
みなさんは借地借家法という法律をご存じでしょうか?
簡単にいえば、土地建物を貸し借りする時の法律です。
みなさんがお部屋を借りて住む場合にも「借地借家法」をベースにして契約書は作成されています。
歴史的には明治頃から土地建物に関する法律というのはありましたが、戦争や大地震などを機に改正されており、直近ではバブル期にも改正されて今に至ります。
住宅というのは国民の生活の基本になるものです。その為、当事者同士に自由に任せてしまうと、横暴な大家さんに突然の値上げをされたり、ある日突然追い出されたりなど、時には生命の危機になることもあります。
その為、借地借家法という法律で賃貸市場において、主に借主保護の側面が強い法律となっています。
もちろん、この理念には賛成です。
立場的にも弱い立場に置かれやすい借主を保護すべきと私も思います。
しかし、そんな借地借家法ですが、年々の改正により昨今ではもう一つの問題が出てきました。
弱者保護のハズが弱者を保護できず、また大多数の普通の方を苦しめることになってきたのです。
今回は借地借家法に思うことと、本来あるべき姿を個人的な意見として書いてみたいと思います。
やったもん勝ちの現状

皆さんは考えたことがありませんか?
「私は家賃を滞納しないのに、家賃保証会社に加入しなければならないんだ?」と
そう昨今、一般的になった家賃保証会社への加入
全国的にも賃貸の契約をする際には、昔ながらの連帯保証人だけでなく、家賃保証会社への加入が必須となりつつあります。
こうなった背景の中にも借地借家法が影響しているのです。
借地借家法というのはザックリといえば
賃借人がよっぽど悪いことをしていない限りは大家からは解約できない
こんな法律です。
本来はそりゃそうだろうと思うのですが、この「よっぽど」の基準が高すぎるのです。
例えば家賃滞納一つとっても中々のハードルです。
滞納については現在3か月以上滞納されて初めて裁判に出せます
3か月を経過するまでは「よっぽど」に入りません。
これは中々の基準だと思うのです。
皆さんは、日々の生活で各種のお金のやり取りをしていると思うのですが、例えばレンタカーを借りて、レンタル代を払わずに3か月使用することが出来るでしょうか?
飲食店でお金を払わずに3か月間飲み食い出来るでしょうか?
家賃は3か月までは「まあまあ」となっています。
しかも3か月を経過したとしても大家側は「即刻出て行ってくれ」と言っても、出ていかなければ自力でなんとも出来ません。
食い逃げは捕まえることが出来ますが、家賃滞納は裁判上の手続きが必要になります。
3か月経過してから裁判を起こし、判決が出てから解約し、解約に応じなければ自費で強制執行
この頃には家賃滞納は更に膨らみつづけています。更に夜逃げなんかされた日には強制執行代も含めると100万円前後の出費となる場合も珍しくありません。
こんなリスクを抱えては大家側は安心して貸す訳にはいきません。
そういった現状をカバーする為に家賃保証会社が登場しました。
家賃保証会社の仕組みとしてはザックリいえば
滞納しない善良な人も全員家賃保証会社に加入すれば差益が出る
という仕組みです。
たまに出る家賃滞納での出費を善良な賃借人でカバーしているのです。
仮に家賃滞納に対してここまで借地借家法が厳しいものでなければ、家賃保証会社は生まれることはありませんでした。
普通の方も苦しめられる借地借家法

他にもこの借地借家法は普通の入居者さんに牙を剥くことがあります。
それが「生活マナーの苦情」です。
正直、この借地借家法がある前提では「やったもん勝ち」となるケースが大半です。
例えば音の苦情などは正にこれです。
賃貸借契約書には当たり前のように「騒音・楽器の演奏は不可」と記載されているでしょう。
悪質な騒音を出す人がいた場合でも借地借家法は簡単に解約を許しません。
悪質な入居者とはいえ、改善を促し、改善されないと分かったら裁判上で「いかに悪質かの証拠を集め」「多額の費用を掛けて」
それでも解約できるかは五分五分です。
よく騒音問題について「管理会社が何もしない」「大家も金が入ればいいんだ」と言われたりしますが、管理会社や大家にも権限が無いんです。
管理会社も大家も問題ある入居者だった場合、注意をすることは可能ですが、言うことをきかす権利も強制力も実はありません。
解約して相手に退去を促した場合、下手すると逆に裁判で負けてしまうことだってあるのです。
管理会社も大家も他の大多数の方に迷惑を掛ける人には出ていってもらいたいものです。
大多数の平穏な生活を一部の困った方が乱していい訳などありませんから
でも、借地借家法がそれを許しません。
多くの労力を掛けて調査し、改善を長い期間掛けて促し、多額の費用を掛けて裁判し、それでも退去しない場合は、更に多額の費用を掛けて強制執行
こんな現状です。
借地借家法が規定する「弱者保護」は普通の方々の平穏な生活を犠牲にして達成することなのでしょうか?
