
思い入れが強すぎる話題
みなさんも聞いたことがありませんか?
政治・野球・宗教の話題はビジネスではしない方がいい
これは真理であるのも事実でしょう。なぜならこの3つは
「好き嫌いを超えた人生観」
だからなのです。
だからこそ、軽々しく話すと「敵」認定されたり、不快に思われたりする確率が高い話題といえるのです。
与党支持者と野党支持者 巨人ファンと阪神ファン 分派した宗派 など想像しただけでも「仲悪そう」と思えます。
こういった話題にビジネス上会う間柄では踏み込まないのが得策であるのは想像に難くないでしょう。
しかし、こういった話題を避けるのはもちろんですが、時に逃げきれない・かわし切れない場合というのもやってきてしまいます。
そんな時に私が実践している方法を今回はご紹介してみます。
政治・野球・宗教でそれぞれ今まで有効だったことをご紹介します。
政治編

政治の話題というのは珍しくはありません。
国単位の話であれば話題にするのは構わないと思っています。
「消費税上がって大変ですよねー」とか「海外の戦争とか嫌ですねー」などの一般的な話などは問題ありません。
世の中で「自分達ではどうしようもない大きな問題」で論じる分には雑談として一般的だと思えます。
しかし、地域の選挙などになると事情はガラッと変わります。
ここでは明確に「敵」「味方」がハッキリと出てきてしまいます。
そんな時に「あなたはどっちの味方なんですか?」「協力してもらえませんか?」という具体的かつポジションをハッキリさせられるような事態がある場合の対処法です。
この時にあなたと協力を願い出てきた方が一致していれば何の問題もありません。
しかし、これが逆だった時には問題があります。
特にあなたは現職側、協力を申し出る方が敵対候補だった場合が一番厄介でしょう。
協力側は体制側についているあなたを崩すことは相手に取ってダメージ、こちらにとっては新規でプラスと一石二鳥となるため、熱心に勧誘してくるはずです。
この時の自分の立場について表明するのは中々リスクが伴います。
仮にあなたが現在現職に肩入れしていることで利益だったり有利なポジションを取れているならば、表立って敵対候補に肩入れする訳にはいきません。
かといって、万が一選挙結果で敵対候補が勝った場合に応援しなかった立場としてバツの悪い思いをしたくもないでしょう。
そんな時に思想信条があり応援しているならハッキリと表明してもいいのでしょうが、そこまででは無いのでしたらおススメとしては
「私は現職の味方です」
と表明するといいかもしれません。
そうすると敵対候補側からすると「敵陣営だ」と見なされるかもしれませんが、この言葉には次があります。
「ですから、あなた方が勝った場合はその後応援いたします」
ズルいですが、これ以上に自分の立場をハッキリとし、相手にもメリットのある返答はありません。
要は誰が勝っても私は現職側につきます。という表明になります。
仮に敵対候補が勝てばその後は味方につく訳ですから、その後無碍にもできないでしょう。
これは私の父が商工会議所に勤めていた折に使っていた方法でした。
商工会議所となると地域で色々な人と関わり合いをもつ一方、仕事では役所や首長と仕事をすることが多い為、選挙時期になるといつも「お前はどっちにつくのか?」論争に巻き込まれていたそうです。
そんな中で父が結論を出したのが「現職の為に一生懸命やる」という結論でした。
これでは敵対候補としても筋が通っており、かつ自分が当選した暁には協力を約束する言葉として無碍に出来ません。
自分が当選した場合には無条件で味方につくのですからね。
コウモリのように見えますが、現職と仕事をする立場の人からすると便利だとは思います。
しかし、もっと利権に絡むような話だった場合はこのようなポジションは認められないでしょう。粉骨砕身の協力をした者にしか恩恵はないでしょうが、そんな方であれば「何て返答しようか?」とは迷わないでしょうからね。
有効な返答だと思います。
野球編

伝統の一戦 などと呼ばれるようにたががスポーツ、と呼べない程度に熱狂してしまう野球。
昔に比べると熱狂的な方などは少なくなってきたように思います。
一昔前であれば「娘の結婚相手が巨人ファンなら許さん」という方や「あそこの社長は阪神ファンだから取引したくない」という極端な方もおりました。
そんな中で野球経験者だったり野球の話題が出る時に聞かれる「どこのファンなの?」ですが、返答を間違わないようにしたいものです。
「あんまりプロ野球は見なくて」と返答するのもいいのでしょうが、野球好きの方は野球談議が出来る人を理屈抜きで好まれる傾向があるので、お近づきになりたい場合、「プロ野球に興味ない」はあまり得策ではありません。
ではそんな時におススメなのが
球団ではなく、選手個人のファンだ
と表明することがおススメです。
これは本当は巨人ファンだが当然ながら相手方が阪神ファンだった場合を考えて
「私は特定の球団というよりは選手のファンでして、今だと巨人の岡本選手やヤクルトの村上選手はいいですよねー」などと選手を複数挙げるといいと思います。
もちろんプロ野球にも興味があるが、野球好きが高じて選手にフォーカスしてます。という感じです。
すると相手がどこの球団であっても話は続きます。
この時に相手が阪神ファンだった場合は「阪神の〇〇選手もいいですよねー」とか追随することも出来ます。
ちなみに私は
「球団問わず昔から外国人助っ人選手が好きなんですよー」と答えるようにしています。
そこで出す名前も少し古い外個人選手の名前を出します。「近鉄のブライアントとか西武のデストラーデは特に好きでした」などと話します。
これは子どもの頃に好きでしたから事実ですし、球団問わずに昔話ならできますからそうしています。
そうすると「昔の西武は強かったよね」とか「私は○○ファンなんだけど」と言われた時用に「○○なら誰々が好きでした」と会話できる程度の知識だけあります。
最近は私もプロ野球を中々見れておりませんので、最近の知識が乏しいということもあります。
そんな時にWBCの話題だけだと「ニワカでは?」と思われる為、少しマニアックな昔の話などをすれば「本当に野球が好きなんだな」と思っていただけます。
無理に合わせる必要はありませんが、タブーの話題だからといって全部避けてしまうと距離も縮まりません。
同じ野球好きなら球団ではなく、野球の魅力について話せば大体意気投合出来るものです。
ご参考までに
宗教編

宗教については勧誘やおススメなど様々な部分がありますが、鉄則としては
「入会などについてはハッキリと断る」というのは鉄則だと思います。
仲良くなりたいからといって「入会や入信」をちらつかせるのはおススメしません。
