
勝手に相手をイメージしないように
今回は「クレームに立ち向かう時の心構え」です。ここでの「クレーム」とは正当な苦情ではなく、多少合理性を欠いている程度のものと思ってください。
クレーム対応をする時に恐怖だったり、苦手意識がある人、他の人より悪意に敏感な方は見てもらえると助けになるかもしれません。
まずクレームを言ってくる人がどんな人かですよね。
「相手は良い人か悪い人か?」無意識に気になってしまいます。
最初対応した人にどんな対応で苦情を言ってきたのか?高圧的だったか?
理性的な人か?それとも感情的な人か?
気になりますよね。
今回は相手に対峙する時の心構えをコツとは言いませんが、基本的に持っておくと楽になる考え方を示してみたいと思います。
この人は良い人?

先日、ある同業者と話している時に共通で知っているオーナーさんの話になりました。彼曰く「あのオーナー当たりキツイですよね」という口火から始まり、結局は「良い人じゃない」という結論の話しでした。
なぜそんな風に思うんだ?と遠回しに聞いたところ
以前物件の件で話しをした時に彼が善意でやったことで、理不尽に怒られたことがある。とのことでした。
それ以降、苦手になり、あまり接点を取っていないとのことでした。
ちなみに私も知っているそのオーナーさんは、話しやすく、大体こちらの提案もすぐに聞いてくれる印象でした。理不尽なことで怒られた経験もありません。今の段階では
私がここで言いたいのは「内田はその業者より優秀だ」とか「どんな人でも良い人と思えるなんて素敵」とかそんな話しではないのです。
要は
人が良い人か悪い人かは簡単に分からないから、一つ一つの現象を過度に思い悩むことはない
ということを言いたいのです。
人に心の安定を期待してはダメ
先ほどの例でいきましょう。
私はそのオーナーさんとは特別に接点がある訳ではないです。2人でプライベートな食事もしたことがありませんし、仕事以外の話もさしてすることもありません。
しかし、私にとっては現状「とても良い人」といえます。先ほどの業者さんの印象とは正反対です。
ではこのオーナーさんは「良い人」なのか「悪い人」どちらなのでしょう?
答えは「どっちもある」ですよね
私はたまたま、この方の「良い部分」だけを見てきただけで、逆に業者さんはたまたま「悪い部分」を見たというだけだと思います。
人間が常に同じ心が安定した状態である訳などないのに
そう、あなたに見せる程度の短い時間でその人が良い人か悪い人かなど分かるはずもありません。
あなたに「良い人」の部分で来るか「悪い人」の部分で来るかの2択だけです。
あまり好きな例えではありませんが、こんなことを言う人がいませんか?
あの人は○○○(反社会的勢力)だけど、いい人
たまにこんなことを言ってくる人がいます。反社会的勢力にいる以上、良い人ではないんじゃないかなー?と思っていますが。
しかし、これを言う方にとっては正解なのです。
そう、その人にとっては良い人なのです。他方、大多数の人にとっては「悪い人」となるでしょう。
所詮、良い人か悪い人なんてのは立場や時間、相手次第、もっと言えば機嫌一つで変わるのです。
だからこそ、目の前の人の悪意も大して気にしなくていいのです。
ずっと悪い人かもしれないし、たまたま良い人の部分だけ見続けられるかもしれない。
人の悪意なんてその程度です。しかも家族や恋人など深い付き合いでなければ、その人の一部分しか見なくていいのです。
私はクレームを最終的に解決する立場なのですが(代表者である以上当たり前ですが)
相手がどんな人だったかを格別気にしません。
最初にどんなに怒鳴っている人だったとしてもです。なぜなら
私に見せる顔がどれかは予想しても無駄だから
最初にクレームを受けた人にとっては高圧的で嫌な人でも、相手変われば時間変われば、機嫌変われば分かりません。
相手を「良い人」認定はいいが、「悪い人」認定はしない
ですから、クレームを入れてくる人が良い人かどうか?なんて気にしなくて大丈夫です。
今の段階では間違いなく「悪い人」の部分だけですから。良い人の部分など見せてもらえる機会はないんですから。
最初理性的でも、次の電話では感情的かもしれません。あなただって機嫌の悪い時にきたら少し悪意が出てしまうこともありませんか?
