなことはない」と言われたら、そんな気もします。 また、何度も言いますが、だからといって自死を肯定もしません。 私自身も後世に名を遺すようなことはないでしょうし、それに興味もありません。 だけど、この「自分の人生を一生懸命に生きる」という点では、その方とも通じる部分があったんでしょうね。 そして、その部分は誰かに知ってもらいたいと自分は思っています。 だからこそ、名もなきその方が「一生懸命に生きた」ということを誰かに知って欲しいんでしょうか。 その方と私の違いでいえば 私は今も生き続けて、その方は別の方法だったというだけの気がします。 遠いようで、意外と近いような けれども私はこれからも一生懸命に生き続けてみようと思います。 ともかく、お疲れさまでした。 またいつかお会いできた時には、答え合わせをお願いします。
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【夢物語】私がいつか作りたい部屋
建築基準法も無視してみよう 私どもロータスホームは賃貸管理が本業です。 いつも「どんな部屋にみなさんが住みたいかなー」と日夜考えています。 便利さを追求したり、時にはデザインに凝ってみたりと色々考えています。 しかし、そんな中でもこう思うのです。 自分の趣味全開の部屋を作ってみたい と 今回はそんなロータスホームの代表である私 内田の趣味全開の「作ってみたい部屋」をいくつかご紹介してみましょう。 もちろん、小難しい建築基準法など無視です。フルシカトで作ってみましょう。 壁一面の水槽 冒頭の画像ですね。 実は私、熱帯魚が大好きです。 独身の頃はキレイな熱帯魚から、ピラニアやマニアックな魚なども飼っておりました。 当時はあまりお金もなく、高価な魚などは飼えませんでした。 現在も家族がおり、スペースや重さの関係などから飼育しておりませんが、またいつか熱帯魚を飼ってみたいなと思っております。 画像のように壁一面の水槽に古代魚などを飼うということをやってみたいと思います。 もちろん現実では、世話、清掃、装置の莫大なコスト、水の重さに耐えられる頑丈な基礎など課題は多いのですが、やはり夢ですよね 羊たちの沈黙部屋 このブログをマニアックに見ているという奇特な方はお分かりかもしれませんが、私内田は映画も好きです。 そんな私が作りたいのが映画「羊たちの沈黙」のレクター博士の独房部屋です。 猟奇的な犯罪者であるレクター博士と捜査官クラリスの奇妙な関係を描く映画です。 レクター博士自体は恐ろしい犯罪者でありながら、知性を感じさせる強烈なキャラクターで、後世の多くの作品にも影響を与えています 中でも印象的なのが、この独房です。 ガラスで仕切られた独房に立って待っているレクター博士の雰囲気は、それはそれは10代の私に強烈なインパクトを残してくれました。 そんな部屋もいつかは作ってみたいものですね。 ただし、トイレの横で眠るという、正に拷問的な配置は長期空室待ったなしです。 そもそも借りたい人いるんですかね。 マンガの為だけに 私、マンガが大好きです。 時間がある限り、没頭したくなる時も多々 読むジャンルも幅広く、面白ければなんでもいいです。 そんな私の夢はマンガの為だけの部屋です。 壁一面に所狭しとコミックを並べ、座り心地のよいソファと、そばには飲み物とお菓子が入る冷蔵庫 こんな所が出来たなら、一生出てこれないかもしれません。 音楽もいらない TVなどもってのほか ただただ一人で集中してマンガを読み続ける なんて贅沢なんでしょう。 とても楽しい さて、今回はこの辺にしておきましょう。 まだまだ作りたい部屋はあるのですが、キリがありません。 実は最高のお部屋というのは、絶対に「利便性」の反対側になると思っています。 趣味と刃物は、尖れば尖っただけ刺さります。 このアンバランスで歪な物ほど、なぜか人間の心をつかんで離さないんですよね。 今回は私の趣味でしたが、いつかお話する機会があれば、あなたの趣味全開の部屋を聞かせてください。 またいつか書きたいものです。
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経営者は孤独、という言葉に酔っていないか? ビジネスの失敗=人格の否定ではない、私自身への手紙
