
なんの話だ?と思われるタイトルですね。
今回は完全な内田の雑談です。
この「俺の屍を越えてゆけ」は私の座右の銘といえる位に好きな言葉なんです。
元はプレイステーションのゲームソフトで知りました。
しかし、私はそのソフトをやったことはありません!
やったことのないゲームのタイトルを座右の銘にする奴なんか、どこにいる。と思われても仕方ないですね。
ちなみに、このゲームはタイトル通りの内容だそうです。
簡単に紹介すると
「俺の屍を越えてゆけ」は、呪いにより数年しか生きられない一族が、神々と交わり、世代を重ねて宿敵を打ち倒そうとする和風RPGです。短命な子供を育て、能力を継承させ、強大な敵に挑むという独自のサイクルが、一族の絆と儚さを描き、世代を超えた感動を呼びます。20年以上経った今も、多くのファンに愛されています。
こんな内容だそうなので、よろしければ是非プレイしてみてください。
では、本題になりますが、なぜこの「俺の屍を越えてゆけ」が私の座右の銘なのでしょうか。
今回は私の完全な雑談にお付き合いください。
人は何のために生きているのか?

おっと、小難しそうな質問が来ましたね。
とはいえ、この問いはほとんどの方が、一度は通ったことでしょう。
ちなみに私はこの問いには
人間に生きる意味など特にない
と考えています。
おぉ随分厭世的な奴だと思われるかもしれませんが、そうでもありません。
正しくは
生きる意味などは無いが、それでも意味は持たずにはいられないのが人間だと思っているだけです。
この辺りは、本職の哲学者などもたくさん生きる意味などは語っていますし、そもそもこの問題に「正しい答えなど無い」ので、割愛します。
私にとっての「俺の屍を越えてゆけ」はその意味でピッタリなのです。
人生は好きに生きたらいい。と思ってはおりますが、それでも意味を持たずに日々過ごすのは、私にとっては退屈だったり、活力が沸かないんです。
若かりし頃、ただダラダラと生きた時間もありましたが、それはそれで楽しかった部分もあるのですが、日々鬱屈としていた気がします。
とはいえ、自分自身に大層な野望や野心も持ち合わせてもおらず、何を活力にしていいのかも分かりませんでした。
そんな時にふとこの言葉に出会いました。
なぜか「俺の屍を越えてゆけ」という言葉に心をザワザワさせられたのです。
当時は漠然としていたのですが、自分自身に家庭が出来たり、不動産の仕事をする中で、この言葉に自分自身が寄っていったのです。
そうしている内に「俺の屍を越えてゆけ」が自分の中で「こう生きてみよう」という言葉になりました。
私はリレーの途中走者である

「俺の屍を越えてゆけ」
この言葉は自分が先に倒れて、その意志を継ぐ人への言葉です。
私自身は大層な野望や天下統一のようなスケールの大きいものはありません。
教科書に名を遺すようなこともないでしょうし、それにも興味はありません。
それでも私が生きたことで、少しでも社会や子どもたちが良くなればいいなと思っているだけです。
不動産業も一緒です。
今年建つ鉄筋コンクリート造の建物などになれば、平均寿命からすると、この建物の終焉など私は見ることはないでしょう。
もっといえば、土地になればもっとです。
私がいる期間など、この地球や土地からすれば、一瞬の火花のようなものです。
ただ、この期間の土地や建物を、次世代に繋ぐお手伝いをしているだけですからね。
でも、それでいいんだと思います。
現在、私は居住支援協議会の部会長という大役を仰せつかっています。
高齢の方や障がいを持つ方、ひとり親世帯など、住宅の確保が難しい方々を民間の力で支えるための組織です。
正直に言いましょう。
この超高齢化社会と人口減少が加速する日本の、そしてこの地域の深刻な難問が、私一人の代でスカッと、パーフェクトに解決するなんてこれっぽっちも思っていません。
私の力など、社会全体の大きな流れから見れば本当にちっぽけなものです。
私ごときの力で明日の朝に街が劇的に変わるわけではないのです。
では、解決できないならやる意味がないのか。
そうじゃないんです。
私の代で解決できなくても、私がここで立ち続け、失敗しながら、少しでも前に繋いでいけばいい。
私が倒れるまでにこの場所を維持し、継続していけば、いつか私の後ろから、すべてをひっくり返して解決してくれるような「本物の天才」が現れるかもしれない。
その天才が走ってくるその日まで、失敗の先駆者として、社会を途切れさせずにバトンを繋ぐこと。