甚だ疑問です。
これでは少数の問題行動をする方のツケを大多数が払っているのです。
逆に弱者が受け入れられない現状

こんな行き過ぎた弱者保護の結果、どうなったかというと
リスクが少しでもありそうな人には貸さない
となったのです。
その為、高齢者や障碍者、シングルマザーなどの本当の弱者と呼ばれる方たちを受け入れることを大家側は躊躇ってしまいます。
「もし問題が起きたら解決には多大な労力が掛かる・・・」
そうすると困っている人を助けたい気持ちはあるが、問題が起きたリスクを考えたら・・・
仕方のないことです。
また、今後もこの行き過ぎた借主保護が続くとどうなるかといえば
普通の方へしわ寄せがいきます
家賃保証会社しかり、リスクに備えて大多数の方の負担が増してしまいます。
一定の借主保護は大切です。しかし、悪質な者までは保護しなくて良い
そうでなければ、大多数の普通の借主の負担が増し、社会的弱者は受け入れのチャンスも奪われるのです
私はこれが言いたいのです。
大多数の普通の方へのしわ寄せは許せません。しかし、現状では仕方ないのです。
あるべき姿とは

ではどうしたら良いのか?と言えば
良いものはいい!悪いものは悪い!裁判は必要だ とするだけです。
具体的には
- 勝手に解約して追い出すのはやっぱりダメなので裁判手続きを簡易にする
- 裁判に要する費用を少なくする
- 悪質な入居者は早めに追い出せるようにする
実はこれだけでほとんどの問題は解決します。
なぜなら
問題のある入居者をカバーする為に大多数の負担がある現状ですが、問題のある入居者を簡単に裁判が出来て追い出すことが出来れば大多数の負担は軽減することが可能です。
また、問題のある入居者をすぐに追い出すことが出来れば「リスクが少ないから、受け入れてみよう」と弱者に対する受入れの意識も気軽になります。
私は霧島市の居住支援協議会に加入しており、日々社会的弱者の方への支援を行っております。
しかし、現行の借地借家法のハードルでは受け入れ側のリスクが高いのも現実です。
私はこう思うのです。
簡単に追い出せる社会は、簡単に受け入れられる社会
仮に追い出された方も、簡単に受け入れてもらえるのです。
もちろん追い出す追い出さないの判断は管理会社や大家が勝手にすべきではありません。
公平な裁判などで適正な手続きを踏むべきです。しかしその裁判は現状ではハードルがあまりに高すぎます。
もっと簡単に安価に裁判が出来ればいいのです。
空き家問題が叫ばれる昨今、受入れリスクが低くなれば、次もまた見つかるハズです。
そうして皆が落ち着く場所を探していけばいいのです。
正直者が損をしたり、偏見だけで受け入れてもらえない社会
しっかりと現実を認めて、それでも弱者に寄り添う社会はこういった社会ではないでしょうか?
私は失敗してしまうことは人間誰しもあると思っています。
そんな時に必要なのは
何度でも再チャレンジ出来る社会だと思っています。
一度の失敗で再チャレンジで受け入れてもらえない現状
それは強すぎる保護によって生み出されてしまったのです。
言葉は厳しく見えるかもしれませんが、大多数の普通の方と社会的弱者と呼ばれる方の共存には「どちらか一方だけが我慢する」という社会ではいけないと思えるのです。
お互いが共存する道は行き過ぎた保護ではないと思っています。
社会的弱者も受け入れてもらえるが、誰も我慢しなくていい社会は一定のモラルによって支えられるハズです。
私より優秀な国土交通省の皆さん、ご一考お願いします。
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賃貸マンションの台風被害、大家さんは補償してくれる?火災保険の落とし穴
台風や大雨のシーズン、窓の隙間から雨が吹き込んで、大事な家具や家電がダメになったら・・・そんな不安、感じたことはありませんか? 鹿児島県でも昨年は線状降水帯による大雨で、私たちがいる霧島市は約30年ぶりに大規模な浸水被害がありました。 激甚化したといわれる天災地変に我々は備えねばならなくなってきました。 さて、そんな台風や記録的な豪雨などにより、賃貸中のお部屋で被害があった場合は、どのようになるのでしょうか。 みなさんの大切している洋服や家具、家電、お持ちのプレイステーション5やブランド物などは?責任は? 「借りてる部屋で起きたことだから、大家さんに責任があるんじゃないの?」 「大雨や台風被害だから、管理会社が家財道具も補償してくれるのが筋でしょ」 結論からいきますと 「天災による家財の被害は、大家さん、管理会社の責任にはならないケースがほとんどです」 どういうことでしょう? 「大家さんが直してくれる」は、実は思い込み 「え、賃貸なんだから、何かあったら大家さんが直してくれるんじゃないの?」 そう思われている方、実はかなり多いんです。 もちろん、そのお気持ちはよく分かります。 毎月家賃を払っているんだから、いざという時は大家さんが何とかしてくれる。 