普段なら我慢できることも我慢できなかったり
人の悪意も似たようなものです。
過度に気にしても仕方ありません。私たちが出来るのは問題を解決する位のことしか出来ません。
相手の感情をコントロールすることなど出来ないのですから
最初の印象が悪くても、あなたの対応が良ければ「良い人」に代わる可能性も捨てないでおきましょう。
特に相手の感情に過敏な方だと自分を責めるのも辛いですが、相手を悪意だけの人と認定するのも辛かったりします。
相手を悪い人認定すると、自分に悪意がつきまとってしまいます。負の感情は中々取れませんから。
なので、人生という長い時間の割にはクレームで関わる時間は短いので、あまりその人の人間性を気にしない方がいいと思います。
良い部分が最後の解決で見れたらいいな。と思いながら対応しています。
そして良い人の部分が見れたら「良い人」と勝手に認定して終わります。
「悪い人」という認定はしても不愉快になるだけです。「今日は機嫌悪かっただけかも」と思っておきましょう。
人を「悪い人」認定すると自分にもダメージが残ってしまいますので、やめておきましょう。
自分の為にも
お問い合わせ
-

【ちょっと閲覧注意】年末年始に起こりやすいお酒のトラブル
事件かと思うのですが、「お酒によるトラブル」の可能性も、解決方法は? 年末に入電「廊下に血が・・」 先日、入居者さんから一本の電話が 「廊下に血があります、何か事故とか事件でしょうか?」 これは大変です、とにかく向かいました。すると入口から一定の間隔で赤い点がこれはイカンと思い辿っていくと、途中の階段で一気に量が増えました。それが冒頭の画像ですね。生々しいのでモザイク掛けのままですが、大体分かることでいえば、階段のこの部分でなにかしらがあったのでしょう。恐らく階段の途中で転んでしまったのではないでしょうか。 そのまま外へ出て行ったのでしょう。その為、入口から点々と続いていたのです。ケガをした人がそのままマンション外へと向かったと推測されます。とりあえず応急的に清掃をしましたが、血の扱いというのは厄介なものです。ケガなどで出血した場合ならまだしも、病気による出血などであった場合、感染症のリスクがあり、簡単に清掃できるものではありません。また、血液というのは意外と落ちないものです。衣類などに着いた場合もシミになりやすいことは皆さんご存じだと思います。今回はオーナーさんにご報告して清掃の方に薬剤を使って落としていただきました。今回の調査では事件性などもないようでした。しかし、年末年始や年度末にはこの手のトラブルが起こりやすいのです。なぜでしょうか? 年末年始や年度末の「泥酔トラブル」の解決法 年末年始や年度末で増えること、それは「飲酒の機会」 そう、それに伴う 泥酔トラブル もちろん頻繁に起こる訳ではありませんが、この時期ならではのトラブルという感覚です。私も数々この手のトラブルがありましたが、鹿児島県民はお酒に強いのか最近はほとんど経験しなくなりました。しかし、東京都で分譲マンションの管理をしている時には以下のような経験がありました。 泥酔して転んで流血泥酔で自宅と勘違いして別の部屋に侵入しようとして警察沙汰泥酔して共用部分で寝てしまう人繁華街に近い物件でエントランスに吐しゃ物(ゲ〇)繫華街に近い物件でエントランスで立小便酔ったカップルが分譲マンションのエントランスでいかがわしい行為をしようとして警察沙汰酔ったサラリーマンが泣きながらカラーコーンに愚痴を熱弁 どうでしょう、どう対応すればいいのでしょうか? 正直、警察か救急への通報一択となります なぜならお酒を飲まれて泥酔した状態で人に迷惑を掛ける方を理性的に止めることは「ほぼ不可能」です。正気であれば話し合いや注意もできますが、泥酔状態では難しいうえに、下手に身体に触れようものなら、こちらが加害者の烙印を押されかねませんので、警察や救急に電話して対応せざるを得ないのです。また、中には逆ギレのように感情的に喧嘩腰で向かってくる方もいますので尚更です。 言い飽きた格言ですが 酒は飲んでも飲まれるな これに尽きますね。私もお酒の場は好きです。楽しいお酒の席は大好きです。但し私は激弱です。すぐ真っ赤になってしまい、すぐ酔ってしまいます。