
今回は雑談
私は一日何回も謝罪しています。
自分のミスや落ち度は当然として、それ以外でも物件の不具合などでご迷惑をお掛けした入居者さんへの謝罪、時に社員のミスに対して会社を代表する立場としての謝罪、トラブルの仲裁としての謝罪
とにかく謝罪の数でいえば全国でもトップクラスかもしれません。
謝るようなことをしなければ、起こさなければいいのは言うまでもありませんが、人生そう上手くはいきませんよね。
最早、謝罪のプロと化した私が思うことがあるのです。
最近、謝ったら死ぬ病にでも罹ったのかな?と思う位、謝らない人が増えてきた印象があります。
今回はこの「謝る」という行為について、私が思っていることを書いてみようと思います。
そして謝るという行為についての考え方と正しい使い方をお話してみようと思います。
謝ったら死ぬ病
「謝ったら死ぬ病」と検索すると実に色々な考察サイトなどが出てきます。
その中におもしろい考察がありました。
本人が他人の過ち失敗を許すつもりが無く、大きな罰を相手に化す思考だから自分が謝っても無駄だと考える
なるほど、これは確かに言い得て妙です。
確かに現在の社会は失敗や落ち度、過失に対して非常に厳しい社会です。
不倫をした芸能人、不祥事を起こした会社、SNSにふざけた投稿をする人
確かに落ち度や失敗などであり、責められても仕方ない面がありますが、個人的には流石に罪と罰のバランスを欠いている気がします。
一度失敗した人間が謝ろうとも、奈落の底まで叩き落とすまではバッシングは止まりません。
そんな風潮もあってか、皆さん一様に
「私は生まれてこの方罪や失敗を一度も犯していません」とでも言うかのような顔をしています。本当はそんな聖人のような方は一握りではないかなと思っていますが・・・

謝った=自分は相手より下だということを認めて、以降は反論も出来ず責任を取らされる
そんな世の中では「謝っても無駄」と思う気持ちも理解できなくもありません。
但し、それは謝罪の仕方が違うからだと思うのです。
謝ったら負け

昔、不動産会社に入った時に先輩から指導を受けました。
簡単に謝ったら向こうが付け上がって、要求を飲まないといけなくなるから簡単に謝るな
私が新人の頃は確かにこの教えを守っていました。
確かに中には、こちらが謝った途端、居丈高になり、時に理不尽なことを言ってくる方がいたのも事実です。
相手が謝った途端「勝った」という感覚になる人がいます。
そういった人に対して安易に謝ってはいけない。という意味だったのでしょう。
しかし、業界歴が長くなるにつれて分かったことがあるのです。
相手がそんなタイプの人ですら謝るべきことは謝った方がいい、むしろ謝ってしまった方がいい
どういうことでしょうか
何に対しての謝罪かハッキリさせる

謝罪する時に私が大事にしているのは
今回の件で「何に対して謝っているのか」を明確にすることです。
例えばキッチンの床下などから水漏れがあったとしましょう。
この連絡を受けた時はすぐさま「不具合でご迷惑おかけし申し訳ございません」とお話することでしょう。
あくまでここでは「何が原因かは分からないけれど、とにかく水が漏れたことでお手間が掛かった」ことに対して謝罪する訳です。
こういった「何に対して謝るか」がハッキリしていれば、その後に理不尽な要求などが来た場合でも対応できます。
先ほどの例で理不尽な要求というのは考えにくいものですが、「水漏れが気に入らないから引っ越し代をくれ」と言われたとしましょう。
その場合は毅然と「速やかに修繕はいたしますが、損害を受けた物以外はご希望には添えません」と対応すればよいでしょう。
その時に「さっき謝ったし、非を認めただろう」と言われたとしても
「水が漏れてしまい、お手数をお掛けしたことに謝罪したものです」で終わりですから、その後の要求はまた別問題です。
仮に一から十まで過失や失敗があったとしても、それに見合った責任の取り方しか出来ませんからね。
謝ったから全てを飲まねばならない。という訳ではありませんよね。
ですから、謝罪をするときにはしっかりと「○○の点について申し訳ございませんでした」という風に明確にすることが良いでしょう。
この「何に対して謝っているのか」を明確にすることにしてからというもの、謝罪した後の無理難題などに悩まされることが激減しました。
気持ちの面でも変化しました。
これまでは謝罪した後は「いいなり」のような気分でしたが、謝る対象を明確化してからは
「〇〇に対しては申し訳ないが、その要求までは無理です」というのをハッキリと言えるようになりました。
また謝る姿勢も変わったように思います。
自分は納得していないのに体裁だけで謝ろうとすると、ついつい「自分は悪くないのに」という感情が出てしまいます。
しかし明確化していれば「概ねこちらは悪くないが、この点は確かに至らなかったな」と思い、その点だけは真摯に謝ろうと素直に思えるようになりました。