経営者は孤独だ、とよく言われます。 夜中にふと目が覚めて、借入金の残高や、今後の社員の給料、あるいは先行きの見えない景気の動向や未来を考えると、胃のあたりがギュッとなる感覚はあります。 私くらいの規模の経営者でもそう思うことがあるのですから、もっと規模が大きくなったりすれば、そのプレッシャーは想像もつかないだろうな、と考えたりもします。 確かに、相談できる人が周りにいたとしても、この特有の不安感やプレッシャーというものを気軽に打ち明けることは難しいものです。 最終的にすべての責任を取るのは、自分一人だけ。 そういった重荷を一人で背負い続けるという意味で「経営者の孤独」というものは確かに存在するのかもしれません。 でも、最近もう一つの視点で思うこともあるんです。 これは本当に、経営者にしか分からない孤独なのだろうか。 また、「経営者の孤独」という言葉に自分たち自身が縛られすぎて、必要以上に自分を追い込んでいないだろうか、と。 今日は、私が感じている「仕事」というものについて、少し肩の力を抜いてお話しできればと思います。 誰もが「自分の戦場」で孤独に戦っている 「経営者は孤独で大変ですね」 たまに、こんな言葉をかけてもらうことがあります。 そう温かい声をかけてもらうと、正直なところ救われる気持ちになります。 何だか自分が「戦地へ赴くヒーロー」のような扱いを受けている気がしてくるからです。 よくぞこの苦労を分かってくれた、と内心で鼻高々になっている部分もあるのでしょう。 ただ、ふと考えてみたのです。 「あれ?でも独立する前の自分って悩みや不安、孤独感なかったっけ?」と 思い出してみれば、サラリーマン時代も日々悩んだり、不安になったり、強い孤独感を感じていました。 当時の仕事のプレッシャー、家族の将来、自分自身の限界や将来、先行きの見えない社会、健康や体調、お金、人間関係などで眠れない夜を過ごす。 おや?眠れない夜もあったのも変わらないのではないか? 『いやいや、それは単に悩みやすいだけで、経営者になれば、従業員の家族まで、背負っている人数なども違うんだよ』 『経営者は誰にも変わってもらえないプレッシャーが特別にあるんだよ』 確かに、一理あるかもしれません。 例えば「悩み」というものを、動かしている金額や人数をベースにして換算するのであれば、そう言えるでしょう。 「自己破産する可能性だってある」「自分が間違ったら多数の人を路頭に迷わす」 金額や人数をベースにして悩みを換算するのであれば、一般的には経営者の方が悩みは深いともいえるでしょう。 それでも、よくよく考えたら金額の大小は悩みの本質とは無関係な気がします。 なぜなら、金額をベースに悩みの大小を決めるとしたなら、多くの経営者の悩みはイーロンマスクや孫正義という超巨大企業の人と比べるとちっぽけな悩みということになります。 それでいいのでしょうか。 もし「金額や人数が小さいからお前の悩みは大したことがない」と言われて納得できるなら、経営者の孤独なんてたかが知れていることになります。 仮にそうだとしても、何の解決になるんでしょうかね。 また、そこまで極論でなくとも「自分が失敗したら全てを失うかも」という点では、経営者か否かで、そんなに変わりはないともいえます。 私は、かつて麻雀の神様とも呼ばれた作家、阿佐田哲也氏の言葉が、この悩みの本質を突いていると思っています。 たしか、こんな言葉でした。 「レートが高いから偉いのではない。その人間が、逃げ出したいほどの恐怖を感じる金額を賭けているかどうかが勝負なのだ」 「10万円で震える奴もいれば、1億で笑う奴もいる。だが、そいつにとっての『最後の一枚』を賭けた時の孤独は、金額に関わらず同じだ」 私は、人の悩みもこれと同じだと思っています。 「破滅」や「後がない状況」がよぎる局面において、人が感じる孤独や不安の純度に、金額や人数は関係ありません。 上司との人間関係に悩み、家族の将来を思い、この混沌とした社会情勢、自分自身の健康や病気などに眠れない夜を過ごす。 それは、経営者が資金繰りや経営に悩むのと、本質的には同じ「人生の重み」だと思うのです。 数千億円の負債も、個人の住宅ローンも、それが当人にとっての「破滅」を意味するなら、そこにある絶望の深さに違いはありません。 そう考えると、経営者だけが特別に孤独で、特別に不幸なわけじゃない。 こういう結論になってしまうのです。 それぞれ「自分の選んだ道」ではある 少し厳しい言い方に聞こえるかもしれませんが、今の私の正直な気持ちを言えば、経営という仕事は「自分で勝手に始めたこと」です。 誰かに強制されて起業したわけでも、無理やり借金をさせられたわけでもありません。 