
管理会社あるある
今回は管理会社あるある冬編でございます。
管理会社で働くと季節に敏感になります。
それは四季を感じるという風情のあるものもあれば、冬ならではのトラブルというのもあります。
今回はいくつかご紹介していきましょう。
車を降りた途端襲ってくる尿意

まずはこれからですね。
冬の寒い時期ですが、物件を周らなければいけません。
温かい車内で物件に着きます。
「さあ、室内チェックするぞ」と意気込みます。
しかし、寒暖差が容赦なくここで襲い掛かります。
今まで何とも思っていなかったのに、急に小がしたくなります。
もちろん、空室のお手洗いを使う訳にはいきません!既にハウスクリーニングをされています。
そして当社のハウスクリーニングではハウスクリーニング後に使用すると分かります。バレます。
もちろんスタッフ含めてそれも分かっているので、こうなったら解決策は一つ
「なるべく早く用事を終わらせる」
しかし、そういった時に限って
不備ヵ所が見つかるのです
必死に内股になり、懸命に作業を終わらせます。
そして、車に乗り込み、急いでトイレへ向かうぞ
あれ?
車に乗った途端収まる尿意
そう、車に一旦乗ると収まってしまうのです。
「これならトイレに寄らずに次の物件も大丈夫そうだな」と思うのです。
そして油断させつつ次の物件へ到着
襲い来る第2波!
前回を凌ぐビッグウェーブ到来
物件周りに出かける前にはトイレに行っておきましょう。
底冷えする「空室」

この季節の内見つまりご案内時に良く言われるのが
「この部屋寒くないですか?断熱効いてないんじゃないですか?」
というお言葉
確かにそういう物件ということもありますが、それ以上に原因があります。
人の住んでいる物件は少なからず熱を出している物があるから温かい
ということです。
つまり、普通に生活していると冷蔵庫や家電類などが常時動いている訳です。
そうすると少なからず機械から熱を出しています。
空室は基本電源を落としてある為、熱を出す物がありません。
だから、普段の自分の家よりも格段に寒さを感じてしまうのです。
そして、管理会社スタッフは空室の確認などで部屋に上がると
足の裏などから体温を2度は奪われます
雪の予報で心配なのは通勤ではなく・・

明日の天気予報を見よう
「今年一番の寒波到来、道路の凍結にご注意ください」
あぁ、明日水道管大丈夫かな?
この思考回路になっているあなたは立派な管理スタッフです!
そう、子どもは雪合戦を楽しみに、会社員なら「ワンチャン、会社休みにならないかな」と期待する世の中を尻目に管理会社が思うのは
「凍結はいい」
「破裂だけするな」
凍結はやむを得ませんが、凍結による破裂は被害甚大です。
一度などは4階の水道管が破裂し、マンションの外に盛大に水を噴射したことがあります。
キラキラと朝日に照らされていました!
季節外れの虹を見ながら
「こんなにキレイだと思えない虹は初めてだ」
と呟いたことを忘れません。
社内に帰った後の睡魔

寒い外回りを終え、社内に帰ると温かいオフィスのお出迎えです。
ホッと一息つき、さあ事務作業だ
温かいお茶を飲み・・・・
さあ、やるぞ・・・・・・・・・・・・・・
明日までに管理報告書を・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
冬が終われば
管理会社にとっては冬というのは特別でもあります。
それは「お部屋探しの繁忙期」と呼ばれるシーズンが到来するのです。
新社会人や学生さん、転勤など新年度に向けて様々な人たちが出会いと別れを繰り返します。
とても良くしてくれた入居者さんとの別れを惜しみ、新たな入居者さんとの出会いを期待しながら迎えます。
こんな風な管理会社あるあるを書いておきながらですが、この時期は好きなのです。
特に希望や新生活のワクワクに携わる機会の多いこの季節、そのお手伝いの為ならこの程度の「あるある」は笑い話ですからね。
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管理スタッフは「ポンコツ翻訳家」であるべき