宗教というのは「好き嫌い」を超えて人生観です。
ですからデリケートですし、変な期待を持たせてしまうと好かれるどころか嫌われる可能性もあります。
その為、お誘いに関しては固辞しつつ、おススメなのは
「その宗教を学んでからどのように人生観が変わったか?」を聞くといいでしょう。
その宗教の教義や特徴を聞いてもピンときませんし、勧誘を誘発することが多いので
「あなたにとってどれだけ良かったのでしょう?」という変化を聞くといいと思います。
そうすると昔の話や人生が良くなったという話になり、目の前の方のパーソナルな部分が聞けます。
あくまでも宗教の話ではなく「あなたの人生観」について話してみるのです。
そこで共感したり、褒める分にはいいと思います。
その中で「こんなにいいんだから、あなたもどう?」となる場合もありますが、そこではしっかりと固辞した方がいいでしょうね。
しかし、経験上この「どう人生が変わったか」を聞いて相手の明るく変わった部分に共感したりすることで大体平穏に終わることが多いですね。
ちなみにどんな宗教のお誘いでも興味がないなら「キッパリと断る」以外の選択肢はおススメしません。
「先祖代々、○○教なんです」などといっても勧誘する人からすれば「可哀想に洗脳を解いてあげないと」と善意でお勧めしてきます。
あなたが興味をあるフリをしてしまうと「悩んでいるんだ、助けてあげないと」となってしまいます。
そこで興味があるのは「宗教ではなく、個人としてのあなた」というスタンスを取った方が良いと思います。
しかし、この3つの中では最難関の項目であることから、やはり「出来るだけ触れない」は正解かもしれません。
ビジネスだと避けられない時もある
このようにやはり直接的にこちらから触れる話題としては価値観や人生観に掛かる内容であることは間違いありません。
しかし、こういった話題こそ相手の価値観が色濃く出ているのも事実。
思わせぶりな対応や嘘を言うことは不誠実ですが、今回のように「一部分にフォーカスする」という方法は相手の価値観や人生観を傷つけたり、異なる価値観同士の衝突にはなりにくいのかなと思います。
相手のパーソナルな部分が見えると提案も変わってきたり、刺さったりする言葉を選べるとは思いますが、知識や覚悟もなく思想信条に触れるのはおススメしません。
ちなみに私は無宗派で特定の球団やファンでもなく政治も特定の団体を応援している訳でもありません。
その為、この3つについては無色透明な水みたいなものですね。
しかし、これも相手からすると「ポリシーのないやつだ」と思われるでしょう。
私は仕事以外のこだわりが極端にありませんが、仕事上のこだわりだけは人一倍強く頑固な一面もありますので、帳尻が合ってるのでしょうかね?
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社名の由来 ~ロータスホーム~
たまに聞かれますので 株式会社ロータスホームの由来 弊社株式会社ロータスホームの社名の由来です。開業当初はよく聞かれたものです。なので、今後お付き合いが生まれることも期待して、社名の由来についてお話していこうと思います。 LOTUS=蓮 ますはロータスですが、「蓮」です。レンコンは蓮の茎ですね、蓮根と書きますから根っこだと思われていますが、茎です。なぜ「蓮」から取ったのかということですが、以前書いたように私は特定の宗教を信じている訳ではありません。たまにご存じの方が仏教とかですか?と聞かれます。 確かに蓮はお釈迦様のイメージもありますからね。この会社を作る時に色々なことを考えていました。「不動産会社を作るうえで、どんな想いを表そうか?」たくさん想いはありました。しかし、最終的に思ったことは 「どんな大変な仕事でも、住まいを通じて人に喜んでもらおう、そして人の喜びを自分たちの幸せとしていこう」という思いでした。その時に思い浮かんだのが「蓮」でした。蓮というのは、ご存知の通り泥の中で咲きます。しかも泥水が濃ければ濃いほど綺麗な花を咲かせるそうです。また、蓮の葉はどんなに泥や水が付いても弾き返すのです。ことわざの「泥の中の蓮」というのはこういった特徴から来ているのでしょう。その存在が不動産の管理会社にピッタリな気がしたのです。綺麗ごとだけではない不動産業界、時には辛いこともある仕事。そんな中で自分自身まで泥に浸かって、大事な心まで汚してしまってはいけません。そこで、そんな蓮の精神性から蓮=LOTUS=ロータスを選びました。決してキレイごとや華々しいだけではない仕事をも自分たちの糧にし、しかもそれでも汚れない、そして綺麗な花を咲かす。入居者さんやオーナーさんに代わって、大変なことをしっかりやり切ろう。そんな想いを込めました。あと、蓮根がその形状から「見通しがきく」などの縁起も良い物だそうで、そんな所も気に入りました。 HOMEとHOUSEの違い 次にLOTUSHOMEの「HOME」ですが、これは「家」という意味ですね。ではなぜ「HOME」で「HOUSE」ではないのか?ですね。どちらも日本語に訳すと「家」となります。これは、正確に合っているかは自信がないのですが、HOMEとHOUSEの違いは HOME=人が住んでいる場所としての家 居場所 本拠地 帰るべき場所HOUSE=住宅 家屋 建築物 HOMEは「人ありき」、HOUSEは「物質としての家」、こんなイメージを私が持っていたためです。私はHOMEが好きなのです。人が住んでいる家こそが「家」だと思っています。その住んでいる人にとっての居心地の良い「HOME」のお手伝いになればと思っています。 こんなことばかり言っていると「キレイごとばかり」などと言われるかもしれません。でも私は「キレイごと」でもいいと思っています。私もついつい仕事で熱くなったり、正直に言えば腹が立つこともたくさんあったりします。でもそんな時にこそ、この「キレイごと」を込めた社名が初心や本当にやりたかったことに戻してくれます。本当に私は聖人君主でもなんでもありません。だからこそ、初心や想いを忘れないように一番使う社名にしておきたかったのです。ちなみにHOMEは私の右腕ともいうべきスタッフがHOMEがいいということで採用しました。これからも社員と一緒にオーナーさんと入居者さんの役に立って、人を幸せにしていきたいと本気で思っています。そして、私も社員も人の幸せを作る仕事で「幸せ」になりたいと思います。今回は柄にもない内容でしたが、なんとなく書いてみたかったのです。今後ともよろしくお願いいたします。
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安否確認は誰でもできる?義務・費用・警察立ち会いとは?