「よし、やってやろう」と決めたのは、他でもない自分自身です。 そうして自分自身で選んだ道なのですから、「経営者は孤独だ」とか「サラリーマンの方が楽だ」というのは、少し被害者意識が強いのではないか、と感じてしまいます。 自分で勝手に出場を決めたマラソン大会で、「走るのがキツい、足が痛い、誰も助けてくれない」と泣き言を言っているようなものです。 沿道の人は応援してくれるかもしれませんが、代わりに伴走してくれるわけではありません。 でもね だからといって、「悩むな」とか「大したことじゃない」と言いたい訳でもないんです。 そうではなくて、経営者だけが特別に孤独で、特別に不幸なわけじゃない。 だからこそ、自分だけが重荷を背負っていると考えるより、「みんなそれぞれ大変だよな」と捉えるほうが、ずっと救われませんか。 そう思えると、なんだか少し、世の中の人たちと「戦友」になれたような気がして、孤独感が和らいでいくのを感じます。 現代社会は、誰もが何かしらのプレッシャーと戦っている「大変な時代」です。 自分だけが苦難の道を歩いているのではなく、今日も世界の誰かが自分と同じように歯を食いしばって歩いているんだ。 と思うことで冷静になって欲しいのです。 なぜそうすべきかというと そう思わないと自らの道を絶ってしまう人が多いからです 成功も失敗も人格とイコールではない 経営をしていれば、本当に余裕がなくなる瞬間はあるでしょう。 資金繰り、トラブル、従業員の問題、先行き、事業の失敗など悩みの種は尽きないと思います。 私も少しは分かると言いたいですが、その悩みを本当に理解することは家族でも簡単ではないことでしょう。 そんな時にはきっと、頭の中が真っ白になって、周りのすべてが敵に見えるような時なのでしょう。 色々なデータはありますが、経営者や個人事業主などの自殺率は2~6倍程度とやはり高い水準だそうです。 少し前の秋田県での調査では、以下のようなものが要因としてあげられるそうです 中小企業経営者の特性 経営と資本が分離していない 社長や家族が連帯保証人である 破産や倒産によって自宅や財産の全てを失う ステークホルダーが大勢である 地域の町興しのリーダーなどである 自己実現の夢を追い求める 一国一城の主意識がある 決断力が強い 名誉、信用、プライドを重んじる 弱音をはかない 後半の要因などは皮肉ですよね。 本来は長所と思われるような部分により、結果的に自分自身の道を絶ってしまうのですから。 実は今日書きたかったのは、この点なんです。 私の周りでも、残念ながら事業が上手くいかなくなり、倒産された方もいました。 そんな時に、無関係な人達は後から 「俺はあそこはヤバいと思ってた」「あそこの社長は〇〇だったから」などと無責任な後付けが飛び交います。 まるで失敗したのは全て社長の人格や能力の無さという風潮ですね。 もちろん、一部にはそのような要素も含まれることはあるとしても、全てではないハズです。 極論ですが、私はビジネスでの成功も失敗も「人格」とは無関係な気もしています。 真っ当に頑張ったからといって必ず成功するわけではないし、失敗したからといってその人の人格がダメなわけでもない。 ビジネスの結果は、運や時流、タイミングといった、自分ではコントロールできない要素にも大きく左右されます。 数年遅ければ大成功していた、あるいは数年早ければ倒産しなかった。 そんな話は、この世界には山ほど転がっています。 自己責任だからこそ 誰かに強制されて社長になったわけでも、無理やり借金をさせられたわけでもありません。 「よし、やってやろう」と決めたのは、他でもない自分自身です。 でも、これは自分を責めるための言葉ではありません。 むしろ、「自分で決めたことなんだから、周りの期待や世間の目に過剰に反応しなくていいんだ」という、自分を自由にするための言葉なんじゃないでしょうか。 誰かに頼まれたわけじゃない。 だから、教科書通りの「立派な社長」を演じる必要もありません。 経営をしていれば、本当に余裕がなくなる瞬間がくることでしょう。 通帳の残高が減っていき、頭の中が真っ白になって、周りのすべてが敵に見えるような時です。 そんな時、どうかこれだけは忘れないでください。 お金がなくなることは、単に「お金がなくなった」という事象に過ぎません。 あなたの人間としての価値や、これまで積み上げてきた努力が否定されたわけではないのです。 