不思議なもので、そうやって真摯に謝った点はすんなり相手も認めてもらえるのです。
また早期に非を認め謝罪することで、怒りの火も早めに鎮まるものです。
こちらに一定非があるにも関わらずに謝罪を拒み続けると、本来「謝罪をしてもらえれば十分」という方ですら強硬な姿勢に変えてしまうこともあるからです。
正直、この方法を取り入れてからはトラブル解決スピードが段違いになりました。
相手方も非を認めてくれたという思いで、その後の対応にも協力的になってくれるケースが多くなり、理不尽な要求をしてくる方には「謝罪したのは〇〇という点であって、それ以上は別問題」というスタンスを取れるようになったことが要因だと思います。
謝る時こそプライドを

こうやって正しい謝罪の方法が分かってからは劇的に変わりました。
謝ったにも関わらず、相手がこちらを尊重してくれるようになりました。
むしろクレーム気質だった方ですら、こちらに一目置いてくれるようにもなりました。
謝罪すべき点を明確にして真摯に謝ることで、相手方は「この点だけでこんな要求は出来ないな」と抑止にもなっているのでしょうか。
またそうやって毅然として頭を下げることで、信頼にもつながるのでしょうか。
相手方の心境の変化なので私は分かりません。
ここまで読んでいただいても「そんなのキレイごとじゃないの?」と思われることでしょう。
でも、私は事実この謝罪の仕方で解決してますし、なんならトラブル後にも関わらず相手からお仕事の依頼を受けたりと良いことばかりです。
謝罪はするが、それは相手に屈してのものではなく、自分自身が反省した点について謝罪する。
そういった強い想いと毅然とした謝罪こそ最良なのだと思います。
謝るのに変なプライドが邪魔して中途半端な謝罪をしてしまうと相手の怒りは収まるどころか悪化することでしょう。
謝るときこそ、プライドをもってしっかりと頭を下げることで、相手からの評価も解決のスピードも全然違うのに・・・
「謝ったら死ぬ病」に罹ってらっしゃる皆さん、一度試してみてはいかがでしょうか?
きっと後悔はしないと思います。
もし効果が無かった場合はご連絡ください。
試してもらったにも関わらず、効果が出ずにお手間を掛けたという点について真摯に謝罪させていただきます。
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【ちょっと閲覧注意】年末年始に起こりやすいお酒のトラブル
事件かと思うのですが、「お酒によるトラブル」の可能性も、解決方法は? 年末に入電「廊下に血が・・」 先日、入居者さんから一本の電話が 「廊下に血があります、何か事故とか事件でしょうか?」 これは大変です、とにかく向かいました。すると入口から一定の間隔で赤い点がこれはイカンと思い辿っていくと、途中の階段で一気に量が増えました。それが冒頭の画像ですね。生々しいのでモザイク掛けのままですが、大体分かることでいえば、階段のこの部分でなにかしらがあったのでしょう。恐らく階段の途中で転んでしまったのではないでしょうか。 そのまま外へ出て行ったのでしょう。その為、入口から点々と続いていたのです。ケガをした人がそのままマンション外へと向かったと推測されます。とりあえず応急的に清掃をしましたが、血の扱いというのは厄介なものです。ケガなどで出血した場合ならまだしも、病気による出血などであった場合、感染症のリスクがあり、簡単に清掃できるものではありません。また、血液というのは意外と落ちないものです。衣類などに着いた場合もシミになりやすいことは皆さんご存じだと思います。今回はオーナーさんにご報告して清掃の方に薬剤を使って落としていただきました。今回の調査では事件性などもないようでした。しかし、年末年始や年度末にはこの手のトラブルが起こりやすいのです。なぜでしょうか? 年末年始や年度末の「泥酔トラブル」の解決法 年末年始や年度末で増えること、それは「飲酒の機会」 そう、それに伴う 泥酔トラブル もちろん頻繁に起こる訳ではありませんが、この時期ならではのトラブルという感覚です。私も数々この手のトラブルがありましたが、鹿児島県民はお酒に強いのか最近はほとんど経験しなくなりました。しかし、東京都で分譲マンションの管理をしている時には以下のような経験がありました。 泥酔して転んで流血泥酔で自宅と勘違いして別の部屋に侵入しようとして警察沙汰泥酔して共用部分で寝てしまう人繁華街に近い物件でエントランスに吐しゃ物(ゲ〇)繫華街に近い物件でエントランスで立小便酔ったカップルが分譲マンションのエントランスでいかがわしい行為をしようとして警察沙汰酔ったサラリーマンが泣きながらカラーコーンに愚痴を熱弁 どうでしょう、どう対応すればいいのでしょうか? 正直、警察か救急への通報一択となります なぜならお酒を飲まれて泥酔した状態で人に迷惑を掛ける方を理性的に止めることは「ほぼ不可能」です。正気であれば話し合いや注意もできますが、泥酔状態では難しいうえに、下手に身体に触れようものなら、こちらが加害者の烙印を押されかねませんので、警察や救急に電話して対応せざるを得ないのです。