退去の時には「原状回復は貸主負担」なんて話も聞くし、それなら家財も同じなんじゃないの?そんな風に考えるのも、決して無理はありません。 しかし、実はそうではないんです。 大家さんが負っているのは「使用収益させる義務」というもので、簡単に言えば、建物や設備を正常に使える状態にしておく義務です。 雨漏りがすれば屋根や外壁を直す、エアコンが壊れれば直す。 これはあくまで「建物本体」に対する義務なんです。 一方で、その中にある家具・家電・衣類・布団といった「家財」は、大家さんの持ち物ではありません。 入居者であるみなさん自身の財産です。 自分の財産は、まず自分で守る。 これが大原則になります。 そして、台風や大雨のような天災による被害は、原則として大家さんに補償義務はない、というのが基本的な考え方です。 ただ、これも全て「台風だから絶対に大家さんの責任なし」という単純な話ではありません。 ざっくり言うと、判断のポイントは2つです。 ひとつは、建物そのものに問題がなかったか。 以前から雨漏りを指摘されていたのに直していなかった・・・というような「本来直しておくべきことを放置していた」場合は、話が変わってきます。 もうひとつは、その台風が「この地域では普通に来るレベル」だったのか、それとも「記録的な、めったにないレベル」だったのか。 よくある規模の台風で被害が出たのであれば大家さん側の管理不足を疑われることもありますし、逆に周辺一帯が多くの被害が出るような暴風雨であれば、大家さんにもどうしようもなかった、と判断されやすくなります。 ちなみに鹿児島・霧島は台風がほぼ毎年来る地域なので、「普通に来るレベル」の基準自体が、他の地域よりやや高めに見られがちです。 とはいえ、この「建物に問題があったか」「台風は普通だったか異常だったか」という判断は、専門家でも意見が割れるグレーな領域です。 仮に大家さんに責任がありそうだと思っても、それを証明して実際に補償してもらうまでには、時間も労力もかかります。 それに、天災のたびに入居者さんの家財まで大家さんが無条件で弁償していたら、賃貸経営自体が成り立たなくなってしまうのも正直なところです。 だからこそ、「大家さんの責任を追及できるかどうか」に自分の暮らしを賭けるよりも、確実に、しかも早く動いてくれる備えを自分で持っておく方が、よほど現実的な安心につながります。 家財を守っているのは、実は「火災保険」 では、家財が濡れてしまったらどうすればいいのか。 そこで頼りになるのが「火災保険」です。 「火災保険?うちは入った覚えないけど・・・」と思われた方もいるかもしれません。 実は、賃貸契約を結ぶときに、ほとんどの方がこの保険にセットで加入しています。 最初に契約する時に、営業マンなどから説明を受けて、掛けてから入居になっているハズです。 ですが、多くの方はこの保険を「自分が誰かに迷惑を掛けた時の、大家さんや他の入居者さんへの賠償のための保険」だと思っています。 確かにその側面もあるのですが、実はこの保険、正式には「家財保険」と呼ばれる部分を含んでいて、自分自身の家具や家電もしっかりカバーしてくれる商品なんです。 つまり、台風で窓から雨水が吹き込んで、テレビやパソコン、大事な家具がダメになってしまった。 そんな時、この保険に加入していれば、修理費や買い替え費用を補償してもらえる可能性があるんです。 明暗を分けた「更新忘れ」 ちなみに、台風のシーズンになると「家財が濡れてしまったんですが、大家さんに直してもらえますか」というご相談を、私たち管理会社は毎年何件かいただきます。 同じような被害でも、保険に加入していた方は、被害状況を写真に収めて保険会社へ連絡し、無事に補償を受けられました。 一方で、保険に入っていなかった、あるいは入っていたはずなのに更新を忘れていた方は、すべて自己負担になってしまう・・・そんな明暗が分かれる場面を、何度も見てきました。 そう、ここで一番怖いのが「更新忘れ」なんです。 多くの火災保険は、2年契約になっています。 賃貸契約の更新(2年に一度)とセットになっていることが多いのですが、保険契約の更新案内は管理会社からではなく、保険会社や代理店から直接届くことがほとんどです。 引っ越しのバタバタで住所変更を忘れていたり、案内のハガキをうっかり見落としていたり。気づいたら保険が切れていた、というケースは決して珍しくありません。 台風シーズン前に確認したい3つのこと では、どうすればいいのか。 台風シーズンが本格化する前に、ぜひ一度チェックしていただきたいことがあります。 お手元の保険証券(契約時に受け取った書類)を確認し、保険期間がいつまでかを見る 分からなければ、保険会社や代理店に直接問い合わせて、契約が今も有効か確認する 契約時のプランで、家財の補償額(時価額)がどの程度に設定されているかも合わせて見ておく これだけで、いざという時の安心感がまったく違います。 知っておけば、怖くない いかがでしたでしょうか。 台風や大雨で家財が被害を受けても、大家さんが全て何とかしてくれるわけではありません。 でも、それを知っておけば、決して怖いことではないんです。 自分の身は、自分が入っている保険が守ってくれる。 そのことを知って、しっかり備えておけば大丈夫です。 このシーズン、ぜひ一度、ご自身の保険を確認してみてください。