しかし、その為か、記憶を飛ばしたりすることもありません。このようなトラブルを起こしてしまう方の多くが、「それなりに飲めるか強い」人が多いそうです。飲めるからこそ適量を超えてしまう。そして、飲み会までは理性を保っていたのが、一人になった途端理性を飛ばしてしまう方が多いと警察の方に聞いたことがあります。という訳で、泥酔者の対応については警察や救急などに連絡し、一人で対応することはしないようにしましょう。特に異性間では身体に触れた触れないで大ごとになることもあります。良かれと思って体を起こしてあげたら財布が無くなって、加害者扱いを受けるというケースもあります。善意が善意のままではなくなります。気を付けましょう。そして、お酒を飲む側もほどほどに、最後まで楽しいお酒にしましょうね。
-

あけましておめでとうございます
蒲生の大楠 近くからでは全体が収まりません。正に御神木 2023年も皆様にとって実り多き年であるように 新年あけましておめでとうございます。2023年が始まり、当社も4日より営業を開始しております。振り返れば2022年は新型コロナウイルスも収束することもなく、ウクライナ侵攻など決して明るいニュースばかりではありませんでした。しかし、そんな中でも私たちに出来ることはたくさんある。という思いで昨年は走ってきました。世界が暗くても「私たちに近い範囲で出来る範囲で」身の回りの人を幸せにするお手伝いは出来ると信じています。目に映る範囲だけでも、自分の力の及ぶ範囲だけでも人の幸せを願っていきたいものです。正直、若い頃は他人の幸せを妬んでしまうことすらありました。お恥ずかしい話しですが最近ようやく目に映る他人の幸せも微笑ましく見ることが出来るようになりました。そして、身の回りの人たちが幸せそうだと自分自身も「いい気分」になるようになれました。我々管理会社というのは、一番過ごす時間の多い「住宅」の管理が主になります。だからこそ、この時間を大事にしていきたいなと思っております。出来ることが限られているからと諦めることなく、誰かの人生の気付かれないかもしれない部分でも、幸せのお手伝いが出来ればなと新年の蒲生八幡神社で願いと決意を祈ってきました。おみくじは「末吉」でした。
-

一年の感謝をみなさまに
本当にありがとうございました。来年もみなさまの幸せのお手伝いを目指して頑張ります。 感謝 早いもので、2022年ももう少しです。みなさまの2022年はいかがでしたでしょうか?我々ロータスホームは前身のマルトクエステート霧島店から一新し、2022年1月より株式会社ロータスホームに生まれ変わりました。新型コロナウイルスも以前猛威を振るってる中、新しい会社としてとにかく激動の一年でございました。少し前進したかと思えばまた後退の繰り返しをしながら、スタッフと共に一所懸命に取り組んでまいりました。時にはみなさまにご迷惑をお掛けし、お𠮟りを受けることもありました。しかし、2022年の終わりに差し掛かり、振り返ってみると、たくさんのオーナーさん、業者さん、入居者さん、たくさんの方から温かい言葉をいただきました。たくさんの方々に応援、ご支援をいただけたおかげだと思っております。とても嬉しかったです。正直、不安や迷いも抱えながらの一年でした。「どうやったら喜ばれるのか?」頭の中はこればかりでした。そんな中でいつも励みになっていたのは、みなさまからの ありがとう この言葉でした。何者でもない私たちに期待と応援をくださった全ての皆様に感謝申し上げます。そして来年は今年より更に成長し、もっと皆様のお役に立てるように精進してまいります。 拙い私と一緒に頑張ってくれたスタッフ、腕の良い業者さん達、同じ不動産業界に身を置く同業者さん、当社の管理物件にお住まいの入居者さん、私たちを信頼し物件を預けてくださっているオーナーさん、そしてロータスホームにお越しいただく全てのお客様、皆様に感謝を申し上げます。まだまだ至らない点もたくさんあろうかと思いますが、今後ともスタッフ一同よろしくお願い申し上げます。 皆さまにとって実り多き2023年になるよう願っております。 株式会社ロータスホーム 代表取締役 内田 幸喜
-

満室経営とは誰のおかげなのか?