もし今日、あなたと連絡が取れなくなったら・・・気づいて、動いてくれる人はいますか? こう聞かれると、案外「うーん」と考え込んでしまう方も多いのではないでしょうか。 さて、私たち賃貸管理会社には、時々こんな連絡が入ります。 「家族と連絡が取れないんです、部屋で倒れていないか心配で」 「従業員が無断欠勤していて・・・様子を見てもらえませんか」 こういった依頼を、私たちは「安否確認」と呼んでいます。 管理会社の義務ではない 結論からいきますと、私たち管理会社には、この安否確認に協力する法律上の義務はありません。 そして正直に言えば、対応したところで会社の利益には一銭にもなりません。 むしろ拘束時間は長く、面倒な業務のひとつです。 「管理会社なら鍵も持ってるし、緊急時はすぐ動いてくれるんでしょ?」 そう思われている方は多いかもしれません。 あら意外、実はそうではないのです。 安否確認は、あくまで管理会社が「善意」で対応しているものです。 義務でもなければ、断ったところで責められる筋合いのものでもありません。 実際、対応を渋る管理会社があっても、それ自体は責められません。 ではなぜ、義務でもメリットもないことに、私たちは時間を割くのでしょうか。 間に合った命を見てきたから 理由はシンプルです。 人命に関わることだからです。 安否確認の依頼のうち、実際に倒れていたり、亡くなっていたりするケースは、体感として5%程度です。 残りの95%は「単なる寝坊だった」「気まずい相手だから連絡を無視していただけだった」など、拍子抜けするような結末で終わります。 ですが、この5%のために対応を惜しんでしまえば、助かるはずの命を助けられなくなる。 そう思うと、面倒だからと後回しにはできないのです。 先月、実際にこんなことがありました。 ある入居者さんの安否確認を行ったところ、脳卒中で倒れているところを発見しました。 あと数日発見が遅ければ、間に合わなかっただろうと言われました。 きっかけは、その方が勤めている会社の上司からの連絡でした。「無断欠勤が続いていて心配だ」と、わざわざ管理会社まで連絡をくれたのです。 もし、その上司が「まあ、そのうち出てくるだろう」と気にも留めなければ。 もし、「他人のことに首を突っ込むのも・・・」と連絡をためらっていたら。 結果は、大きく変わっていたかもしれません。 安否確認は、誰でも自由にできるわけではありません ここで一つ、大事な補足をしておきます。 「心配だから」といって、誰でも自由に安否確認ができるわけではありません。 もし本人の意思確認もなく、言われるがままに部屋を開けられるとしたら、それを悪用する人も出てきます。 借金の取り立てをしたい人や、元交際相手を探し出したいストーカーが「心配なので安否確認してほしい」と持ちかけてくる・・・そんなことも、実際には起こり得るのです。 ですから私たち管理会社が安否確認を行う際は、必ず警察官の立ち会いのもとで対応します。 当然ですが、契約者本人に確認をします。 意外と多いのが、普通に電話に出て「その人には教えないでください」というタイプや「私から連絡しておきます」という返答です。 それでも連絡が取れない、携帯も電源が落ちているなどの場合に限り、次のステップです。 連絡してきた方と本人がどういう関係なのか、いつから連絡が取れていないのか。 事前にしっかりと事情を聞き取り、警察官にも状況を確認してもらったうえで、はじめて開錠に踏み切ります。 仮にご親族と名乗る方が来られても、それだけで勝手に開けることはありません。 また、当社では依頼をした方は必ず現地に来てもらいます。 電話だけで、誰かも分からない人からの依頼は受けられません。 そしてもう一つ。 もし開錠が必要になった場合、その費用(鍵屋さんの出張費や作業費など)は、原則として依頼者の負担となります。 管理会社が無料で何でもしてくれる、というものではないことも、知っておいていただきたい点です。 こうした手順を踏むからこそ、悪用も防げますし、私たちも安心して協力できるのです。 誰かが気にかけてくれる、という備え この出来事を通じて、あらためて思ったことがあります。 それは、「自分に何かあったとき、心配して連絡をしてくれる関係性」を、日頃からどれだけ持っているか、ということです。 会社の上司や同僚、家族、友人、あるいは近所の方でも構いません。 「最近ちょっと様子がおかしいな」「連絡が取れないな」と、ふと気にかけてくれる誰かがいる。それだけで、いざというときの結果は大きく変わります。 もちろん、誰にも頼らず一人で自由に生きたい、という価値観も、私は否定しません。 それも一つの生き方だと思います。 ただ、そういう生き方を選ぶとしても、「もしものときに、誰かが気づいてくれる仕組み」だけは、どこかに残しておいた方がいい。 今回の出来事で、私はそう強く感じました。 安否確認は、管理会社にとって義務でもなければ、得になる業務でもありません。 それでも、間に合った命を見てきた身としては、これからも力を尽くして対応していきたいと思っています。 そして、これを読んでくださっているあなたにも、少しだけ考えてみてほしいのです。 もし今、あなたと連絡が取れなくなったら、気づいて動いてくれる人はいるでしょうか。 いなければ、今日からでも遅くはありません。誰か一人、そんな関係を大事にしてみませんか。
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騒音問題は本当に難しい ~管理会社は「どこまで」やればいいのか~
