
人に人を変える力はあるのか?
今回は完全に雑談と個人的な見解です。
さて、今回のテーマである「人を変える力が人にあるのか?」です。
みなさんもこれまでの人生で様々なアドバイスやお説教、提言や指導など、言葉のニュアンスは違いますが、人からたくさんの言葉を掛けられてきたことと思います。
そして、年齢や立場の変化に伴い、言われる側から「言う側」に変わってきませんか?
そんな中で、人の言葉の力ということを考えます。
言う側に立った時にこんな想いをしたことはありませんか?
「あの人の為を思って言ったのに、全然変わらない」だったり「あんなに目を掛けたのに裏切られた」
今回は私が言葉の力や他人を変えることについて思っていることを書いてみようと思います。
あくまで私個人の見解ですので、「へぇ、そうなんだ」で結構です。
人を変える力などない

私が思っている結論から言ってしまうと
人に人を変えるほどの力は無い
何回かのお説教や素晴らしいアドバイスで人間が変われるほど、人は単純でもなければ簡単ではないのです。
そもそも、そんな簡単に人が変われるのであれば世の中は苦労しません。
自分の子供や家族、職場に出れば部下や同僚、ご近所の方々、友人、取引先や社外の関係者など私たちは人生を歩んでいく中で決して一人では生きていけずに、他者と関わりを持たずにはいられません。
そんな中であなたの言う通りに人は全て上手くいくでしょうか?
そもそも、あなた自身は人から言われたことを素直に全て聞いているでしょうか?
私自身はいつ頃からか「私には人を変える言葉や力は無い」と確信しているところまであります。
それは何回か失敗した程度で諦めた。という簡単な結論で導き出した訳ではありません。
今までそれなりの数の人と関わりを持ち、一生懸命に人と関わってきた結果です。
しかし、だからといって私は
アドバイスやお説教なるものをやめてもいません、それどころか昔より熱を持って行っています
人に人を変えられないと思っているのに、なぜアドバイスや説教をするんだ?と思いますか?
それにはある一つの信念があるからです。
いつか届いたら

私は「人に人を変える力は無い」とハッキリと思っています。
じゃあなぜ未だに昔より情熱を持ってアドバイスを送っているのか?というと
人は他人からの言葉では変わらないが、自分の力で変わることはできる、そして変わろうと思った時に役に立てばいい
と思っているのです。
私自身には人を変える力はありませんが、本人が「変わりたい」と本気で思ったなら、人が変わることは簡単だからです。
そしてその時に
「あぁ、昔内田が言ってたことはこのことか」
と役に立ってくれればいいのです。
ついついアドバイスやお説教をする人というのは「人の為」と「自分が変えてやった」という部分が混同してしまいます。
一生懸命アドバイスすればするほど、変化が見えないと腹が立ったり、不満に思ったり、裏切られたという被害者意識になったりします。
また、アドバイスが上手くいけば、アドバイスを送った自分こそが素晴らしいという気持ちになったりもします。
いつの間にか、人の為だったはずが自分の為になっていたりします。
私ももちろん、このような意識でした。
せっかく時間を使って教えているのに・・、正しいことを言っているのに・・、こんなに想っているのに・・
ふと気付くと、私の感情ばかりでした。相手を思っているはずが、なんてことはない醜い自分自身の虚栄心や自己満足でした。
そんな時にふと自分のことを考えてみました。
私は今より若い時は、今より更にどうしようもない人間でした。
私生活や性格、仕事の意識など含めて今の自分から見ると、途轍もなくダメな男でした。
もちろん今でも未熟ですが、それなりに成長はしてきました。
その成長してこれた要因はなんだろう?と思い返してみたところ
やっぱり身の回りにいた人からの熱意をもった関わりでした。
当時は怖いだけの上司、細かな点ばかり注意してくる人、私のことを嫌いだと思っていた人
それらの人たちの言葉が、ふとした時に甦ってきたのです。そしてそのたびに「もう少しマシな人間になろう」と思って少しずつ改善してきました。
自分自身の経験を思い返した時に
当時の私に一生懸命向き合ってくれてた人たちも、今の私と同じだったのかもしれない。と思いました。
「いつか届けばいい」「本人が変わろうと思った時に役に立てばいい」「気付くきっかけになれば」
私はただ周りの人に恵まれていただけなのですが、これからは自分自身もそうありたいと思うようになりました。
そんなことを考えた結果
「人は人を変える力は無い」という結論と「だからといってアドバイスはやめない」という一見矛盾する結論を持つに至りました。
今、自分の言葉が届かないと無力感に悩まされる皆さん、あなたの言葉はいつか目の前の人が変わりたいと思った時にはきっと役に立つことでしょう。
そして、その時にはあなたは報われることは無いかもしれません。
しかし、今の私のように「あの人がいてくれて良かった」と心から思う人もいるかもしれません。
私はそうなればいいなと思いながら今日も熱をもって人と話しています。
届くか届かないかは私にはどうでもいいことなのです。
いつか役立てば、それで十分なのです。そして役に立たなかったなら、それもそれで仕方のないことです。
この考え方に至ってからは逆に無力感もなくなりました。
一見諦めた厭世的な人間と思いましたでしょうか?
実は人間に対してかなり希望を持っている方だと思っています。