管理会社のおかげでしょうか? 入居率UPのお礼を受けて返す一言 オーナーさんとお会いした折に、このようなことを言われることがあります。 「ロータスホームで入居率が上がりました、ありがとうございます」このようにお褒めの言葉をいただくのですが、私はこの言葉をいただくと必ず 「いえ、こちらのご提案を受けてくださったおかげです、こちらこそありがとうございます」 と返します。そう、管理会社にとって入居率を上げることはとても大事な仕事の一つです。しかし、入居率が上がったら全て管理会社の手柄だとは思えません。なぜなら、管理会社がいかに優秀だとしても、その提案をオーナーさんが飲んでいただけないことにはどうしようもありません。私たち管理会社は物件の決定権は持っていません。あくまで決定するのはオーナーさんですから。不動産を持っているオーナーさんにとっては、賃貸経営というのは楽しい提案ばかりではないのです。時に費用を支出したり、意見を交わしたり、時間を使ったりと、頭も心も体も使いながら決断していくのです。そんな中で、私たち管理会社からの提案を飲んで、ある種信用して任せてくれるのです。全ての策や提案が当たればいいのですが、そう上手くいかないこともあります。それでも二の矢、三の矢と一緒に進んでいくと、自ずと良い結果になっていきます。 ですから、本心で入居率のUPは「オーナーさんのおかげ」と思っています。もちろん、管理会社の言う事を全て聞けとは思いません、各オーナーさん毎に進め方も違ってきます。投資スタイルや規模、将来へのビジョンなどで良好な経営方法はいくつも枝分かれしていきます。万人に成功する方法など無いと言ってもいいでしょう。それでもイメージを共有し、一緒に満室経営を目指していく過程は楽しいものです。何だか、年末に差し掛かりたくさんのオーナーさんがお越しいただいたり、お会いする機会が多いこの季節、そんなことを改めて考えておりました。そして、提案を飲んでいただいたら結果を出さねばならない!という良いプレッシャーもまた醍醐味の一つでもあります。
-

なぜ騒音問題は解決しづらいのか?③ マンションなら大丈夫という幻想他 まとめ
音に強いという過度の幻想はやめておきましょう https://lotushome.jp/blog/3289/ 前回の記事はこちら 7 マンションなら大丈夫という幻想 次にあげるのが、音の問題を避ける為にマンションという選択肢への「過度な幻想」です。そしてこの過度な幻想こそが騒音トラブルを発生させてしまうという内容です。これは、事実の部分と期待の部分がズレるという話しです。まず、音に対して「アパート」と「マンション」ならどっちが強いか?といえば「マンション」であるのは間違いありません。これは構造の差によりますが、大体そうでしょう。しかし、音のトラブルは「アパート」「マンション」どっちが少ないか?といえば必ずしも「マンションの勝ち」とはなりません。なぜでしょう? 音の問題は「期待」と「感覚」にも関わるから そう、音の問題は感覚の違いによるものと話してきましたが、マンション=音に強い というイメージから過度の期待によるトラブルも多いのです。要は「マンションに住んだのに音が聞こえる」という主旨です。皆さんにハッキリと言っておきたいのですが、例え分譲マンションであったとしても共同住宅である以上、「音はします」にもかかわらず、マンション=音がしない という期待を持った方からすると「許せない」という感情を持ってしまいます。体感になりますが、マンションタイプの方が騒音トラブルは多い印象です。これは以下の側面があると思っています。 マンションだから音に強いと思って「音を出す側」が気を遣わない人がいるマンションだから聞こえないと思って「音を受ける側」が期待しすぎるアパートはそもそも「聞こえる」という前提の人が住みやすい音に対して意識の高い(過敏な)人が住みやすい マンションという物への過度の信頼や期待が却って騒音問題に繋がってしまうケースですね。