管理会社はオーナーではない 管理会社のスタッフというのは、仲介役です。 入居者さんとオーナーさんを繋ぐ役割であることは周知の事実かと思います。 通常の管理委託契約を結んでいる形態であるならば、あくまで決定権や方針は物件の所有者であるオーナーさんにあります。 よく入居者さんが勘違いしているのですが、管理会社が権限を持っているという風に思われています。 もちろん、多少の権限はあるのですが、大きな変更や多額の支出を伴う工事などの権限は持っていません。 時には「こんなのすぐ返事出来るんじゃないの?」といったことでも返事までにお時間を頂いたりするのは、その為です。 今回はそんな管理会社の管理スタッフが備えておくべき能力 管理スタッフは「ポンコツ翻訳家」であるべきについてお話しようと思います。 なんでも伝えりゃいいってもんじゃない まずは大前提として 入居者とオーナーの感覚は違うことが多い オーナーさんは本当の意味での入居者さんの気持ちが分からないことが多くあります。 それは仕方のないことと思います。 実際に住んで生活する入居者と、収益性の為に事業として行うオーナーには、時には対立構造のようになってしまう問題が起こってしまうのです。 お金を払っている以上求めたい入居者 VS 十分やっているつもりなのに過大な要求だと思ってしまうオーナー これはあくまで一例ですが、こういった意識の乖離の間に立つのが管理会社のスタッフとなります。 そんな時に例えば入居者さんとオーナーさん、直接双方の言い分をやり取りした場合、どうでしょう。 高確率で揉めることは容易に想像できます。 そもそも、そういった対応をしなくてもいいように管理会社というのがあるのですからね。 問題はここからです。 入居者とオーナーのどちらも異論の無い事柄はいいのです。例えばお部屋の設備で水漏れがあった場合などで、対応を渋るオーナーなどはいないことでしょう。こういったことではトラブルにはなりません。 しかし、入居者とオーナーの意見が対立するような事柄の時に管理会社スタッフは板挟みとなってしまいます。 そんな時でも管理会社スタッフというのは解決へ歩みを進めるべきです。 その中で必要になる能力というのが「ポンコツ翻訳家」なのです。 要は入居者もオーナーも言い分があるはずです。しかし 言い分をありのまま、直接伝えたのでは上手くいくはずがない そんな時に解決へ導くため、ポンコツ翻訳家の出番です。 人間は感情の生き物である 人間というのは感情の生き物です。 時には理屈や損得を超える決断すら感情のままにしてしまうことが多くあります。 そういった部分を知らずにオーナー、入居者の言い分をありのままに直接ぶつけてしまったとしたら、どうなるでしょうか? 高確率で双方の目的は達成されないでしょう そもそも、法律や契約上でしなければならないことは論点になりません。決められた義務はオーナー、入居者共にお互い果たすしかありませんからね。 しかし、問題が起きている時は大体、契約や法律でグレーな部分で起こるのです。 そうでなければ基本的には揉めることはないのですから。 そんな状態で双方にとって良い状態に持ち込む為にはどうしたらいいのでしょうか。 いよいよ「ポンコツ翻訳家」の出番です。 ポンコツ翻訳家とは「お互いの言い分を感情に左右されないように翻訳して相手に伝える」という能力です 言い分をオブラートやフィルターを駆使して、相手に伝えるのです。 相手の言い方や感情のもつれを「わざと正確に伝えない」という意味でのポンコツ翻訳能力です。 そうすることで、問題をスムーズに解決することを目指すのです。 有能な通常の翻訳家ではオブラートも何もありません。 相手からの言葉をそのまま伝えたのでは、気分を害してしまうような内容すらも、ポンコツ翻訳家を通すことで聞けるようになります。 相手の要求が飲めないということは多々あるでしょうが、多くの場合、「言い方」が悪かったり、心象を損なって聞いてもらえない。のように、もそも交渉のスタートに立てないこともあるのです。 そういった感情の行き違いを無くしてあげることが管理会社の立場として大事だと思っています。 その為にお互いの感情を整理して、事実をベースに物事を解決していかねばならない訳です。 事実を曲げてはいけない とはいえ、注意点もあります。それは 結果や本質を変えてはいけない フィルターやオブラートまではいいのかもしれませんが、相手の返答そのものを捏造してしまって、結果を変えてはいけません。 例えば修繕についてオーナーはNOと言ったのに、相手にYESと伝えることはあってはいけません。 それは最早「嘘」ですからね。 そうではなくて、双方の言い分だけをしっかりと伝えるだけでいいのです。 例えばですが、こんな入居者がいたとしましょう。 入居者「トイレから水が漏れてきた。こんなボロ物件に住んでやっているのに、こんなことまであるなんて最悪な物件だ」 ここまでヒドイ言い方をする人はいないでしょうけどね。 