例えば会社をたたむことになったとしても、それは人生の敗北ではありません。 今の日本では、命まで取られることはありませんし、やり直すチャンスは必ず用意されています。 そもそも、先の例でもある通り、経営者だから無条件に偉い訳でもないでしょう。 もう一度経営を志す気持ちがなくても十分じゃないですか。 誰に強制される訳でもないんですから。 私自身は、ようやく今年で5年を迎える若輩者です。 そんな私の言葉では説得力はないかもしれませんが、一旦落ち着く手助けになればいいなと思います。 長くなりましたが、あなたの苦しみはひょっとしたら、みんなも同じような不安や孤独の中、ギリギリのカラ元気で明るく見せているだけかもしれませんよ。 それでも、どうしてもダメな時には「一生懸命頑張ったけど、ダメだったな」と明るく諦めてみませんか。 私はそんなあなたのことを決して笑ったりしません。 今回の記事は、私自身の「雑談」であり、未来の自分への手紙でもあります。 私自身も経営者の端くれで、これからどんな苦境が待ち受けているかも分かりません。 今日まではたまたま運が良く、一年ずつを生き延びているだけかもしれませんからね。 いつか私が、本当の孤独に震えてしまった時。 この過去の自分の考えを、未来の私が読み返して、「ああ、そうだったな」と思い出してほしい。 自分の為にも書く記事は、これが初めてかもしれませんね。 次回からは、もっともっと、どうでもいい、しょうもない内容を書いていこうと思います。 だから、これを読んでいるあなたも、たまには見に来てもらえませんか?
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社長なりすまし詐欺メールの手口と、導入すべき対策
なんじゃこれ?自分からメールが来たぞ? おや?「私がみんなにメールを出しているぞ?」最初の違和感は正直これでした 冒頭の画像がそのメールです。 最近、法人の代表メール宛てに、社長になりすましたメールが届くという事案が多発しているそうです。 手口はこうです。 まず代表者や社長の名前を騙ってメールを送り、LINEグループを作らせる。 成功した場合、そのグループ内で「今、出先でどうしても外せない急用ができた」とか「緊急で支払いが必要になった」と、権限を持っている社員に指示を出す。 そして、そのまま一気に指定の口座へ振り込ませる、という流れだそうです。 犯人が事前にうちの組織図を徹底的に調べて……なんていう、映画のような話ではないと思います。 ただ単純に「社長」という名前を使い、「緊急だ」と煽る。 たったそれだけで、真面目に仕事をしている人ほど「なんとかしなきゃ」という責任感から、冷静な判断力を奪われてしまう。 実は、当社でも最初は同じようなことがありました。 幸い、スタッフから「内田さん、これ違いますよね?」という確認が入ったので事なきを得ましたが、その報告を受けた時は正直、「ようやるな」と思いました。 対策はしておこう 「自分だけは大丈夫」 「うちの社員に限って」 そう思いたい気持ちもありますが、今の詐欺はそんな甘い考えを軽々と越えてきます。 一瞬の隙や、忙しい合間を縫って滑り込んでくる。 確認してくれたスタッフには感謝しかありませんが、個人の機転だけに頼っていては、いつか限界が来ます。 そこで当社では、もう「ルール」を決めました。 「このルート以外での金銭的な指示は、たとえ私からの言葉であっても、100%無視すること」 これだけです。 「おかしいな」と疑う必要すらありません。 決められたルール以外の連絡は、すべて「偽物」として扱う。 そう決めてしまえば、スタッフも迷わなくて済みます。 私自身、もし本当に急な支払いで困ったとしても、そのルールを破って指示を出すことは絶対にしません。 それにしても、嫌な世の中になったものです。 悪人はどんどん賢くなりますし、今後はAIを使って、私の声や喋り方まで完璧に模倣した「偽物の指示」が飛んでくるようになるでしょう。 いつの時代も最新の技術は戦争や悪事に使われるものです。 技術の進歩が、人を騙すために使われる。 今一度、これまでの防犯をもう一段階強化していく必要があるんでしょうね。 便利を追及した私たちは、最終的には、アナログに戻らざるを得なくなるんでしょうか。
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【全国比較】鹿児島の賃貸は安い高い!?礼金ゼロ・更新料1万円の「独自ルール」を徹底解説