また、中には逆ギレのように感情的に喧嘩腰で向かってくる方もいますので尚更です。 言い飽きた格言ですが 酒は飲んでも飲まれるな これに尽きますね。私もお酒の場は好きです。楽しいお酒の席は大好きです。但し私は激弱です。すぐ真っ赤になってしまい、すぐ酔ってしまいます。しかし、その為か、記憶を飛ばしたりすることもありません。このようなトラブルを起こしてしまう方の多くが、「それなりに飲めるか強い」人が多いそうです。飲めるからこそ適量を超えてしまう。そして、飲み会までは理性を保っていたのが、一人になった途端理性を飛ばしてしまう方が多いと警察の方に聞いたことがあります。という訳で、泥酔者の対応については警察や救急などに連絡し、一人で対応することはしないようにしましょう。特に異性間では身体に触れた触れないで大ごとになることもあります。良かれと思って体を起こしてあげたら財布が無くなって、加害者扱いを受けるというケースもあります。善意が善意のままではなくなります。気を付けましょう。そして、お酒を飲む側もほどほどに、最後まで楽しいお酒にしましょうね。
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あけましておめでとうございます
蒲生の大楠 近くからでは全体が収まりません。正に御神木 2023年も皆様にとって実り多き年であるように 新年あけましておめでとうございます。2023年が始まり、当社も4日より営業を開始しております。振り返れば2022年は新型コロナウイルスも収束することもなく、ウクライナ侵攻など決して明るいニュースばかりではありませんでした。しかし、そんな中でも私たちに出来ることはたくさんある。という思いで昨年は走ってきました。世界が暗くても「私たちに近い範囲で出来る範囲で」身の回りの人を幸せにするお手伝いは出来ると信じています。目に映る範囲だけでも、自分の力の及ぶ範囲だけでも人の幸せを願っていきたいものです。正直、若い頃は他人の幸せを妬んでしまうことすらありました。お恥ずかしい話しですが最近ようやく目に映る他人の幸せも微笑ましく見ることが出来るようになりました。そして、身の回りの人たちが幸せそうだと自分自身も「いい気分」になるようになれました。我々管理会社というのは、一番過ごす時間の多い「住宅」の管理が主になります。だからこそ、この時間を大事にしていきたいなと思っております。出来ることが限られているからと諦めることなく、誰かの人生の気付かれないかもしれない部分でも、幸せのお手伝いが出来ればなと新年の蒲生八幡神社で願いと決意を祈ってきました。おみくじは「末吉」でした。
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一年の感謝をみなさまに
本当にありがとうございました。来年もみなさまの幸せのお手伝いを目指して頑張ります。 感謝 早いもので、2022年ももう少しです。みなさまの2022年はいかがでしたでしょうか?我々ロータスホームは前身のマルトクエステート霧島店から一新し、2022年1月より株式会社ロータスホームに生まれ変わりました。新型コロナウイルスも以前猛威を振るってる中、新しい会社としてとにかく激動の一年でございました。少し前進したかと思えばまた後退の繰り返しをしながら、スタッフと共に一所懸命に取り組んでまいりました。時にはみなさまにご迷惑をお掛けし、お𠮟りを受けることもありました。しかし、2022年の終わりに差し掛かり、振り返ってみると、たくさんのオーナーさん、業者さん、入居者さん、たくさんの方から温かい言葉をいただきました。たくさんの方々に応援、ご支援をいただけたおかげだと思っております。とても嬉しかったです。正直、不安や迷いも抱えながらの一年でした。「どうやったら喜ばれるのか?」頭の中はこればかりでした。そんな中でいつも励みになっていたのは、みなさまからの ありがとう この言葉でした。何者でもない私たちに期待と応援をくださった全ての皆様に感謝申し上げます。そして来年は今年より更に成長し、もっと皆様のお役に立てるように精進してまいります。 拙い私と一緒に頑張ってくれたスタッフ、腕の良い業者さん達、同じ不動産業界に身を置く同業者さん、当社の管理物件にお住まいの入居者さん、私たちを信頼し物件を預けてくださっているオーナーさん、そしてロータスホームにお越しいただく全てのお客様、皆様に感謝を申し上げます。まだまだ至らない点もたくさんあろうかと思いますが、今後ともスタッフ一同よろしくお願い申し上げます。 皆さまにとって実り多き2023年になるよう願っております。 株式会社ロータスホーム 代表取締役 内田 幸喜
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満室経営とは誰のおかげなのか?