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賃貸営業の閑散期(夏)、実は何をしているのか? 「賃貸屋さんって、夏は暇なんでしょ?」 これ、本当によく言われるんです。 友人からも、オーナーさんからも、たまに社員の家族からも。 まあ、確かにお部屋探しをしている人の数でいえば 否定できません。 梅雨が明けて8月に入ると、お問い合わせも来店もガクッと減ります。 学生さんの一人暮らし探しは春には落ち着き、転勤シーズンのピークも過ぎ、秋の実需期にはまだ早い。 お部屋を探す人自体が、この時期は単純に少ないのです。 傍から見れば「暇そう」に見えるのも無理はありません。 さて、ここからが本題です。 「反響が減ること」と「やることがないこと」は、実はイコールではありません。 むしろこの時期、我々の裏側では意外とやるべきことが山積みなんです。 今回は、管理会社が夏にしていることの一例として、当社の夏をご紹介してみましょう。 草刈り 物件の草刈り、清掃です。 都会の方にはピンとこないかもしれませんが、地方の物件では夏の草の勢いは本当に凄まじいものがあります。 ちょっと油断すると、あっという間に膝丈、下手すれば腰の高さまで草が伸びてしまう。 「先月やったばかりなのに、もうこんなに?」と驚くことも珍しくありません。 これを放置すると、物件全体が「荒れた印象」になり、せっかくの物件が台無しになってしまいます。 炎天下での草刈りは正直かなりキツイ作業ですが、秋の内見シーズンに向けて、地道に手を入れ続けるしかないのです。 最近は良い除草剤や防草シートなども出てきているので、そういった対策も一つではありますね。 しかし、地方の雑草の力強さといったら、本当にたくましいですよ。 条件の見直し 実は「待つ」も立派な選択肢 二つ目は、募集条件の見直しです。 繁忙期を通過してしまった空室があれば、何かしら手を打つ必要は出てきます。 それがリフォームなのか、賃料などの賃貸条件なのか。 オーナーさんと一緒に検討する時期でもあります。 もちろん、これ自体はとても大事なことです。 ただ、ここで気をつけたいのが「一刻も早く決めたい」という焦りです。 早く埋めたい一心で賃料を下げすぎて安売りになってしまったり、逆に「とにかく直せば決まるだろう」と費用の嵩むリフォームだけに頼ってしまったり。 これでは、目先の空室は埋まっても、長い目で見た収益はむしろ悪化してしまいます。 大事なのは、オーナーさんとしっかり意思統一をしておくことです。 必要な部分にはきちんと手を入れる、でも急いで安売りやリフォーム頼みに走らない。 そして、必要なことが完了したら、動かずにじっくり「待つ」という選択肢も、長い賃貸経営の中では十分にアリなんです。 焦って動くことだけが正解ではない、というのは意外と知られていません。 この辺りの「どの位の期間で決めたいか?決まるか?」の感覚をオーナーさん毎に調整することが必要かなと思います。 秋広告・物件写真の仕込み:本番はこれから 三つ目は、秋からの繁忙期に向けた仕込みです。 掲載中の物件写真、実は強い日差しの下で撮ると、影が濃すぎたり逆光になったりして、案外使える写真が少なかったりします。 だからこそ、天候や時間帯を選んで撮り直しをすることも多々あります。 ポータルサイトの掲載情報も、この時期に一度棚卸しをして整えておく。 繁忙期に入ってから「あ、この写真古いな」と気づいても、もう遅いんです。 静かなこの時期にこそ、地味に、でも確実に仕込んでおきます。 台風・防災対応:空室物件のチェックも忘れずに 四つ目は、台風シーズンへの備えです。 夏から秋にかけては台風シーズンでもあります。 人が住んでいる物件はもちろんですが、意外と見落とされがちなのが空室物件です。 飛ばされそうなものが周りに落ちていないか、雨戸やシャッターの動作に問題はないか。 台風が来る前後は、こうした空室物件のチェックにも時間を割く必要があります。 我々の夏は忙しい いかがでしたでしょうか。 正直、この時期の反響が減るのは紛れもない事実です。それはその通りです。 ただ、反響が減ることと、やることがないことは別問題。 草を刈り、条件を見直し、秋に向けて仕込み、台風に備える。 管理会社の一年は、目に見える忙しさだけでなく、目に見えない忙しさでできているものです。 しかし、最近の夏の暑さはスゴイですね。 本当にいつか「南向き」が嫌われる条件になるかもしれませんね。 みなさんも熱中症には気を付けて、来る秋に向けて自力を鍛えておきましょう!