騒音問題は本当に難しい 現場に立つスタッフなら、誰もが一度は通った「終わらない騒音苦情」 騒音の苦情を受け、原因と思われる方へ連絡します。 快く対応いただいたにも関わらず収まらない苦情。 出来る対応はしてみたものの、一向に収まらずに、残す解決方法は現実的ではない建て替えレベルの防音施工。 どんな対応をしても収まらないし、原因の特定も出来ないままに苦情が続く。 何とか苦情に苦しんでいる入居者さんに寄り添いたい。 だけど、手がない・・・・ 結論から言いましょう。 管理会社にできることは限られています。 そして、それでいいのです。 むしろ、そこを勘違いすると対応を誤ります。 今回は「私たちがどこまでやるべきか」というラインをある程度明確にし、その先にある「入居者同士の訴訟」という解決方法についても、スタッフとして知っておいてほしいという話です。 実はこの問題いつまでも「頑張ります」で対応を続けると、最終的には全員が不幸になる可能性を含んでいるのです。 そもそも管理会社に「解決する権限」はない まず前提として押さえておきたいのは、私たちは「建物・契約の管理者」であって「人の管理者」ではないということです。 どんな入居者であっても、強制的に退去させる権限や、部屋に立ち入って調査する権限も、私たちにはありません。 それは警察でも弁護士でもない一企業には当然の話です。 それほどに今の借地借家法というのは強いものです。 入居者保護の前では管理会社の権限など有って無いに等しいものです。 「じゃあ、管理会社は何もしてくれないのか」と言われれば、それは違います。 ここからが本題です。私たちが「するべきこと」と「できないこと」の線引きを、はっきりさせておきましょう。 スタッフが最大限やるべきこと まず、私たちがやるべき対応はこれです。 苦情を受けた際の丁寧な聞き取り(いつ、どんな音が、どのくらいの頻度で) 該当住戸・全戸への書面での注意喚起 電話や対面での状況確認と説明 対応の経緯・日時をすべて記録に残す 体感ですが、現実の騒音問題は、この対応だけで9割以上収まります。 だからこそ、面倒でも一つひとつ丁寧にこなす。 ここに手を抜くと、後々こじれた時に「管理会社はちゃんと対応したのか」という話になりかねません。 逆にきちんとやっていれば、それだけで十分に胸を張れる仕事をしたと言えます。 ただし、ここで一つ注意しておきたいことがあります。 「どこまでやったら十分か」は、苦情の深刻さによって変わるということです。 軽い苦情であれば書面注意で一旦様子を見てもいいでしょう。 しかし、頻度が高く、被害を受けている方の生活や心身に明らかな影響が出ているような深刻なケースでは、書面注意だけで止めてしまうと「対応を尽くした」とは言えません。 聞き取り→書面注意→個別の警告→連帯保証人への連絡、というように、状況に応じて段階を一つずつ上げていく。 この「積み上げ」があって初めて、私たちは胸を張って「やれることはやった」と言えるのです。 「受忍限度」を知っておくと、対応の質が変わる ここで知っておいてほしいのが「受忍限度」という考え方です。裁判所は、騒音が違法かどうかを判断する際、単純な音量の大小だけでなく 音の大きさと種類 頻度・時間帯・継続時間 建物の構造や防音性能 苦情を受けた側の対応の誠実さ こういった要素を総合的に見ています。 実際にあった裁判例では、上階の子どもの足音が問題になったケースで、音量そのものよりも「静かにしてほしいという申し入れに対し、乱暴に突っぱねた」という対応の不誠実さが重く見られ、損害賠償が認められています。 これを知っていると、私たちの聞き取りや記録の意味が変わってきます。 「音の種類・頻度・時間帯」を具体的に記録しておくこと自体が、後々どちらの入居者にとっても重要な材料になるからです。 感覚だけで「うるさい」「うるさくない」と判断せず、こうした要素を意識して聞き取る。それだけで対応の質が上がります。 なお、実際に賠償が認められた事例でも、慰謝料の相場感としては数十万円程度にとどまることが多く、測定費用や弁護士費用を含めても、被害を受けた側にとって「割に合う」金額とは言い難いのが実情です。 この現実も、頭に入れておく必要があります。 それでも収まらない時――ここが私たちのラインです 聞き取り、注意喚起、警告書・・・やるべきことを尽くしても収まらない。 そんなケースが、残念ながら存在します。 ここで大事なのは、「これ以上は私たちの仕事ではない」とラインを引くことも、スタッフの仕事のうちだという意識です。 管理会社には、どちらが正しいかを判断する権限も、どちらかを一方的に退去させる権限もありません。 ここから先まで管理会社が抱え込もうとすると、かえって当事者双方から「なぜ管理会社が勝手に決めるんだ」という反発を招きかねません。 その先にある選択肢が、入居者同士による訴訟です。民事調停や少額訴訟、通常の訴訟といった法的手続きを経て、当事者同士が白黒つける。 これは管理会社が「逃げる」ということではなく、そもそも私たちの役割と司法の役割が別のものだ、というだけのことです。 被害を受けている入居者に対して、「これ以上は当社では判断できません。もし解決を望まれるのであれば、法的な手続きという方法もあります」と、はっきり伝えられるかどうか。 これもスタッフとして持っておくべき知識です。 あいまいに「頑張ります」を繰り返すより、よほど誠実な対応だと私は思います。 そして、それまで私たちが積み上げてきた聞き取りや記録は、その入居者が次のステップに進む際の貴重な材料にもなります。 ただし、ここでも一つだけ気をつけたいことがあります。 私たちが案内していいのは「そういう制度があります」というところまでです。 