当然ながら上記のような言われ方をされた場合、多くの人は気分は良くないでしょう。 ポンコツ翻訳家を通してみましょう。オーナーさんへの報告ですね (本当は水漏れなら早急に対応しますが、例として) ポンコツ翻訳家「入居者さんからの連絡でトイレから水漏れが起っているそうです、お困りのようなので修繕しても良いでしょうか」 となるでしょう。 水漏れの不満を解決して欲しい。という部分以外はいらない情報ですから伝える必要はないでしょう。水漏れで困っているのも事実ですから。 基本的には相手の感情の部分は抑えて伝えることが基本となるでしょう。 感情だけは当人の価値観に大きく左右されてしまいます。 あくまでも冷静に事実としての問題解決に徹するべきです。 特に悪意ある言動については、取扱は注意です。 発した本人も普段はそんなことはしないのに、トラブルなどで頭に血が上って口走ってしまったりするものです。 根っからの筋違いなものでなければ、問題にすることもないでしょう。わざわざ伝えるまでもないでしょう。 先ほどの例でいえば、「水漏れを早急に直して欲しい」という点以外は入居者自身もオーナーに伝えたい訳ではないでしょう。 そうであれば、ポンコツ翻訳家はその部分を削除しても良い訳ですね。 ポンコツ翻訳家を通して言葉を聞いたオーナーは「それは大変だ、すぐに対応してください」となるでしょう。 そして問題解決へ進む。 それでいいのだと思います。 管理会社のスタッフは時に強い言葉を受けてしまい、まるで自らを責められているかのように思うことも多々あります。 しかし、そんな時でも「ポンコツ翻訳家」としての能力を発揮させねばなりません。 自分の怒りにまかせて物事を伝えたとしても誰も幸せにはなりません。 管理会社で働く同志のみなさん、今年も一年お疲れ様でした。 この言葉はそのまま受け取ってください。
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意外と知らない「ベランダ」と「バルコニー」と「テラス」の違い
呼び方が違うだけ? 今回はベランダとバルコニーの違いをお知らせしてみようと思います。 ちなみにみなさんは「ベランダ」と「バルコニー」の違いはご存じでしょうか? 諸説あるのですが、不動産会社的な定義を簡単にいえば 「上に屋根があるのがベランダ、雨を防ぐものがなければバルコニー」 となっています。 例えば、5階建てマンションの2階にベランダがある場合、大抵の場合ベランダに出ると上には上階のベランダがあり、屋根代わりになっていますよね。あれはベランダです。 反対に最上階になり、同じように外に出た場合、屋根がなかったりします。この場合はバルコニーとなる訳ですね。 ちなみにどっちがどっちか分からなくなった場合、「ルーフバルコニー」という言葉を覚えておくと思い出せます。 これがルーフバルコニーです。 下にはどこかのお部屋などがあります。下のお部屋の天井(ルーフ)がバルコニーになっている。という状態です。 こんな広さなので当然屋根などありません。 なので「ルーフバルコニーは屋根がない」だから「バルコニーは屋根がなくて、あるのはベランダ」と思い出せます。 この知識をつけたみなさんは今後お部屋を探す時に ベランダとバルコニーをしっかり見分けて探そう!と思うかもしれません。 しかし、その努力は無駄です。 なぜなら当の不動産会社自身がベランダとバルコニーを区別して使っていないから そうなのです、不動産会社自身は対して気にしていません。 なぜかといえば 募集サイト(suumoなど)でも明確に区別していなかったりするのです。 ベランダやバルコニーの「有無」は項目があるのですが、わざわざベランダとバルコニーを区別していなかったりするのです。 その為、ベランダかバルコニーかという区別の知識があったとしても、ネット上で探す時には対して意味を持ちません。 不動産会社自身もベランダやバルコニーの有無は確認していますが、違いまでは確認していたりしないことがほとんどです。 また不動産会社の営業マンもベランダとバルコニーの違いを知らない人も多い為、重要視されていません。 かくいう私もお部屋探しの方にわざわざ「ベランダ」と「バルコニー」の違いなど指摘したりはしません。 せいぜい、聞かれたり雑談の範囲程度で話すことがあるかどうかです。 ちなみにテラスとは? 他にもテラスというのもありますが、こちらは 1階の外に出れる場所で、地面よりも1段高いスペース と簡単に覚えておけばいいでしょう。 