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安否確認は誰でもできる?義務・費用・警察立ち会いとは?
もし今日、あなたと連絡が取れなくなったら・・・気づいて、動いてくれる人はいますか? こう聞かれると、案外「うーん」と考え込んでしまう方も多いのではないでしょうか。 さて、私たち賃貸管理会社には、時々こんな連絡が入ります。 「家族と連絡が取れないんです、部屋で倒れていないか心配で」 「従業員が無断欠勤していて・・・様子を見てもらえませんか」 こういった依頼を、私たちは「安否確認」と呼んでいます。 管理会社の義務ではない 結論からいきますと、私たち管理会社には、この安否確認に協力する法律上の義務はありません。 そして正直に言えば、対応したところで会社の利益には一銭にもなりません。 むしろ拘束時間は長く、面倒な業務のひとつです。 「管理会社なら鍵も持ってるし、緊急時はすぐ動いてくれるんでしょ?」 そう思われている方は多いかもしれません。 あら意外、実はそうではないのです。 安否確認は、あくまで管理会社が「善意」で対応しているものです。 義務でもなければ、断ったところで責められる筋合いのものでもありません。 実際、対応を渋る管理会社があっても、それ自体は責められません。 ではなぜ、義務でもメリットもないことに、私たちは時間を割くのでしょうか。 間に合った命を見てきたから 理由はシンプルです。 人命に関わることだからです。 安否確認の依頼のうち、実際に倒れていたり、亡くなっていたりするケースは、体感として5%程度です。 残りの95%は「単なる寝坊だった」「気まずい相手だから連絡を無視していただけだった」など、拍子抜けするような結末で終わります。 ですが、この5%のために対応を惜しんでしまえば、助かるはずの命を助けられなくなる。 そう思うと、面倒だからと後回しにはできないのです。 先月、実際にこんなことがありました。 ある入居者さんの安否確認を行ったところ、脳卒中で倒れているところを発見しました。 あと数日発見が遅ければ、間に合わなかっただろうと言われました。 きっかけは、その方が勤めている会社の上司からの連絡でした。「無断欠勤が続いていて心配だ」と、わざわざ管理会社まで連絡をくれたのです。 もし、その上司が「まあ、そのうち出てくるだろう」と気にも留めなければ。 もし、「他人のことに首を突っ込むのも・・・」と連絡をためらっていたら。 結果は、大きく変わっていたかもしれません。 安否確認は、誰でも自由にできるわけではありません ここで一つ、大事な補足をしておきます。 「心配だから」といって、誰でも自由に安否確認ができるわけではありません。 もし本人の意思確認もなく、言われるがままに部屋を開けられるとしたら、それを悪用する人も出てきます。 借金の取り立てをしたい人や、元交際相手を探し出したいストーカーが「心配なので安否確認してほしい」と持ちかけてくる・・・そんなことも、実際には起こり得るのです。 ですから私たち管理会社が安否確認を行う際は、必ず警察官の立ち会いのもとで対応します。 当然ですが、契約者本人に確認をします。 意外と多いのが、普通に電話に出て「その人には教えないでください」というタイプや「私から連絡しておきます」という返答です。 それでも連絡が取れない、携帯も電源が落ちているなどの場合に限り、次のステップです。 連絡してきた方と本人がどういう関係なのか、いつから連絡が取れていないのか。 事前にしっかりと事情を聞き取り、警察官にも状況を確認してもらったうえで、はじめて開錠に踏み切ります。 仮にご親族と名乗る方が来られても、それだけで勝手に開けることはありません。 また、当社では依頼をした方は必ず現地に来てもらいます。 電話だけで、誰かも分からない人からの依頼は受けられません。 そしてもう一つ。 もし開錠が必要になった場合、その費用(鍵屋さんの出張費や作業費など)は、原則として依頼者の負担となります。 管理会社が無料で何でもしてくれる、というものではないことも、知っておいていただきたい点です。 こうした手順を踏むからこそ、悪用も防げますし、私たちも安心して協力できるのです。 誰かが気にかけてくれる、という備え この出来事を通じて、あらためて思ったことがあります。 それは、「自分に何かあったとき、心配して連絡をしてくれる関係性」を、日頃からどれだけ持っているか、ということです。 会社の上司や同僚、家族、友人、あるいは近所の方でも構いません。 「最近ちょっと様子がおかしいな」「連絡が取れないな」と、ふと気にかけてくれる誰かがいる。