「勝てますよ」「これくらいの賠償が取れるはずです」といった見通しや、訴状の書き方まで踏み込んでしまうと、それはもう管理会社の仕事の範囲を超えてしまいます。 弁護士や法テラス、簡易裁判所の相談窓口といった入り口を示すだけにとどめておく。 それが私たちの誠実さの、もう一つの形だと思っています。 まとめ それでも、騒音の苦しみというのは、経験した人にしか分からないくらい想像以上のものです。 眠れない夜が続く辛さ、原因が分からないまま苦情を溜め込む苦しさ、これは決して大げさな話ではありません。 だからこそ、私たち管理会社は誠実で真摯な対応をすべきなのです。 それは、権限もないのにあるかのように振る舞ったり、やっているフリだけで済ませたりすることではありません。 出来ることを丁寧にやり切り、それでも解決しないのであれば、適切な解決までのルートをきちんと指し示してあげること。 それこそが、私たちに出来る、そして私たちがやるべき、プロの仕事だと私は思いますよ。
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俺の屍を越えてゆけ ~変な座右の銘~
なんの話だ?と思われるタイトルですね。 今回は完全な内田の雑談です。 この「俺の屍を越えてゆけ」は私の座右の銘といえる位に好きな言葉なんです。 元はプレイステーションのゲームソフトで知りました。 しかし、私はそのソフトをやったことはありません! やったことのないゲームのタイトルを座右の銘にする奴なんか、どこにいる。と思われても仕方ないですね。 ちなみに、このゲームはタイトル通りの内容だそうです。 簡単に紹介すると 「俺の屍を越えてゆけ」は、呪いにより数年しか生きられない一族が、神々と交わり、世代を重ねて宿敵を打ち倒そうとする和風RPGです。短命な子供を育て、能力を継承させ、強大な敵に挑むという独自のサイクルが、一族の絆と儚さを描き、世代を超えた感動を呼びます。20年以上経った今も、多くのファンに愛されています。 こんな内容だそうなので、よろしければ是非プレイしてみてください。 では、本題になりますが、なぜこの「俺の屍を越えてゆけ」が私の座右の銘なのでしょうか。 今回は私の完全な雑談にお付き合いください。 人は何のために生きているのか? おっと、小難しそうな質問が来ましたね。 とはいえ、この問いはほとんどの方が、一度は通ったことでしょう。 ちなみに私はこの問いには 人間に生きる意味など特にない と考えています。 おぉ随分厭世的な奴だと思われるかもしれませんが、そうでもありません。 正しくは 生きる意味などは無いが、それでも意味は持たずにはいられないのが人間だと思っているだけです。 この辺りは、本職の哲学者などもたくさん生きる意味などは語っていますし、そもそもこの問題に「正しい答えなど無い」ので、割愛します。 私にとっての「俺の屍を越えてゆけ」はその意味でピッタリなのです。 人生は好きに生きたらいい。と思ってはおりますが、それでも意味を持たずに日々過ごすのは、私にとっては退屈だったり、活力が沸かないんです。 若かりし頃、ただダラダラと生きた時間もありましたが、それはそれで楽しかった部分もあるのですが、日々鬱屈としていた気がします。 とはいえ、自分自身に大層な野望や野心も持ち合わせてもおらず、何を活力にしていいのかも分かりませんでした。 そんな時にふとこの言葉に出会いました。 なぜか「俺の屍を越えてゆけ」という言葉に心をザワザワさせられたのです。 当時は漠然としていたのですが、自分自身に家庭が出来たり、不動産の仕事をする中で、この言葉に自分自身が寄っていったのです。 そうしている内に「俺の屍を越えてゆけ」が自分の中で「こう生きてみよう」という言葉になりました。 私はリレーの途中走者である 「俺の屍を越えてゆけ」 この言葉は自分が先に倒れて、その意志を継ぐ人への言葉です。 私自身は大層な野望や天下統一のようなスケールの大きいものはありません。 教科書に名を遺すようなこともないでしょうし、それにも興味はありません。 それでも私が生きたことで、少しでも社会や子どもたちが良くなればいいなと思っているだけです。 不動産業も一緒です。 今年建つ鉄筋コンクリート造の建物などになれば、平均寿命からすると、この建物の終焉など私は見ることはないでしょう。 土地になればもっとです。 私がいる期間など、この地球や土地からすれば、一瞬の火花のようなものです。 ただ、この期間の土地や建物を、次世代に繋ぐお手伝いをしているだけですからね。 でも、それでいいんだと思います。 現在、私は居住支援協議会の部会長という大役を仰せつかっています。 高齢の方や障がいを持つ方、ひとり親世帯など、住宅の確保が難しい方々を民間の力で支えるための組織です。 正直に言いましょう。 この超高齢化社会と人口減少が加速する日本の、そしてこの地域の深刻な難問が、私一人の代でスカッと、パーフェクトに解決するなんてこれっぽっちも思っていません。 私の力など、社会全体の大きな流れから見れば本当にちっぽけなものです。 私ごときの力で明日の朝に街が劇的に変わるわけではないのです。 では、解決できないならやる意味がないのか。 そうじゃないんです。 私の代で解決できなくても、私がここで立ち続け、失敗しながら、少しでも前に繋いでいけばいい。 私が倒れるまでにこの場所を維持し、継続していけば、いつか私の後ろから、すべてをひっくり返して解決してくれるような「本物の天才」が現れるかもしれない。 その天才が出てくるその日まで、失敗の先駆者として、社会を途切れさせずにバトンを繋ぐこと。 それこそが、途中走者である私の使命的なものだと思っています。 こんなことを言うと、子どもがいない人は関係ない話なのか、と思われるかもしれません。 