一般的にアパートタイプというのは「音にそこまで強くない」という前提がありますから、選択する方は音に対する期待値がそこまで大きくないのです。他方マンションというのは強いのですが、それでも全くしないという訳でもありませんから、音に無頓着な方が近くにいれば聞こえてしまいます。しかしマンションへの過度の期待値がある方は「音に悩みたくないからマンションにしたのに」という感情も出てしまうのです。その為、騒音に対する苦情というのはアパート>マンションとはならないのです。そしてマンションの方が音の苦情はこじれるケースは多い印象です。やはりマンションに対する期待値というものが働いているのかもしれませんね。 8 救われない専門家や訴訟 訴訟や専門家を活用することも解決の一つではありますが、容易ではありません。これまで申し上げた通り、「騒音」と認定するだけでも高いハードルです。しかもその後弁護士などを使い訴訟などに移行しても変わりません、やはり守りの堅い「借地借家法」、損害賠償を求めても被害とのバランスを欠いた金額、そもそも訴訟費用などが高い現状など本当の意味で救われることが少ないのです。騒音と認定する為の費用から弁護士費用、裁判まで持ち込む労力。これらは並大抵のものではありません。被害者側に立つとあまりに膨大な労力!解決への道はこれでは困難です。 9 管理会社は「人の管理」はできない 借りていただく入居者の行動や宅内での生活スタイル、昨今ライフスタイルの変化や個人個人の新しい価値観などの多様化も叫ばれております。管理会社はあくまで「建物の管理」であり、「人の管理」ではありません。私権を制限するようなことは出来ませんし、すべきでもありません。昔の古い時代のようにお部屋を無断で開けて見る、などはもってのほかです。解決をしたい管理会社ですが、同時に入居者の自由は尊重したい。誰かに制限を課す為にはしっかりとした「基準」が必要です。大多数が納得できる「基準」ですが、現状これはありません。我々管理会社の最大の弱点である「人の自由」とのバランス。個人的には国や法律しかこの部分は触れないのです。せめて基準などが示されるだけでも随分と解決しやすいのですが・・・ まとめ 変革の時では?「借地借家法」 最近の賃貸住宅を取り巻く問題は「借地借家法」の「強さ」が変に作用している印象です。一昔前は横暴な大家や悪徳不動産が横行した経緯もあり、入居者の権利が弱いものでした。そこで登場した「借地借家法」は多くの人を救いました。それに異論はありません。入居者と大家というのは対等であるべきです。しかし、ライフスタイルなども変わった昨今、本当にこのままで良いのでしょうか?最近の借地借家法は「弱者救済を強く打ち出し過ぎて、逆に多くの普通の人を苦しめている」印象があります。音の問題もしかりです、悪質に騒音を出す場合でも「借地借家法」は守ります。簡単に追い出すことはおろか、調査さえも管理会社やオーナーは簡単にできません。こんな状態では誰が助けてあげられるのでしょうか?国や裁判に訴えたとて、明確な基準はなく、実際に実効性のある判決は期待薄です。普通に心穏やかに過ごしたい大多数の人を守れないのです。私は何も「管理会社やオーナー目線の法律になれ」「入居者を簡単に追い出せるようにしろ」とまでは言いません。しかし、「かなりのレアケースに備えようとして、99%以上の普通の入居者が困ってしまう」現状には警鐘を鳴らしたいのです。社会的弱者を守る為の法律が「好き勝手放題する人」も同時に守り、そして悪用されている現状には異を唱えたいのです。社会的弱者を守ることは第一ですが、だからといって99%の大多数を蔑ろにすることはいいのでしょうか?両立する道はあるハズです。