https://lotushome.jp/blog/5697/ 前回は、不動産売買における商慣習の違いを書いてみました。 実は賃貸でも、それぞれの地域によって常識というのは異なります。 今回はそんな「お部屋探しの常識」の鹿児島バージョンを書いてみようと思います。 これから鹿児島県へお引越しを考えている方や、逆に鹿児島から他県へお引越しを考えている方に 「え!鹿児島の常識ってこうなんだ!」という点をお伝えしてみようと思います。 私は不動産業界にはじめて飛び込んだのは東京でした。 その後に鹿児島県へ帰ってきて、今に至りますが、その当時に私も「え?そうなんだ!」と勉強になりました。 そんな内容をみなさんにご紹介してみましょう。 東京や福岡から鹿児島エリアへ引っ越してくるお客様に、初期費用の見積書をお出しすると、かなりの確率で驚かれます。 「これ、なんですか?」と真顔で聞かれることも珍しくありません。 実は、鹿児島の賃貸市場には他県とは違う「独特のルール」がいくつもあります。 今回は、お部屋を借りる時にかかる費用を項目別に分けて、全国的な常識と鹿児島の実態を比較していこうと思います。 自分の住んでいる環境とどこが違うのか、あるいはどこに注意すべきなのか、ぜひチェックしてみてください。 礼金:都会は「お礼」、鹿児島は「なし」 まず、県外の方が一番驚くのがこの礼金です。 全国(特に関東圏)では、家賃1〜2ヶ月分を「お礼」として大家さんに支払うのが今でも一般的です。 そもそも礼金自体は、関東大震災の時に住宅不足の最中に生まれたとか、戦後だとか、上京する子供をお願いしますという意味だとか、言われておりますが、諸説あるようです。 ただ、入居前に家賃の1〜2ヶ月分を支払うというのは慣習として残っています。 しかし、現在の鹿児島では礼金なしの傾向が非常に強くなっています。 これは大家さんが優しいから、という理由だけではないと思っています。 賃貸物件の供給が多いこのエリアで、入居者さんに選んでもらうための「競争の結果」として削ぎ落とされたものだと思っています。 初期費用でいきなり10万円単位の差が出るのは、鹿児島ならではの大きなメリットですね。 敷金:消えゆく「担保」とペット可の防衛線 入居時に預ける「敷金」これは近年大きく変わってきています。 昔は「預けておいて退去時に精算」が当たり前でしたが、今は最初から預からないスタイルが主流になりつつあります。 ちなみに関西圏では敷金・保証金を預かることは一緒ですが、「償却」といって一定額は、返還しない。という慣習がある地域もあります。 鹿児島はどうかといえば、昔は敷金1カ月~というのが主流でしたし、今現在も珍しくはありません。 ただ近年は敷金それ自体が「なし」というのが主流になりつつあります。 なぜ「なし」が増えたかというと、家賃保証会社の普及が大きいと思います。 昔は家賃の滞納、原状回復の未払などに備える目的で敷金を預かっていましたが、今では最悪の場合、家賃保証会社があることから、無理して敷金を預からなくてもいいかな。と流れが変わってきました。 その為、敷金なしが増えてきています。 ただし、一点だけ例外があります。 それは「ペット飼育時」です。 ペットと一緒に暮らす場合は、敷金を1〜2ヶ月分「積み増し」するのが今でも常識です。 これは退去時の修繕リスクを考えると、避けては通れない防衛線だと言えます。 この積み増しがあるからこそ、大家さんも安心して「ペットOK」と言えるのです。 最近では、この積み増しに変わって賃料の「増額」で対応する新築なども増えてきていますね。 保証会社:一括払いか、月々の定額か 保証会社への加入は、今や全国どこでも必須になりつつあります。 正直、この部分はあまり全国的にも変わらないかもしれません。 というのも、家賃保証会社自体は全国規模の会社が多いため、エリア限定の慣習というのは生まれにくいと思います。 基本的には「初回の契約時に家賃の半分から1ヶ月分を払う」という一括払いが多い印象です。 鹿児島でも、初回費用を賃料総額の50%~と安く抑えつつ、月々の保証料と口座振替手数料をセットにして「月額600円〜1,000円程度」を支払うパターンが一般的です。 「毎月払うのは損じゃないか?」と思われるかもしれません。 しかし、月々の少額負担にすることで、2年に1回の更新手数料よりは計算がしやすい。という狙いなんでしょうね。 