「内田さんだけが頼りです」韓国から来た2人の娘さんの家を探せ!ルームシェア編

今回は明るい話しですよ!

韓国からの若い女の子2人が来店

これは私が14年程前に東京杉並区で賃貸営業マンとして働いていた時のエピソードです。

ある日、私のいる店舗に2人組の女の子が入ってきました。

年のころでいえば19才前後の小さな女の子たちでした。

私は席に案内すると、お客様カードという最初に個人情報を書いてもらう書類を出しました。

しかし2人の女の子は書こうともせずに、何だかモジモジしています。

そして意を決したかのように1人の女の子が言葉を発しました。

「外国人でも貸してもらえるお部屋ありますか?」

そう、2人は韓国人でした。見た目では分かるはずもなかったのですが、言葉を発したらなるほど、確かに日本語のイントネーションや喋り方で分かるくらいでした。

とりあえず私はお客様カードを手元に置いたまま、まずは事情を聞きました。

すると、「2人でルームシェアをしたい」とのことでした。

正直、私はこの時点で「あぁ、無理だろうな」と思ってしまいました。

そして、その表情を察したのかユナちゃん(仮名)が

「もういいよ、ここもダメなんだ」と言ってもう一人のジヨンちゃん(仮名)に韓国語で恐らく「もう帰ろう」的なことを言ったようでした。

しかし、ジヨンちゃんはそんなユナちゃんを宥めながら私に話しを続けました。要点としては

  • 韓国から日本語を学びに来ている
  • 2人とも将来日本で働きたい
  • 今は専門学校に通っているが、どうしても今入っている寮に馴染めない
  • 今日は物件探しの為に不動産屋を回ってきた

駅から順に不動産屋を片っぱしから訪ねていったそうです。

しかし「ただの1件も物件を紹介されることが無かった」とのことでした。

みなさんは「ひどい不動産屋たちだ」と思われたかもしれません。しかし、当時の杉並区周辺ではこの条件は絶望的だったのです。

当時は保証会社も一般的ではなく、ルームシェアという条件も日本人ですら難しい状況だったのです。

東京ということもあり、日本人で借り手はたくさんいるし、あえて外国籍の方、ルームシェアという不安定な入居を受け入れなくてもという状況でした。

更には、彼女たちの連帯保証人というのも日本にいる先輩の韓国籍の方で親族でもない。という状況だったのです。

ここまで聞いた段階でも正直厳しいだろうと思いました。当時の上司の店長も

「多分物件無いから、接客して適当な所で切り上げて」という指示でした。

当時勤めていた会社は地域で人気店でした。しかも時期は繁忙期、次から次へと来るお客様を捌くだけでも大変でした。

売上のことを考えたら仕方ないことのようにも思えました。

胸を打たれる営業マン

そして後ろ向きな接客が始まりました。

まずは2人の希望に合いそうな物件を出してみます。

2人は「これがああだ、ここがこうだ」と希望条件を話してきますが、私は負け戦と半ば諦めていましたが、一応他社に問い合わせてみます。

「お世話になります、今韓国籍の女性2人のルームシェア出来る物件を探し・・」

まだ言い終わる前に先方から

「無いです」

心のオーキド博士も言ってます

そして、それでも10件ほど問い合わせたでしょうか、やはりありません。

私は内心「これだけ頑張った形を見せられたから、もういいだろう」と思って2人に言いました。

「やっぱり無いですね」と話して、2人が諦めてくれる方向へ促しました。

するとユナちゃんは帰り支度をするのですが、ジヨンちゃんは真っ直ぐこちらを見て

「どうしても2人で住みたいんです、実は・・・」と言って話してくれました。

  • 寮に馴染めないというのは嘘だった
  • ユナちゃんの家庭は裕福ではなく、高い寮費が限界であった
  • それで安い所に2人で住めば日本に居続けられる
  • 両方の親もそれが出来るなら「大丈夫」とのこと
  • もし見つからないならユナちゃんは韓国に帰らなければならない