それこそが、途中走者である私の使命的なものだと思っています。
こんなことを言うと、子どもがいない人は関係ない話なのか、と思われるかもしれません。
全くそんなことはありません。
子どもがいる、いないなんていう狭い話ではなく、自分の身の回りの人や、これからこの街で新しく生きていく名もなき誰かのため、それで十分だと思います。
私たちは生きているだけで、次の世代に続くバトンを全員がすでに手渡されているのですから。
よくよく考えてみたら、自分が生まれたということは、生命誕生から自分までバトンが途切れずに廻ってきた証ですからね。
途中では、どうしようもない奴もいたでしょうし、立派にも関わらず早世した人もいたでしょう。
それでも何だかんだ、自分にバトンがきたんですから。
子どもがいる、いないとかではなく、自分にきたバトンを次世代に渡してみればいいんじゃないかなと思うんです。
何も政治家になって日本を変えるとか、世界的な大発明をするとか、そんな大層なことじゃなくていいんです。
一生懸命に生きていたら、きっと次世代へのバトンになりますから。
自分の周りにいる人を、ちょっとだけ大事にするとか、ちょっとゴミを拾ってみるとか、なんでもいいんだと思います。
そういったことの全てが、次のランナーが少しでも走りやすくなるようにコースを均しておくことですからね。
いつか私が力尽き、倒れた時に、ちょっとだけいい屍(バトン)になってたら最高だなと思っています。
私は私の区間を一生懸命に走ってみようと思います。
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事故物件と幽霊について
不動産屋さんを怖がらせないで 「オバケの出る物件ってあるの?」私が不動産屋で働いていると話すと結構な確率で聞かれることがあります。まず大前提として私に霊感はありません。これまでの人生において幽霊や妖怪その他怪奇現象といった類の経験をしたことはありません。その為、幽霊の存在は信じてはおりません。原則としてしかし、だから怖くないか?と言われたら別です。ホラー映画を見れば怖いですし、怪談を聞けば背筋を凍らせてビビッてしまいます。そうです、体験したことがないから「いない」と信じていますが、もし体験してしまったら怖くてイヤだという普通の感覚です。ですから夜中の空き部屋管理などで恐怖を感じることも少ないですし、そんなことを言っていたら仕事になりません。しかし昨今TVで「本当にあった怖い話」系ではいわゆる「事故物件にまつわる幽霊話」などを多く目にします。そういったTVが多いせいか冒頭の「オバケの出る物件ってあるの?」をよく聞かれます。これについて実際のいち不動産屋として答えるなら「オバケが出るといわれる物件は確かにある」という程度しか言いようがありません。私は東京都で不動産業をスタートして十数年東京近郊におりましたので、その間は非常に多くの噂や有名な物件を見聞きしてきました。なぜか鹿児島県に戻ってきてからはそのような噂や有名な物件などは少ない印象です。地域性なのかそもそも鹿児島県が幽霊が少ないのかはわかりませんがとにかく鹿児島では圧倒的に少ないと思います。鹿児島では全くないとは言いませんが、東京にいた時はそこかしこで同業者や同僚などから聞いていたものです。「〇〇マンションの○○号室」とか「○○アパートの階段」とか様々です。いつか機会があればそのような物件でお話なども書いてみたいものですが、いかんせん自分に霊感がなく体験していないので、あくまで噂や見たという人の話になるので、信憑性もないですからあまり面白いものにはならなそうです。しかし、経験上なのですが、いわゆるお化けの出ると言われるお部屋や物件の多くがなぜか「事故物件ではない」ことが多いような気がします。これはどういうことかというと、よくTVなどでは「この部屋に住んでいた人が亡くなったことが後に判明した」というオチが多いのですが、実際に幽霊が出ると言われるお部屋は不動産の記録などからも事故物件であることが少ないと思います。私もこれまで不動産業に従事する中で事故物件と呼ばれる、お部屋で亡くなってしまった事例は何度も経験がありますが、不思議とそこに入る時などは怖さを感じたことはありません。それは、今まで生きていた方を感じられるからなのでしょう。入居中も特に問題などない良い方が亡くなって急にオバケになるとは思えませんし、事故物件の後片付けなどを行っている私たちを恨むはずもないだろう。