全くそんなことはありません。 子どもがいる、いないなんていう狭い話ではなく、自分の身の回りの人や、これからこの街で新しく生きていく名もなき誰かのため、それで十分だと思います。 私たちは生きているだけで、次の世代に続くバトンを全員がすでに手渡されているのですから。 よくよく考えてみたら、自分が生まれたということは、生命誕生から自分までバトンが途切れずに廻ってきた証ですからね。 途中では、どうしようもない奴もいたでしょうし、立派にも関わらず早世した人もいたでしょう。 それでも何だかんだ、自分にバトンがきたんですから。 子どもがいる、いないとかではなく、自分にきたバトンを次世代に渡してみればいいんじゃないかなと思うんです。 何も政治家になって日本を変えるとか、世界的な大発明をするとか、そんな大層なことじゃなくていいんです。 一生懸命に生きていたら、きっと次世代へのバトンになりますから。 自分の周りにいる人を、ちょっとだけ大事にするとか、ちょっとゴミを拾ってみるとか、なんでもいいんだと思います。 そういったことの全てが、次のランナーが少しでも走りやすくなるようにコースを均しておくことですからね。 いつか私が力尽き、倒れた時に、ちょっとだけいい屍(バトン)になってたら最高だなと思っています。 私は私の区間を一生懸命に走ってみようと思います。
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【台風対策】窓ガラスに養生テープは意味がない!?不動産屋が明かす本当の効果と、退去時に泣かないためのリアルな注意点
これからの季節、鹿児島に住む私たちにとって避けて通れないのが「台風」です。 テレビのニュースで「大型の台風が接近中」と流れた瞬間に、霧島市や姶良市のホームセンターから、ある商品が一斉に姿を消します。 そう、養生テープです。 賃貸マンションやアパートにお住まいの入居者様からも、この時期になると「ガラスが割れるのが怖いので、窓ガラスに養生テープを米の字に貼れば割れませんか?」というお問合せを本当によくいただきます。 SNSを開けば、綺麗に「米」の形にテープが貼られた窓の写真がたくさん流れてきますよね。 でも、多くの人が勘違いしている点もあります。 結論から言います。 窓ガラスに養生テープを貼っても、風圧でガラスが割れるのを防ぐ効果はほとんどありません。 これを聞いて「えっ、じゃあ今までの苦労は何だったの!?」とショックを受けた方もいるかもしれません。 今回は、なぜ養生テープでは風圧を防げないのかという構造的な理由と、賃貸で本当にやるべき対策、そして台風が去った後に待っている「もう一つの恐ろしい退去時トラブル」についてお話しします。 そもそも割れるのを防止するためではない そもそも、なぜ多くの人が「養生テープを貼れば風圧に耐えられる」と勘違いしてしまうのでしょうか。 それは、ガラスが「風の力」で割れると思っているからです。 実は、現在の建築基準法に基づいて建てられた一般的な賃貸マンションやアパートの窓ガラスは、よほどの大型台風であっても、純粋な「風圧」だけで割れることは滅多にありません。 養生テープを張ることで、多少は振動を抑える効果が無くは無いのでしょうが、効果は限定的だと思います。 先ほど申した通り、余程の最大瞬間風速を叩きつけられた場合には、最早養生テープではどうしようもないと思います。 では、なぜ台風の日に窓ガラスが割れるのか。 原因のほとんどは、風で飛ばされてきた「飛来物」です。 近所の家の瓦、看板、ベランダに放置された物干し竿、あるいは誰かがポイ捨てしたビニール傘、小石などの本当に小さな物。 これらが猛烈な強風に乗って、まるで砲弾のように窓ガラスに激突するから割れるのです。 想像してみてください。 猛スピードで飛んできた頑固な瓦が窓にぶつかったとき、ガラスの表面に貼られた数ミリのプラスチック製テープが、その衝撃を跳ね返せるでしょうか。 無理です。 テープにそんな物理的な防御力はありません。 じゃあ、養生テープを貼る意味は全くないのかと言われれば、そうではありません。 養生テープの本当の効果は「割れるのを防ぐこと」ではなく、「割れてしまった後に、ガラスの破片が室内に飛び散るのを防ぐこと」にあります。 つまり、風圧対策ではなく、二次被害を防ぐための「飛散防止」が本来の目的です。 これを勘違いして「テープを貼ったから絶対に割れないぞ」と窓のすぐそばで寝てしまうのが、一番危険なのです。 では、飛来物から身を守るために、賃貸でできる最も合理的で効果的な対策とは何でしょうか。 テープを米の字に貼るだけでも飛散防止には役に立ちますが、それでも尖った部分が落ちることは避けにくいです。 本当に対策を強化したいなら、窓の内側に「段ボール」または「プラスチック段ボール(プラダン)」を全面に貼り付けてください。 窓ガラスのサイズに合わせてカットした段ボールを、室内側から窓枠にしっかり養生テープで固定するのです。 こうすることで、万が一外から飛来物が当たってガラスが割れてしまったとしても、段ボールが防波堤となり、鋭利なガラスの破片や猛烈な暴風雨が室内に一気に流れ込んでくるのを物理的に食い止めることができます。 あわせて、台風が最接近している間は、必ずカーテンをきっちり閉めて、真ん中を洗濯バサミなどでパチッと留めておきましょう。 これだけでも、万が一の飛散時の被害を最小限に抑えることができます。 最大の注意は台風後 無事に台風が過ぎ去り、霧島連山の向こうに綺麗なお天道様が見えてきたとき、絶対に忘れてはいけないことがあります。 それは、台風が去ったら「一刻も早く養生テープを剥がす」ということです。 