管理会社のおかげでしょうか? 入居率UPのお礼を受けて返す一言 オーナーさんとお会いした折に、このようなことを言われることがあります。 「ロータスホームで入居率が上がりました、ありがとうございます」このようにお褒めの言葉をいただくのですが、私はこの言葉をいただくと必ず 「いえ、こちらのご提案を受けてくださったおかげです、こちらこそありがとうございます」 と返します。そう、管理会社にとって入居率を上げることはとても大事な仕事の一つです。しかし、入居率が上がったら全て管理会社の手柄だとは思えません。なぜなら、管理会社がいかに優秀だとしても、その提案をオーナーさんが飲んでいただけないことにはどうしようもありません。私たち管理会社は物件の決定権は持っていません。あくまで決定するのはオーナーさんですから。不動産を持っているオーナーさんにとっては、賃貸経営というのは楽しい提案ばかりではないのです。時に費用を支出したり、意見を交わしたり、時間を使ったりと、頭も心も体も使いながら決断していくのです。そんな中で、私たち管理会社からの提案を飲んで、ある種信用して任せてくれるのです。全ての策や提案が当たればいいのですが、そう上手くいかないこともあります。それでも二の矢、三の矢と一緒に進んでいくと、自ずと良い結果になっていきます。 ですから、本心で入居率のUPは「オーナーさんのおかげ」と思っています。もちろん、管理会社の言う事を全て聞けとは思いません、各オーナーさん毎に進め方も違ってきます。投資スタイルや規模、将来へのビジョンなどで良好な経営方法はいくつも枝分かれしていきます。万人に成功する方法など無いと言ってもいいでしょう。それでもイメージを共有し、一緒に満室経営を目指していく過程は楽しいものです。何だか、年末に差し掛かりたくさんのオーナーさんがお越しいただいたり、お会いする機会が多いこの季節、そんなことを改めて考えておりました。そして、提案を飲んでいただいたら結果を出さねばならない!という良いプレッシャーもまた醍醐味の一つでもあります。
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なぜ騒音問題は解決しづらいのか?③ マンションなら大丈夫という幻想他 まとめ
音に強いという過度の幻想はやめておきましょう https://lotushome.jp/blog/3289/ 前回の記事はこちら 7 マンションなら大丈夫という幻想 次にあげるのが、音の問題を避ける為にマンションという選択肢への「過度な幻想」です。そしてこの過度な幻想こそが騒音トラブルを発生させてしまうという内容です。これは、事実の部分と期待の部分がズレるという話しです。まず、音に対して「アパート」と「マンション」ならどっちが強いか?といえば「マンション」であるのは間違いありません。これは構造の差によりますが、大体そうでしょう。しかし、音のトラブルは「アパート」「マンション」どっちが少ないか?といえば必ずしも「マンションの勝ち」とはなりません。なぜでしょう? 音の問題は「期待」と「感覚」にも関わるから そう、音の問題は感覚の違いによるものと話してきましたが、マンション=音に強い というイメージから過度の期待によるトラブルも多いのです。要は「マンションに住んだのに音が聞こえる」という主旨です。皆さんにハッキリと言っておきたいのですが、例え分譲マンションであったとしても共同住宅である以上、「音はします」にもかかわらず、マンション=音がしない という期待を持った方からすると「許せない」という感情を持ってしまいます。体感になりますが、マンションタイプの方が騒音トラブルは多い印象です。これは以下の側面があると思っています。 