画像で説明すると分かりやすいのでコチラを このタイルの部分が「テラス」です。 外に出れて地面より1段高い。ですね そして、このテラスの材質が木で出来ていると「ウッドテラス」となるのです。 ここは単にコンクリートを打っているだけの場所ですので、屋根の有無は関係ありません。 しかし、この知識をつけても「ベランダ・バルコニー」と同様にお部屋探しの時にはあまり役に立ちません。 理由は同じく「不動産会社自身が対して区別していない」からです。 単なる庭を「テラス」としていたり、1階のベランダを「テラス」としていたりなども珍しくはありません。 じゃあ何で役に立たないことを教えたの? という問いには だって知ってた方がカッコイイじゃないですか さあ、これからのお部屋探しの季節に不動産会社に行って営業の方に問いかけてみましょう! 「ベランダとバルコニーの違いって知ってますか?」「テラスの定義って知ってますか?」と そして知らなかった場合にはマウントを取ってやりましょう。 きっと良い顔はされないでしょう。 その時に絶対私の名前は出さないでくださいね。
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管理会社あるある 年末編 ~酒は飲んでも飲まれるな~
管理会社はつらいよ 師(僧侶)も走る位忙しい時期ということで師走と呼ばれるそうですが、12月は管理会社も大変な時期となります。 今回はそんな12月や年末年始にありがちな苦情などを管理会社あるあるとしてご紹介してみたいと思います。 忘年会シーズンとなり、お酒を飲む機会も自然と増えるこの季節。 お酒の失敗を起こす方が出てきたりするものです。 忘年会などになる為、普段はお酒を飲まない方なども「こんな時くらいは・・」となったり、ついつい楽しくて飲み過ぎてしまう方など、普段の生活では起こらないようなことが起こってしまいます。 管理会社はこの「酔っ払い」の後始末が降りかかってくることもあるのです。 ご紹介していきましょう。 嘔吐 まずは最凶最悪のこの行為 敷地や共用部分に吐かれた場合の被害は甚大です。 他の入居者に与える不快感と清掃を行う人の手配など、その迷惑さ加減は怒りすら覚えるほどです。 また、この季節ですと様々なウイルスなどの感染なども含めて、注意せねばなりません。 普段の季節ではほとんどありませんが、この時期になると発生したりします。 繁華街にほど近い物件などになれば、入居者ではなく、通りすがりの人が敷地に嘔吐されたりなど、本当に迷惑な行為となります。 体調不良などによる嘔吐の場合は、大体本人、もしくはご家族などがしっかりと掃除をするのですが、そこは酔っ払い。 掃除などをしない方もいるわけです。 これは本当に全ての人に迷惑になりますし、仮に特定された場合、そういった清掃料金含めてご請求されても文句はいえないでしょう。 本当に気を付けましょう。 他の部屋をガチャガチャ これはですね。 酔っ払い過ぎて自分の部屋と他人の部屋が分からなくなってしまい、他人の部屋のドアノブをガチャガチャする行為です。 本人は自分の部屋にやっと辿り着いたと思っていますが、そこは他人の部屋です。 賃貸物件はほとんどの場合、玄関ドアに特徴はありません。お隣や上下でデザインが変わることは稀です。 仮に間違ったとしても、普段の理性がある状態であれば、鍵が合わないことですぐ理解するでしょう。 しかし、お酒に酔った状態では、そんな当たり前のことが分からなくなる人もいるのです。 挙句、無理にドアをガチャガチャしたり、家族が中で寝てると思って「おーい開けてくれー」と大声を出してみたり 想像してください。 あなたの玄関ドアが深夜にガチャガチャされたり、「開けてくれー」と大声を出されたら 恐怖です ちなみにこういったことをされた場合はどうしたらいいのでしょうか? ずばり警察に言う方がいいと思っています。 自分のお部屋と他人のお部屋の区別がつかない状態の人相手に説明したりするのは、中々難しいものです。 中にはお話にならないケースなどもある為、不審者として警察を頼った方が良いと思います。 また酔っ払いかどうかも確信を持てないこともありますので、やはり直接対峙はあまりお勧めしません。 ケガ これは人にも迷惑になりますし、なにより自分も痛い目を見てしまいます。 階段で転んでしまう、転んで鼻血などが多い気がします。 管理会社として困ってしまうのはやはり「血」です。 血痕が残った場合、清掃も大変なのですが、何より この物件の入居者に何かあったのではないか? と不安になるのです。 