と強く確信しています。これが当たっているから事故物件ではそのようなことがあまり無いように思います。事故物件に入る時は特定の信心はありませんが、自然と手を合わせ故人のご冥福を祈っております。人は必ずいつか亡くなるものですし、それは自然なことですから。話は戻りますが、今まで入居中の方や退去される方から幽霊などが出た等は聞くこともあるのですが、あったとしても1度だけ体験したとか、前の入居者もその後の入居者も1回もそのようなことがなかったケースがほとんどです。オバケがいるという前提なら「たまたま見た」とか「お部屋にいる訳ではない」という感じなのでしょう。しかし、特に有名な物件やお部屋というのはなぜか「誰が入居しても言う」「なぜか入居が長続きしない」など霊感の無い私でも「さすがにこれは本当なんじゃないか?」と思ってしまいます。そしてそのほとんどが「事故物件ではない」ことが多いと思います。できれば人生の中でそのような経験はせずに済んできましたので、オバケの方々には私を見逃していただけるように切にお願いしたいものです。
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滞納督促の極意「正論は役立たず」
家賃滞納では「相手をやっつける」ことに意味はありません 賃貸管理を行う上で、最も深刻かつ労力のいる作業それが「滞納督促」本来払うべき家賃を期日までに支払わないこと。つまり家賃滞納ですが、非常に深刻な問題です。物件のオーナーさんはよほどの資産がある場合を除き、一般的には銀行などから融資を受けて物件を購入されます。家賃が入ってこないからといって返済は待ってもらえません。そうすると最悪の場合手出しということも起こり得ます。また、物件を管理する管理会社にとっても深刻です。様々な管理報酬の形態がありますが、多くの管理会社が採用している報酬が「月額回収家賃の〇%」ということは家賃が回収されない以上、そのお部屋からの報酬も0となります。このように深刻な家賃滞納ですが、最近はほとんど家賃保証会社加入が契約条件として必須になってきており、その対応件数は年々減ってきております。家賃保証会社の皆様本当にありがとうございます。感謝してもしきれません。今では家賃が期日までに支払われない場合、システム等で家賃保証会社が自動的に立て替えていただけます。最近では滞納督促などを行ったことのないオーナーさん、管理会社社員も増えてきたのではないでしょうか? しかし、昔からの入居者で家賃保証会社に加入していない方など、未だに当社でも家賃滞納がチラホラとあるのも現実です。そこで今回は滞納督促に強い私が行っている督促についての感覚や極意を少しご紹介いたします。まず、滞納督促での実績についてですが、私はこれまで延べ数千件もの滞納督促を行ってきました。そして法的対応まで至ったケースは現在まで0件です!そうです、最終的には弁護士に依頼し、裁判所で判決をもらい、最悪の場合「強制執行」にてお部屋の明け渡しをしてもらうという法的対応今までただの1件もありません。一般的な滞納への対応は以下の通りです①電話や書面での督促 ②訪問で督促 ③法的対応ざっくりとこのような流れになります。詳しくはまた今後お話しすることもあるので、ここでは割愛いたします。言うまでもありませんが、家賃滞納は初期対応が全てです。1か月程度の遅れであればすぐに回復することもできますが、正直3か月程度となると「長期滞納」という分類となり、難易度はグッと上がってしまいます。今回はそんないわゆる「長期滞納」の対応についてここでは滞納者という言葉を使いますが、ここでは・うっかり引落しを忘れていた・今月支払えなかったがなんとか翌月間に合った などの方は含まずに「本来払うべきことを理解しており、しかも3カ月以上滞っている方」と定義してお話しします。この家賃3か月以上の滞納は民法や様々な管理会社の契約では、基本的には回収が難しく、弁護士などに依頼して法的な対応への移行となります。要は「この位家賃滞納するということは事情などがあるにせよ、多少の悪意があり、家主との信頼関係はもう無いと判断する」ということです。この状態では当社でも本来は法的対応に移行するとの契約となっておりますが、一旦法的対応へ移行すると物件のオーナーさんは2重苦、3重苦が待っています。まず、弁護士へ依頼し(お金かかる)、訴訟準備を行い(お金かかる)、裁判する(お金かかる)、当然勝訴します。