マンションだから音に強いと思って「音を出す側」が気を遣わない人がいるマンションだから聞こえないと思って「音を受ける側」が期待しすぎるアパートはそもそも「聞こえる」という前提の人が住みやすい音に対して意識の高い(過敏な)人が住みやすい マンションという物への過度の信頼や期待が却って騒音問題に繋がってしまうケースですね。一般的にアパートタイプというのは「音にそこまで強くない」という前提がありますから、選択する方は音に対する期待値がそこまで大きくないのです。他方マンションというのは強いのですが、それでも全くしないという訳でもありませんから、音に無頓着な方が近くにいれば聞こえてしまいます。しかしマンションへの過度の期待値がある方は「音に悩みたくないからマンションにしたのに」という感情も出てしまうのです。その為、騒音に対する苦情というのはアパート>マンションとはならないのです。そしてマンションの方が音の苦情はこじれるケースは多い印象です。やはりマンションに対する期待値というものが働いているのかもしれませんね。 8 救われない専門家や訴訟 訴訟や専門家を活用することも解決の一つではありますが、容易ではありません。これまで申し上げた通り、「騒音」と認定するだけでも高いハードルです。しかもその後弁護士などを使い訴訟などに移行しても変わりません、やはり守りの堅い「借地借家法」、損害賠償を求めても被害とのバランスを欠いた金額、そもそも訴訟費用などが高い現状など本当の意味で救われることが少ないのです。騒音と認定する為の費用から弁護士費用、裁判まで持ち込む労力。これらは並大抵のものではありません。被害者側に立つとあまりに膨大な労力!解決への道はこれでは困難です。 9 管理会社は「人の管理」はできない 借りていただく入居者の行動や宅内での生活スタイル、昨今ライフスタイルの変化や個人個人の新しい価値観などの多様化も叫ばれております。管理会社はあくまで「建物の管理」であり、「人の管理」ではありません。私権を制限するようなことは出来ませんし、すべきでもありません。昔の古い時代のようにお部屋を無断で開けて見る、などはもってのほかです。解決をしたい管理会社ですが、同時に入居者の自由は尊重したい。誰かに制限を課す為にはしっかりとした「基準」が必要です。大多数が納得できる「基準」ですが、現状これはありません。我々管理会社の最大の弱点である「人の自由」とのバランス。個人的には国や法律しかこの部分は触れないのです。せめて基準などが示されるだけでも随分と解決しやすいのですが・・・ まとめ 変革の時では?「借地借家法」 最近の賃貸住宅を取り巻く問題は「借地借家法」の「強さ」が変に作用している印象です。一昔前は横暴な大家や悪徳不動産が横行した経緯もあり、入居者の権利が弱いものでした。そこで登場した「借地借家法」は多くの人を救いました。それに異論はありません。入居者と大家というのは対等であるべきです。しかし、ライフスタイルなども変わった昨今、本当にこのままで良いのでしょうか?最近の借地借家法は「弱者救済を強く打ち出し過ぎて、逆に多くの普通の人を苦しめている」印象があります。音の問題もしかりです、悪質に騒音を出す場合でも「借地借家法」は守ります。簡単に追い出すことはおろか、調査さえも管理会社やオーナーは簡単にできません。こんな状態では誰が助けてあげられるのでしょうか?国や裁判に訴えたとて、明確な基準はなく、実際に実効性のある判決は期待薄です。普通に心穏やかに過ごしたい大多数の人を守れないのです。私は何も「管理会社やオーナー目線の法律になれ」「入居者を簡単に追い出せるようにしろ」とまでは言いません。しかし、「かなりのレアケースに備えようとして、99%以上の普通の入居者が困ってしまう」現状には警鐘を鳴らしたいのです。社会的弱者を守る為の法律が「好き勝手放題する人」も同時に守り、そして悪用されている現状には異を唱えたいのです。社会的弱者を守ることは第一ですが、だからといって99%の大多数を蔑ろにすることはいいのでしょうか?両立する道はあるハズです。