これを「また次の台風が来るかもしれないから」「剥がすのが面倒だから」と、数週間放置してしまう人がまぁまぁいらっしゃいます。 これが、後に退去時の大きな悲劇を生むのです。 鹿児島の日差しと紫外線を舐めてはいけません。 夏の強烈な紫外線と窓ガラスの熱によって、養生テープの「糊(のり)」がガラスの表面にガチガチに固着してしまうのです。 こうなると、手で引っ張ったくらいではビクともしなくなります。 市販のシール剥がしを使っても、窓一面に広がった「米の字」の頑固な糊跡を綺麗に落とすのは至難の業です。 実は、過去にこれで大失敗された入居者様がいました。 固着したテープをそのままにして退去の日を迎えられたのですが、通常のハウスクリーニングでは落とせないレベルになっており、結果として「善管注意義務違反」による追加の原状回復費用(ガラスの特殊清掃費用)が発生してしまったのです。 せっかく台風から家を守るために一生懸命テープを貼ったのに、その結果、退去時にお金を払うことになるなんて、あまりにも報われませんよね。 私たちは大家さんや入居者様と退去時に揉めたくありませんし、できれば気持ちよく次の新生活へ送り出したいと思っています。 ですから、声を大にして言います。 台風対策は、終わった後の片付けまでがセットです。 台風が通り過ぎたら、その日のうちに、遅くとも翌日には必ずテープを剥がしてくださいね。 家財保険が掛かっているかのチェック そして、もう一つ大事なことは、「家財保険のチェック」です。 「家財保険?なにそれ?」と思われた方は、「火災保険」といえば思い出せませんか? そうです、お部屋を借りる時に不動産屋でセットで請求された「火災保険」のことです。 多くのみなさんは、あの保険を「自分が迷惑を掛けたことを大家さんや他の入居者さんへの賠償の為の保険」と思っております。 確かに間違いではないのですが、あの保険は通常は「家財保険」と言われていて、自分自身の家財に対してもカバーしている商品なのです。 仮に台風などで水が吹き込み、ご自身の家具や家電がダメになった場合にその損害を補償してくれるのです。 ですから、台風が訪れるシーズンになったら「果たして自分は保険に加入しているだろうか?」をチェックしてみてください。 契約当初に2年で加入していたが、その後の更新を怠ってしまい、結果的に台風による損害で自身の家財道具などが全滅してしまった。というケースもありますからね。 その時になって「大家さんが何とかしてくれる」と思うかもしれませんが、余程の建物の管理に問題があるケースを除けば、原則として天災地変による損害は自己責任になってしまうのです。 正しく理解し、万全の対策を いかがでしたでしょうか。 多くの方は養生テープが「飛散防止」と理解しているかとは思いますが、改めてご説明をしてみました。 そうでないと、うっかり「養生テープしたから大丈夫」と窓のそばで寝てしまうということもあるかもしれません。 大切なのは、その対策の「本当の効果」を正しく理解し、正しく備えることです。 今回の養生テープのお話も、もしもの時に自分と家族の身を守るための本当の知識として役立てていただければ嬉しいです。 昨今、威力の強い台風が来ることも多くなりましたので、日頃からの防災を意識したいですね。
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「実家をどうする?」空き家の出口戦略と選択肢 ~売却・賃貸・自己使用のメリット・デメリット~
当社は日本空き家サポートに加盟し、空き家の管理を行っております。 最近、本当に多くの方から実家や所有されている「空き家」に関するご相談をいただきます。 先日もお越しになったお客様から、相続した実家をどうすればいいか分からない、売るべきか、貸すべきか、それともとりあえず置いておくべきか、という切実なご相談を受けました。 突然もう一つの「家」を所有することになるなど、みなさんの人生設計では考えていないですよね。 思い出が詰まった場所だからこそ、簡単に決断できるわけがありませんよね。 ネットや雑誌を開けば、空き家活用ビジネスだとか、資産の有効活用なんていう言葉がいくらでも躍っています。 でも、実際の不動産業から言わせてもらえば、そんな教科書通りの正論だけで片付くほど空き家問題は甘くありません。 それぞれの選択肢には、綺麗ごとだけでは済まない現実的なメリットと、重いデメリットが必ず表裏一体で存在しているからです。 今日は、空き家管理を行っている者として数々の現場を見てきた私の視点から、売却・賃貸・自己使用の3つの選択肢について、お話ししてみようと思います。 「売却」は完全に「終わる」ことがメリットでもあり、デメリット 空き家をそのまま手放して現金化する方法ですが、これには明確なメリットがあります。 何と言っても、手っ取り早く悩みの種を終わらせることができる点です。 所有しているだけで毎年かかり続ける固定資産税や、都市計画税の負担から一瞬で解放されます。 草むしりや建物の換気のために、わざわざ遠方から実家まで通う時間と労力も、売却してしまえばこれ以上必要ありません。 また、売却金額という収入に変えられるという点もメリットであることでしょう。 しかし、この売却には、数字には表れない最大のデメリットがあります。 それは、一度手放してしまったら、その場所は二度と自分たちの元には戻らないという圧倒的な寂しさです。 実家という場所は、家族と過ごした時間や親世代が生きた証そのものです。 それらをすべて手放す行為は、人によりますが、想像以上に大きな喪失感があることも。 手っ取り早く解決する代わりに、すべての思い出と決別する覚悟が求められるのが、売却という決断の本質です。 