がしかし、勝訴したから解決ではありません。勝訴してもお部屋を明け渡してもらわないと問題は解決しません。裁判所がここまでやってくれたことは「こんなにひどい家賃滞納があるんだったら、賃貸借契約を解除してもいいよ」とのお墨付き程度なのです。この「お墨付き」をもとに滞納者へ「裁判所がこう言ってるんだからお部屋明け渡してください」と言う権利を得るだけです。それでもお部屋を明け渡してもらえない場合はどうするか?最悪のいわゆる「強制執行」となります。この費用は弁護士費用や強制執行の方の日当など様々ケースバイケースですが、数十万から100万円を超えることも珍しくありません。しかも相手は滞納している方です。本来はそういった費用も相手方に負担させるべきなのですが、家賃が払えない方がそのような費用を払えるはずもなく、多くは泣き寝入りとなってしまいます。それでも、ずっと家賃を滞納されるよりはマシなのですから致し方ありません。それでは、そうならないためにどうすれば良いのか?一度発生してしまった滞納へどのような心構えで臨めば最小限の痛手で済むのかを何度かに分けてご紹介していきます。まず大前提「正論など役立たず」ということです。これをしっかりと心に刻み込んでからがスタートなのです。そもそも、家賃は「支払うべきもの」です。そんなことは誰しも知っており、当の滞納者も知っているのです。それを当たり前のように「支払うべきなんだから払いなさい」といっても解決しないのです。・契約書に書いてあるから ・払わないといけないものだから ・他の皆さん払ってる ・払ってもらわないと困るそんなことは百も承知、それで払うのならここまで家賃滞納などしないのです。ここで多くの管理会社やオーナーさんは心をバッキバキに折られます。のれんに腕押し、ぬかに釘、馬の耳に念仏なのです。こういったケースで最悪な方法が「正論により滞納者を追い詰めるだけ」です。「〇月〇日までに全額払わないと契約解除」 「連帯保証人へ請求する」 「職場へ報告する」 「弁護士へ依頼する」などの対応もあればひどいものになれば「人としておかしい」 「当たり前のことも出来ないんですか」など言葉による圧力などがこれにあたります。お気持ちは分かります。時に無茶苦茶な滞納理由を聞き、開き直る態度を見せられ、あまつさえこちらが悪いとの罵詈雑言を浴びることもあります。しかし、我々のゴールはあくまで「滞納家賃の回収と法的対応への移行阻止」なのです。そして当の滞納者のゴールもまた意外と「滞納家賃の完済と法的対応への移行阻止」なのです。この本当はゴールが一緒であることを滞納者の方へ伝え、協力しながらゴールに向かう姿勢こそがスタートなのです。長くなりましたので、一旦ここまでとします。次回からは「さあまずは状況調査」「家賃滞納者の思考回路」「家賃滞納者が本当に恐れるもの」について少しずつお話できればと思います。
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泣いてたまるか
※写真は私及び社員ではありません ホームページにブログ機能が付いているなぁ・・と思い せっかくならブログをしっかりと書いていこうと思い、最初のタイトルを何にしようか?と思っていたら、私が不動産会社の魅力に気づかされた会社の社長のブログタイトルがまさに「泣いてたまるか」でした。 当時の会社の社長は人間的にも素晴らしく、欠点といえばお酒の席でのジョークが少し古いということ位でした。 もうその社長さんは社長ブログをやめてしまっているようなので、尊敬の意味も込めて最初のタイトルとさせていただきます。 さて、株式会社ロータスホームは2022年1月から始動し、前身の有限会社マルトクエステート霧島店を引継ぎ、更に賃貸管理、仲介を生業として地域に根差した会社でありたいと思っております。 賃貸管理という仕事は一人一人のお客様を身近に感じることが多く、住生活という本当に大事な部分を担っていると実感いたします。 そんな私のこれまでの不動産業は、良いことも悪いことも、喜怒哀楽全ての感情を揺さぶられる出来事ばかりでした。 そして「こんな事案初めてなんだけど・・」ということが今日も明日も起きる波乱万丈の世界です。 そんな私の経験やエピソードなどを少しでも皆さんにお伝えして、失敗を笑ってもらったり、不動産業の魅力なども伝えられたらいいなと思います。 拙い文章になりますが、不動産業は楽しいもので、はまると抜けられない世界ですよ。