それだけで、いざというときの結果は大きく変わります。 もちろん、誰にも頼らず一人で自由に生きたい、という価値観も、私は否定しません。 それも一つの生き方だと思います。 ただ、そういう生き方を選ぶとしても、「もしものときに、誰かが気づいてくれる仕組み」だけは、どこかに残しておいた方がいい。 今回の出来事で、私はそう強く感じました。 安否確認は、管理会社にとって義務でもなければ、得になる業務でもありません。 それでも、間に合った命を見てきた身としては、これからも力を尽くして対応していきたいと思っています。 そして、これを読んでくださっているあなたにも、少しだけ考えてみてほしいのです。 もし今、あなたと連絡が取れなくなったら、気づいて動いてくれる人はいるでしょうか。 いなければ、今日からでも遅くはありません。誰か一人、そんな関係を大事にしてみませんか。
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騒音問題は本当に難しい ~管理会社は「どこまで」やればいいのか~
騒音問題は本当に難しい 現場に立つスタッフなら、誰もが一度は通った「終わらない騒音苦情」 騒音の苦情を受け、原因と思われる方へ連絡します。 快く対応いただいたにも関わらず収まらない苦情。 出来る対応はしてみたものの、一向に収まらずに、残す解決方法は現実的ではない建て替えレベルの防音施工。 どんな対応をしても収まらないし、原因の特定も出来ないままに苦情が続く。 何とか苦情に苦しんでいる入居者さんに寄り添いたい。 だけど、手がない・・・・ 結論から言いましょう。 管理会社にできることは限られています。 そして、それでいいのです。 むしろ、そこを勘違いすると対応を誤ります。 今回は「私たちがどこまでやるべきか」というラインをある程度明確にし、その先にある「入居者同士の訴訟」という解決方法についても、スタッフとして知っておいてほしいという話です。 実はこの問題いつまでも「頑張ります」で対応を続けると、最終的には全員が不幸になる可能性を含んでいるのです。 そもそも管理会社に「解決する権限」はない まず前提として押さえておきたいのは、私たちは「建物・契約の管理者」であって「人の管理者」ではないということです。 どんな入居者であっても、強制的に退去させる権限や、部屋に立ち入って調査する権限も、私たちにはありません。 それは警察でも弁護士でもない一企業には当然の話です。 それほどに今の借地借家法というのは強いものです。 入居者保護の前では管理会社の権限など有って無いに等しいものです。 「じゃあ、管理会社は何もしてくれないのか」と言われれば、それは違います。 ここからが本題です。私たちが「するべきこと」と「できないこと」の線引きを、はっきりさせておきましょう。 スタッフが最大限やるべきこと まず、私たちがやるべき対応はこれです。 苦情を受けた際の丁寧な聞き取り(いつ、どんな音が、どのくらいの頻度で) 該当住戸・全戸への書面での注意喚起 電話や対面での状況確認と説明 対応の経緯・日時をすべて記録に残す 体感ですが、現実の騒音問題は、この対応だけで9割以上収まります。 だからこそ、面倒でも一つひとつ丁寧にこなす。 ここに手を抜くと、後々こじれた時に「管理会社はちゃんと対応したのか」という話になりかねません。 逆にきちんとやっていれば、それだけで十分に胸を張れる仕事をしたと言えます。 ただし、ここで一つ注意しておきたいことがあります。 「どこまでやったら十分か」は、苦情の深刻さによって変わるということです。 軽い苦情であれば書面注意で一旦様子を見てもいいでしょう。 しかし、頻度が高く、被害を受けている方の生活や心身に明らかな影響が出ているような深刻なケースでは、書面注意だけで止めてしまうと「対応を尽くした」とは言えません。 聞き取り→書面注意→個別の警告→連帯保証人への連絡、というように、状況に応じて段階を一つずつ上げていく。 この「積み上げ」があって初めて、私たちは胸を張って「やれることはやった」と言えるのです。 「受忍限度」を知っておくと、対応の質が変わる ここで知っておいてほしいのが「受忍限度」という考え方です。裁判所は、騒音が違法かどうかを判断する際、単純な音量の大小だけでなく 音の大きさと種類 頻度・時間帯・継続時間 建物の構造や防音性能 苦情を受けた側の対応の誠実さ こういった要素を総合的に見ています。 実際にあった裁判例では、上階の子どもの足音が問題になったケースで、音量そのものよりも「静かにしてほしいという申し入れに対し、乱暴に突っぱねた」という対応の不誠実さが重く見られ、損害賠償が認められています。 