月々の数百円で「支払いの信頼」をサブスクしているような感覚ですね。 ネット無料:完全無料か、開通費が必要か 「インターネット無料」という言葉も、今や当たり前の設備になりつつあります。 ただ、鹿児島でネット無料物件を探す時は、少しだけ注意が必要です。 完全に月額も初期費用も「0円」という物件もあれば、初回開通費として「5,000円〜1万数千円」かかる物件もあります。 この違いは、建物の設備状況やプロバイダとの契約形態によります。 初回費用がかかる物件は、その分だけ回線が安定していたり、サポートが充実しているケースも多いものです。 パンフレットの「無料」という文字だけで判断せず、入り口でいくらかかるのかを確認しておくのが賢いお部屋探しのコツです。 ちなみに速度でいうと「YouTubeを見るのには問題ないが、PCゲームは難しい」程度だと思っておくといいと思います。 また、夜間は繋がりづらかったり、速度が遅くなったりというのも特徴かもしれませんね。 快適なネット環境を目指すなら、やはり自前で回線を引くのがベストだとは思います。 暮らしの安心サービス:転ばぬ先の・・ 最近、鹿児島で増えているのが「安心サポート」などの月額サービスです。 月額1,500円程度で、加入が条件となっている物件も多く見られます。 「なんじゃこりゃ?」と思われる項目ですが、多くのサービスに共通しているのが 鍵紛失時の鍵開けが無料対応 水漏れやトイレの詰まりの24時間無料対応 窓ガラスの破損対応 大手チェーンの割引サービス このように暮らしの万一に備えるという名目になっています。 これ、一見すると「余計な費用」に見えるかもしれません。 ただ、これは管理会社の体制変換が大きく関わっています。 今現在の管理会社は、どんどん鍵の預かりをしなくなっています。 これは管理の手間を削減しているというよりは、防犯面も懸念しています。 不動産業界では何年かに一度程度の割合で「管理会社職員が合鍵を使って空き巣」や「女性宅に侵入」などのニュースがあったりします。 これは管理会社として意図していない、そして管理会社、入居者ともに重大なダメージを負ってしまいます。 これを防ぐため、鍵の管理コストを削減する為、いろんな理由で廃止しています。 そんな中で、深夜2時に鍵を無くして家に入れない、という絶望的な状況を想像してみてください。 個人で鍵屋さんを呼べば数万円が飛んでいきますが、このサービスに入っていれば無料で開錠してもらえるのです。 数々の「鍵紛失パニック」を見てきた私からすれば、月1,500円でこの安心を買うのは、まぁ分からんではないかな。と思います。 いずれにしても、鹿児島に限らず全国で主流となってきております。 鍵交換費用と更新手数料 最後は、入り口と出口の話です。 鍵交換代は、鹿児島では「13,000円〜22,000円程度」が相場です。 国土交通省のガイドラインなどでは「大家負担」を推奨されていますが、全国的にも「借主負担」とするのが現在の主流です。 ガイドラインはあくまで「推奨」するだけで、実際は貸主と借主の条件で決めるものとされている為ですね。 ちなみに費用は、鍵の種類(ディンプルキー)などによっても変動することがあります。 渡される鍵の本数は2本が一般的です。 そして、長く住む人にとって最大の恩恵が「更新料」です。 東京などでは、2年ごとに「家賃1ヶ月分」の更新料を払うのが当然のルールです。 しかし、鹿児島では家賃に関わらず「更新事務手数料として10,000円/2年」が一般的です。 家賃5万円の人が東京で更新すれば5万円かかりますが、鹿児島なら1万円で済むのです。 この「長く住むほどお得になる仕組み」こそが、鹿児島賃貸の真髄かもしれません。 ちなみに北海道などは更新料「なし」が主流です。 上には上がいますね。 しっかりと確認しよう いかがでしたでしょうか。 場所が変われば、お金の「常識」もここまで変わります。 それぞれに全国と比べると違う部分や、全国的にも変わらない部分もあるのが実態です。 大切なのは安い・高いという数字だけを追うのではなく、その費用が何のためのものか。 またそういった費用も踏まえて「自分にベスト」かどうかを確認して欲しいものです。 それを納得した上で選んだお部屋は、きっとあなたにとって最高の家になるはずです。 あなたにとっての素晴らしい鹿児島になるように願っています。 そして鹿児島から旅立つあなたの「全国の常識」を学ぶ機会になれば嬉しいです。