当の本人は転んだと分かっているかもしれませんが、管理会社としては事情が分からなければ 誰かひどいケガをして室内で倒れていないか? 暴力的な事件ではないか? 具合が悪くて室内で倒れているのかも? など、心配をしてしまいます。 これもせめて自覚があるのであれば連絡して欲しいものです。 そうでなければ管理会社スタッフは心配のままなのです。 もちろん、清掃などはご自身で出来る状況であれば、自分ですべきですし、もし出来ない場合などは管理会社にしっかりと伝えましょう。 お酒はほどほどに いかがでしたでしょうか。 お酒というのは適度に楽しむ分には素敵なものです。 今年の頑張りを労ったり、来年への英気を養ったりといいこともあります。 一方でコロナウイルスなどがここ数年は猛威を振るったこともあり、ここ数年は忘年会や飲み会なども減っておりました。 そうして迎えた今年、自粛も明けて楽しい機会が増えましたよね。 そんなせっかく楽しい時期が戻ってきた訳ですから、誰かに迷惑を掛けたり、自分自身を傷つけるようなことはしないようにしましょう。 私自身はお酒は弱いですが、楽しいお酒はやはり好きなものです。 自分もそして身の回りの人も気分よく過ごせるようにお酒は適度に楽しみましょう。 そして、今年も一年お疲れ様でした。 良いお酒を楽しんでください。
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管理スタッフが持つべき7つ道具 ~ネジザウルス編~
まるで恐竜のようなフォルム 今回も管理スタッフが持つべき7つ道具をご紹介します。 前回は小型電動ドライバーでしたが、今回の道具はそれと対になるべき存在です。 その名もネジザウルスです。 このネジザウルスですが、簡単にいえば ネジ山が潰れたネジを挟んで取るペンチです。 管理を行っていると、ドライバー一本で直る修繕が本当に多いものです。 現地を確認して、ドライバーで直るのであれば業者さんを呼ぶまでもなく、直してしまえば良いのですが、そこは中古住宅 ネジが固着してしまっている場合も多いのです。 そんな時に「もう少し」と思った瞬間、ネジをなめてしまい、ネジ山をつぶすことになります。 そんな絶望の淵から救ってくれるのが、このネジザウルスです。 なめたなら まわしてしまえ ネジザウルス このネジザウルスの使い方ですが、至ってシンプルです。 ペンチのような形状をしていますが、挟み込むのは主に先端です。 写真は先端の画像ですが、先端は丸く穴になっており、縦に溝が掘ってあります。 この部分を使ってネジの頭部分を物理的につかみ、人力で回すのです。 こちらのネジはまだ大丈夫ですが、仮にこちらのネジをつぶしてしまったとしましょう。 ちなみに奥に映っているような皿ネジだった場合はネジザウルスでは取れません。 あくまで掴む範囲があることが条件になります。 こんな感じで挟み、あとは柄の部分をしっかりと握って少しずつ回していくのです。 大体、住宅に使っているネジはそんなに強く締めてはいませんから、大体これで回せてしまいます。 小型電動ドライバーとネジザウルスはセットで持っています。 管理スタッフであればこのセットは手放せないものです。 ちなみにネジザウルスは種類がいくつかあるのですが、比較的小さいサイズで十分だと思います。 お試しください。
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人を変えることは出来るのか? ~アドバイスや説教の効果~
人に人を変える力はあるのか? 今回は完全に雑談と個人的な見解です。 さて、今回のテーマである「人を変える力が人にあるのか?」です。 みなさんもこれまでの人生で様々なアドバイスやお説教、提言や指導など、言葉のニュアンスは違いますが、人からたくさんの言葉を掛けられてきたことと思います。 そして、年齢や立場の変化に伴い、言われる側から「言う側」に変わってきませんか? そんな中で、人の言葉の力ということを考えます。 言う側に立った時にこんな想いをしたことはありませんか? 「あの人の為を思って言ったのに、全然変わらない」だったり「あんなに目を掛けたのに裏切られた」 今回は私が言葉の力や他人を変えることについて思っていることを書いてみようと思います。 あくまで私個人の見解ですので、「へぇ、そうなんだ」で結構です。 人を変える力などない 私が思っている結論から言ってしまうと 人に人を変えるほどの力は無い 何回かのお説教や素晴らしいアドバイスで人間が変われるほど、人は単純でもなければ簡単ではないのです。 