これを知っていると、私たちの聞き取りや記録の意味が変わってきます。 「音の種類・頻度・時間帯」を具体的に記録しておくこと自体が、後々どちらの入居者にとっても重要な材料になるからです。 感覚だけで「うるさい」「うるさくない」と判断せず、こうした要素を意識して聞き取る。それだけで対応の質が上がります。 なお、実際に賠償が認められた事例でも、慰謝料の相場感としては数十万円程度にとどまることが多く、測定費用や弁護士費用を含めても、被害を受けた側にとって「割に合う」金額とは言い難いのが実情です。 この現実も、頭に入れておく必要があります。 それでも収まらない時――ここが私たちのラインです 聞き取り、注意喚起、警告書・・・やるべきことを尽くしても収まらない。 そんなケースが、残念ながら存在します。 ここで大事なのは、「これ以上は私たちの仕事ではない」とラインを引くことも、スタッフの仕事のうちだという意識です。 管理会社には、どちらが正しいかを判断する権限も、どちらかを一方的に退去させる権限もありません。 ここから先まで管理会社が抱え込もうとすると、かえって当事者双方から「なぜ管理会社が勝手に決めるんだ」という反発を招きかねません。 その先にある選択肢が、入居者同士による訴訟です。民事調停や少額訴訟、通常の訴訟といった法的手続きを経て、当事者同士が白黒つける。 これは管理会社が「逃げる」ということではなく、そもそも私たちの役割と司法の役割が別のものだ、というだけのことです。 被害を受けている入居者に対して、「これ以上は当社では判断できません。もし解決を望まれるのであれば、法的な手続きという方法もあります」と、はっきり伝えられるかどうか。 これもスタッフとして持っておくべき知識です。 あいまいに「頑張ります」を繰り返すより、よほど誠実な対応だと私は思います。 そして、それまで私たちが積み上げてきた聞き取りや記録は、その入居者が次のステップに進む際の貴重な材料にもなります。 ただし、ここでも一つだけ気をつけたいことがあります。 私たちが案内していいのは「そういう制度があります」というところまでです。 「勝てますよ」「これくらいの賠償が取れるはずです」といった見通しや、訴状の書き方まで踏み込んでしまうと、それはもう管理会社の仕事の範囲を超えてしまいます。 弁護士や法テラス、簡易裁判所の相談窓口といった入り口を示すだけにとどめておく。 それが私たちの誠実さの、もう一つの形だと思っています。 まとめ それでも、騒音の苦しみというのは、経験した人にしか分からないくらい想像以上のものです。 眠れない夜が続く辛さ、原因が分からないまま苦情を溜め込む苦しさ、これは決して大げさな話ではありません。 だからこそ、私たち管理会社は誠実で真摯な対応をすべきなのです。 それは、権限もないのにあるかのように振る舞ったり、やっているフリだけで済ませたりすることではありません。 出来ることを丁寧にやり切り、それでも解決しないのであれば、適切な解決までのルートをきちんと指し示してあげること。 それこそが、私たちに出来る、そして私たちがやるべき、プロの仕事だと私は思いますよ。
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俺の屍を越えてゆけ ~変な座右の銘~
なんの話だ?と思われるタイトルですね。 今回は完全な内田の雑談です。 この「俺の屍を越えてゆけ」は私の座右の銘といえる位に好きな言葉なんです。 元はプレイステーションのゲームソフトで知りました。 しかし、私はそのソフトをやったことはありません! やったことのないゲームのタイトルを座右の銘にする奴なんか、どこにいる。と思われても仕方ないですね。 ちなみに、このゲームはタイトル通りの内容だそうです。 簡単に紹介すると 「俺の屍を越えてゆけ」は、呪いにより数年しか生きられない一族が、神々と交わり、世代を重ねて宿敵を打ち倒そうとする和風RPGです。短命な子供を育て、能力を継承させ、強大な敵に挑むという独自のサイクルが、一族の絆と儚さを描き、世代を超えた感動を呼びます。20年以上経った今も、多くのファンに愛されています。 こんな内容だそうなので、よろしければ是非プレイしてみてください。 では、本題になりますが、なぜこの「俺の屍を越えてゆけ」が私の座右の銘なのでしょうか。 今回は私の完全な雑談にお付き合いください。 人は何のために生きているのか? おっと、小難しそうな質問が来ましたね。 とはいえ、この問いはほとんどの方が、一度は通ったことでしょう。 ちなみに私はこの問いには 人間に生きる意味など特にない と考えています。 