おぉ、マジか・・・

そしてジヨンちゃんは言いました。

「今日私たちの条件で頑張ってくれたのは内田さんだけでした、内田さんだけが頼りです。なんとかお願いします。」

私は胸を打たれてしまいました。

異国の地で拙い日本語で一所懸命に説明し、冷たくあしらわれ、それでも諦めずにここまで辿り着いたのか・・・と

よし、ここは一丁やってみよう!と決めました。

しかし、この日は次の接客予定が有った為、一旦帰っていただき、明日来てもらう約束をしました。

そして執念のお部屋探しが開幕

私の心にアンセム(応援歌)が鳴り響きます

そして翌日、2人はしっかりと約束の時間に来てくれました。

今日の作戦は「自社のオーナーに土下座外交」これでいこうと決めていました。

その為に本社から管理部を呼び、オーナー名簿を持ってきてもらいました。

目の前の2人も昨日本音を話してスッキリしたのか、今日は協力的です。

あんなに不貞腐れていたユナちゃんですら、今日は笑顔がチラホラ見えます。

さて、スタートしました。

が、しかし

お断りの連発です。

そう、保証人も外国籍(日本語も拙い)、日本人の身よりはいない、ましてや学生2人のルームシェア。厳しい条件です。

あんなに笑顔だったユナちゃんも少し涙目です。最早韓国に帰らなければいけない現実が襲ってきたのでしょう。

それでも私は片っぱしからオーナー名簿のうち、2K以上の間取りを持っている方に連絡していきます。

どれ位掛けたでしょうか、恐らく20~30件程掛けたあたりで一人のオーナーさんが

「まあ、普段部屋を決めて貰ってるしね、いい子たちなの?」との言葉が

私は「もちろんです、もしお時間あるなら面談でもいかがですか?」と続けました。

すると「まず部屋を見てもらって、気に入ったら声を掛けてよ」とのことでした。

私はすぐさま2人を連れて部屋に向かいました。

そこは杉並区の阿佐ヶ谷という町でした、オードリーの春日さんが住んでいた町としても有名ですが、長い商店街もあり、本当に住みやすい所です。

現地に行くと、確かにキッチン周りは狭いものの、ちゃんと2人の部屋が確保でき、当初の家賃設定もクリアしていました。

ユナちゃんもジヨンちゃんも大変気に入ったようでした。

すぐにオーナーに連絡し、近くの喫茶店で待ち合わせをしました。

オーナーさんが現れました。

ユナちゃんもジヨンちゃんも「ココがダメなら」という気持ちで緊張してしまい、上手く話せません。

決着

情熱のプレゼンスタートです!

代わりに私はオーナーさんの前で熱弁しました。

この子達がいかに素直な子か、ひたむきに頑張る子達です、今緊張しているだけです、しっかりとした子です、勉強も頑張っているし、来日して一年足らずで日本語も大分覚えてます、迷惑も決して掛けないことでしょう、などなど

情熱のプレゼンをオーナーの前で繰り広げました。

するとオーナーさんは一言

よし分かった、内田さんが保証人になるならいいよ」


OH・・・・・

そうか、私の情熱だけでは無理だったか・・・と思ったところ

「ウソウソ、良い子達じゃない!気に入って貰えたならそれで大丈夫だよ」

やったーーーーーーーーーーーーーーーーー!

横でユナちゃんもジヨンちゃんも大喜びです、キャーキャーと喜んでいます。

そこからはとんとん拍子で物事は進みます。オーナー審査も終わったので、契約書を取り交わし、通常通り入居手続きを進めていきました。

そして、鍵渡しの日、2人がやってきました。

鍵を渡して「何かあったら連絡してくださいね」と言って送り出そうとした時のこと

2人からクッキーの詰め合わせを貰いました。そして

「内田さんのおかげで2人で住むことが出来ました、あの時諦めないでいてくれてありがとうございました」

私は急に涙が出そうになりました。

申し訳なさもこみ上げてきました。最初は無理と決めつけて、帰ってもらおうとしたのに・・

でも、諦めずにやり遂げた達成感も同時に沸いてきたのです。

一生懸命涙をこらえて、明るく2人を見送りました。

店の先輩もその様子を見ていてくれました。店に戻ると褒めてもらいました。

そしてなぜか最初は「多分物件無いから、接客して適当な所で切り上げて」と言っていた店長まで

「ここまでやり切るのが営業マンだからね」

と異次元の褒め方をしてきました。

なぜだ?昨日の記憶を無くしたのか?


ともあれ、この1件は私にとっても大きなものになりました。

それは今回は外国籍というハードルだったけれども、同じように苦境に立たされている人たちにとっては我々営業マンしか頼みの綱はいないのだ。

そして、本当に苦しい人は中々本音を言ってくれないんだ。そして言えなくなったのも周りの環境があったからなんだ。と

以降、私の接客は変わりました。

本音という部分が出るのかどうか?言いづらいことを話してもらいやすくする為には?と試行錯誤していくようになりました。

まだ今でも完成していませんが、少しは上達してきたと思います。

後日談として、その後も町で偶然会えば、ちょこちょこ「ユナちゃんと喧嘩しました」とか「ジヨンちゃんと旅行に行きました」と2人は話してくれました。

もう年月が経って、私も東京にいませんが、今もどこかで2人が幸せに過ごしていればいいなとたまに思い出します。



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