そもそも、そんな簡単に人が変われるのであれば世の中は苦労しません。 自分の子供や家族、職場に出れば部下や同僚、ご近所の方々、友人、取引先や社外の関係者など私たちは人生を歩んでいく中で決して一人では生きていけずに、他者と関わりを持たずにはいられません。 そんな中であなたの言う通りに人は全て上手くいくでしょうか? そもそも、あなた自身は人から言われたことを素直に全て聞いているでしょうか? 私自身はいつ頃からか「私には人を変える言葉や力は無い」と確信しているところまであります。 それは何回か失敗した程度で諦めた。という簡単な結論で導き出した訳ではありません。 今までそれなりの数の人と関わりを持ち、一生懸命に人と関わってきた結果です。 しかし、だからといって私は アドバイスやお説教なるものをやめてもいません、それどころか昔より熱を持って行っています 人に人を変えられないと思っているのに、なぜアドバイスや説教をするんだ?と思いますか? それにはある一つの信念があるからです。 いつか届いたら 私は「人に人を変える力は無い」とハッキリと思っています。 じゃあなぜ未だに昔より情熱を持ってアドバイスを送っているのか?というと 人は他人からの言葉では変わらないが、自分の力で変わることはできる、そして変わろうと思った時に役に立てばいい と思っているのです。 私自身には人を変える力はありませんが、本人が「変わりたい」と本気で思ったなら、人が変わることは簡単だからです。 そしてその時に 「あぁ、昔内田が言ってたことはこのことか」 と役に立ってくれればいいのです。 ついついアドバイスやお説教をする人というのは「人の為」と「自分が変えてやった」という部分が混同してしまいます。 一生懸命アドバイスすればするほど、変化が見えないと腹が立ったり、不満に思ったり、裏切られたという被害者意識になったりします。 また、アドバイスが上手くいけば、アドバイスを送った自分こそが素晴らしいという気持ちになったりもします。 いつの間にか、人の為だったはずが自分の為になっていたりします。 私ももちろん、このような意識でした。 せっかく時間を使って教えているのに・・、正しいことを言っているのに・・、こんなに想っているのに・・ ふと気付くと、私の感情ばかりでした。相手を思っているはずが、なんてことはない醜い自分自身の虚栄心や自己満足でした。 そんな時にふと自分のことを考えてみました。 私は今より若い時は、今より更にどうしようもない人間でした。 私生活や性格、仕事の意識など含めて今の自分から見ると、途轍もなくダメな男でした。 もちろん今でも未熟ですが、それなりに成長はしてきました。 その成長してこれた要因はなんだろう?と思い返してみたところ やっぱり身の回りにいた人からの熱意をもった関わりでした。 当時は怖いだけの上司、細かな点ばかり注意してくる人、私のことを嫌いだと思っていた人 それらの人たちの言葉が、ふとした時に甦ってきたのです。そしてそのたびに「もう少しマシな人間になろう」と思って少しずつ改善してきました。 自分自身の経験を思い返した時に 当時の私に一生懸命向き合ってくれてた人たちも、今の私と同じだったのかもしれない。と思いました。 「いつか届けばいい」「本人が変わろうと思った時に役に立てばいい」「気付くきっかけになれば」 私はただ周りの人に恵まれていただけなのですが、これからは自分自身もそうありたいと思うようになりました。 そんなことを考えた結果 「人は人を変える力は無い」という結論と「だからといってアドバイスはやめない」という一見矛盾する結論を持つに至りました。 今、自分の言葉が届かないと無力感に悩まされる皆さん、あなたの言葉はいつか目の前の人が変わりたいと思った時にはきっと役に立つことでしょう。 そして、その時にはあなたは報われることは無いかもしれません。 しかし、今の私のように「あの人がいてくれて良かった」と心から思う人もいるかもしれません。 私はそうなればいいなと思いながら今日も熱をもって人と話しています。 届くか届かないかは私にはどうでもいいことなのです。 いつか役立てば、それで十分なのです。そして役に立たなかったなら、それもそれで仕方のないことです。 この考え方に至ってからは逆に無力感もなくなりました。 一見諦めた厭世的な人間と思いましたでしょうか? 実は人間に対してかなり希望を持っている方だと思っています。