ちなみに売れるまでの期間は、売却希望額やその地域の需要などにもよりますが、半年から1年程度掛かると思っていただければいいと思います。 一刻も早く手放したいという場合には、相場より割安にすることで早期売却は可能になりますが、大体相場通りだったら、この位が目安です。 よくサイトなどには3か月~半年くらいと書かれていますが、それは地域需要も強く、相場もピッタリか割安な場合です。 逆に適切な広告などを出していて、半年程度で音沙汰もない場合は、相場と離れていると判断してもいいと思います。 いずれにしても、売却は「今後も活用の目途がない」「家との別れも覚悟できた」という方には、おすすめな方法です。 「賃貸」は継続収入も魅力だが、以外と重い「責任」が 次に、手元に資産を残しながら収益を得る「賃貸」という選択肢です。 相続した家を誰かに貸すことで、毎月の家賃を貰うという方法ですね。 この方法のメリットは、何と言っても毎月安定した家賃収入という継続的な果実が得られることです。 将来的に自分たちがUターンして住むかもしれない、あるいは子どもに遺したいと考えたときに、所有権を維持したまま家を腐らせずに守れるのは大きな魅力に見えます。 ところが、ここに初めて家を貸す方が陥る、最大の落とし穴があります。 一たび自宅を誰かに貸し出すということは、立場としては、あなたは「不動産賃貸業としての事業者」という立場になります。 気楽に貸して小遣い稼ぎ、という訳にはいかないんですね。 事業者である以上、入居者に対して「適切な住宅を使用させる義務」が課せられます。 つまり、雨漏りが起きれば直さなければいけませんし、給湯器やエアコンが壊れれば、それが真夏の過酷な時期であっても、大家の費用負担ですぐに対応する責任が生じるわけです。 特に親から相続した古い物件の場合、いざ貸し出そうとすると、現在の賃貸市場で戦えるレベルにするために、最初に数十万から数百万円単位の多額のリフォーム費用が掛かる場合も。 しかしながら、その事業者としての心意気さえ持てれば、継続収入やいつか誰かに引き継ぐことも可能となります。 この方法は「将来、この家の活用する可能性がある」「やはりこの土地は手放せない」という方におすすめとなります。 「自己使用」は一時だけでなく「継続」がカギ 三つ目の選択肢が、売ることも貸すこともせず、別荘やセカンドハウスとして自分たちで使い続ける「自己使用」です。 メリットとしては、誰にも気兼ねすることなく、いつでも思い出の場所に帰れる安心感が手に入ることでしょう。 身内だけの集まりや、週末の息抜きの拠点として活用できれば、これほど贅沢な選択はありません。 しかし、あえて厳しい現実を言わせてください。 その場所、本当に日常的に使いますか? 最初の数ヶ月は物珍しさで通うかもしれませんが、仕事や日々の生活に追われる中で、毎月のように足を運ぶのは至難の業です。 そして、人が住まなくなった空き家の管理というのは、想像を絶するほど大変です。 たった数ヶ月放置しただけで、部屋には湿気がこもり、カビが繁殖し、庭の雑草は隣地に越境して近隣トラブルの引き金になります。 住んでいないからといって固定資産税が安くなるわけでもなく、維持管理のコストと手間だけが自分たちの生活を削り続けます。 ともすれば、自己使用という選択は、決断を先延ばしにしているだけで、空き家問題の根本的な出口にはなり得ないケースが多くなりがちです。 とはいえ、こういった場合に有効な方法としては、当社のように「空き家管理サービス」などを活用し、日常的な管理を任せてしまうという方法があります。 宣伝です。 決断できない場合でも「管理」だけはしっかりと いずれの方法を選んだとしても、そこには必ず一長一短があり、全員にとっての100点満点の正解なんてものは存在しません。 だからこそ、みなさんに一番お伝えしたい大切なポイントがあります。 それは、どの方法を選ぶにしても「空室の期間をそのまま放置してはいけない」ということです。 どうしようかと迷っている間にも、建物の劣化は容赦なく進んでいきます。 適切な管理を怠った家は、あっという間に資産価値を失い、いざ売ろうとしたときには解体費用を請求されるような、誰にも活用できない状態の「負動産」へと成り下がってしまうのです。 今は人口減少社会であり、空き家特措法などの法令によって、放置された空き家に対する所有者の社会的責任は年々重くなる一方です。 手遅れになってから悔やんでも、プロであっても時計の針を戻すことはできません。 完璧な答えを出そうとして立ち止まるくらいなら、まずは家の命を繋ぐために、しっかりと現状を維持する管理を始めること。 これこそが、すべてのトラブルを未然に終わらせるための最善の一歩だと私は信じています。 もし、霧島市や姶良市にある実家の処分や管理で行き詰まり、自分たちだけでは手が付けられないとお悩みでしたら、いつでも私にお声がけください。 地域に根差した不動産屋として、皆様の想いと等身大の現実に寄り添った解決策を、一緒に考えていきましょう。 https://lotushome.jp/%e4%b8%80%e6%88%b8%e5%bb%ba%e3%81%a6%e3%83%bb%e3%83%9e%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%b3%e3%81%ae%e7%a9%ba%e3%81%8d%e5%ae%b6%e7%ae%a1%e7%90%86%ef%bc%88%e6%97%a5%e6%9c%ac%e7%a9%ba%e3%81%8d%e5%ae%b6/ 空き家管理のお問合せやサービスの概要はこちらへ