おぉ随分厭世的な奴だと思われるかもしれませんが、そうでもありません。 正しくは 生きる意味などは無いが、それでも意味は持たずにはいられないのが人間だと思っているだけです。 この辺りは、本職の哲学者などもたくさん生きる意味などは語っていますし、そもそもこの問題に「正しい答えなど無い」ので、割愛します。 私にとっての「俺の屍を越えてゆけ」はその意味でピッタリなのです。 人生は好きに生きたらいい。と思ってはおりますが、それでも意味を持たずに日々過ごすのは、私にとっては退屈だったり、活力が沸かないんです。 若かりし頃、ただダラダラと生きた時間もありましたが、それはそれで楽しかった部分もあるのですが、日々鬱屈としていた気がします。 とはいえ、自分自身に大層な野望や野心も持ち合わせてもおらず、何を活力にしていいのかも分かりませんでした。 そんな時にふとこの言葉に出会いました。 なぜか「俺の屍を越えてゆけ」という言葉に心をザワザワさせられたのです。 当時は漠然としていたのですが、自分自身に家庭が出来たり、不動産の仕事をする中で、この言葉に自分自身が寄っていったのです。 そうしている内に「俺の屍を越えてゆけ」が自分の中で「こう生きてみよう」という言葉になりました。 私はリレーの途中走者である 「俺の屍を越えてゆけ」 この言葉は自分が先に倒れて、その意志を継ぐ人への言葉です。 私自身は大層な野望や天下統一のようなスケールの大きいものはありません。 教科書に名を遺すようなこともないでしょうし、それにも興味はありません。 それでも私が生きたことで、少しでも社会や子どもたちが良くなればいいなと思っているだけです。 不動産業も一緒です。 今年建つ鉄筋コンクリート造の建物などになれば、平均寿命からすると、この建物の終焉など私は見ることはないでしょう。 土地になればもっとです。 私がいる期間など、この地球や土地からすれば、一瞬の火花のようなものです。 ただ、この期間の土地や建物を、次世代に繋ぐお手伝いをしているだけですからね。 でも、それでいいんだと思います。 現在、私は居住支援協議会の部会長という大役を仰せつかっています。 高齢の方や障がいを持つ方、ひとり親世帯など、住宅の確保が難しい方々を民間の力で支えるための組織です。 正直に言いましょう。 この超高齢化社会と人口減少が加速する日本の、そしてこの地域の深刻な難問が、私一人の代でスカッと、パーフェクトに解決するなんてこれっぽっちも思っていません。 私の力など、社会全体の大きな流れから見れば本当にちっぽけなものです。 私ごときの力で明日の朝に街が劇的に変わるわけではないのです。 では、解決できないならやる意味がないのか。 そうじゃないんです。 私の代で解決できなくても、私がここで立ち続け、失敗しながら、少しでも前に繋いでいけばいい。 私が倒れるまでにこの場所を維持し、継続していけば、いつか私の後ろから、すべてをひっくり返して解決してくれるような「本物の天才」が現れるかもしれない。 その天才が出てくるその日まで、失敗の先駆者として、社会を途切れさせずにバトンを繋ぐこと。 それこそが、途中走者である私の使命的なものだと思っています。 こんなことを言うと、子どもがいない人は関係ない話なのか、と思われるかもしれません。 全くそんなことはありません。 子どもがいる、いないなんていう狭い話ではなく、自分の身の回りの人や、これからこの街で新しく生きていく名もなき誰かのため、それで十分だと思います。 私たちは生きているだけで、次の世代に続くバトンを全員がすでに手渡されているのですから。 よくよく考えてみたら、自分が生まれたということは、生命誕生から自分までバトンが途切れずに廻ってきた証ですからね。 途中では、どうしようもない奴もいたでしょうし、立派にも関わらず早世した人もいたでしょう。 それでも何だかんだ、自分にバトンがきたんですから。 子どもがいる、いないとかではなく、自分にきたバトンを次世代に渡してみればいいんじゃないかなと思うんです。 何も政治家になって日本を変えるとか、世界的な大発明をするとか、そんな大層なことじゃなくていいんです。 一生懸命に生きていたら、きっと次世代へのバトンになりますから。 自分の周りにいる人を、ちょっとだけ大事にするとか、ちょっとゴミを拾ってみるとか、なんでもいいんだと思います。 そういったことの全てが、次のランナーが少しでも走りやすくなるようにコースを均しておくことですからね。 いつか私が力尽き、倒れた時に、ちょっとだけいい屍(バトン)になってたら最高だなと思っています。 私は私の区間を一生懸命に走ってみようと思います。





